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四十八夏 蓑虫ころころ



 アシュールにあれだけ着ていろと迫られていたはずのTシャツをひん剥かれた。

 今回ばかりは反発心も生まれず、……というか、反発する余裕がなかっただけなんだけど。

 だって濡れたTシャツを無理矢理引っ張られたから、お気に入りのビキニの裾が引っかかってずり上げられてですね、本気で危なかったんだよ? 裾にヒラヒラがついていたのでなんとかポロリは免れたけど、下手に抵抗していたらアウトであった。

 そんなわけで、私はアシュールの暴挙にも抵抗せず、Tシャツをすっぽ抜かれて直ぐ目にも止まらぬ速さで水着を直すと、ホッと胸を撫で下ろした。

 水着に気を取られていた私はアシュールのその後の動向を追っていなかった。

 油断していた一瞬後、視界が翳ったかと思うと有りっ丈のタオルやらバスタオルが身体に巻きつけられる。あっという間に首から腰あたりまでグルグル巻きにされてしまった。

 そして気が付くと、レジャーシートの上に転がされている私。

 ……何たる早業。人間簀巻き大会なるものがあったら間違いなく優勝できるね、アシュール。おめでとう。簀巻きにする人間は是非、私以外でお願いします。

 というか、出掛ける前にバスタオルを用意したの私なのに、何でアシュールは在りかを知っているんでしょうか。今の一瞬で探り当てたのか、それとも用意しているときに何処かから覗いていたのか。……後者だったら怖すぎる。

 頭の中ではどうでもいいことを色々考えていたけど、海に入るまでの一悶着で既に疲れ切っていた私は実際には何も言わず、大人しくシートの上に転がったまま大きく溜め息をついた。もうどうにでもしてくれ、という気分です。

 アシュールが「これでよし」みたいな顔で腕組みをしながら私を見下ろしているけど、ご満足いただけたなら何よりですよ。……私、海に何をしに来たんだっけ? あ、アッシーか。アッシーなら大人しく車の中でだけ生きろ、と。なるほど。そう言いたいわけですね。喧嘩売ってるのか。

 心の中でだけぶちぶち言いながら私がレジャーシートの上でぐったりしていると、私の横で上半身を中途半端に起こした状態の壱樹がぼそりと言った。


「……なあ、俺は今、張り切って速やかに二人分の穴を掘るべきか、それとも幻のマシュマロを目にできたことにゴチソウサマと言うべきか、どっちだと思う?」


 真剣な顔して何を言っているのかわかりません。何それ、異世界語?

 もしこれが日本語で、壱樹が本気で聞いているなら、殴りたい。強く、激しく、鮮やかに。

 腕ごとバスタオルにぐるぐる巻きにされているからできないけど。

 仕方なく、私は壱樹に微笑みかける。


「壱樹はねー、その中身が詰まっていなくて守る必要のない頭に生えた無駄に張りのある髪の毛を毟って余計な仕事ばかりする口を自分の手で縫ったらいいと思うよ」


 針は後で私が用意してあげる、ぶっといやつね。とにっこり笑って言ったら、壱樹がレジャーシートの外に転がり出て行った。しっかり頭を押さえているのは、防御のつもりかな。「毟って」とは言ったけど「毟る」とは言ってないのにね。笑顔の出血大サービスまでしてあげたというのに、失礼なやつ。

 だいたい、逃げる前に「幻のマシュマロ」なんておやじ臭すぎる表現を使ったことを反省するべきだと思う。直接シタチチとか言われても怒るけど。

 っていうかやっぱり見えてたじゃないか! 乙女の貴重なマシュマロが! ……あ、移った。


「え、えっとー……。俺たち、もう一度海入ってくるわー……ははははは」


 壱樹はあとで目潰しの刑。と判決を下していたら、恐る恐るといった感じで孝太の声がした。


「は、腹が減るまで戻らないから!」


 ……何の宣言?


「孝太のお姉さん、ごちそうさ――むぐ」

「えへへへへ、ゴーグル、借りていきますね!」

「ぷはっ、――あ、でもお二人とも、夜はまださ――むぐぐ」

「腹が極限に達するまで戻りませんのでご安心を!」

「ぷはぁっ、レジャーシートはベッドじゃな――むぐぐぐ」

「ははははは――おい! 毛ぇ毟るぞ! 針はお姉さんが用意してくれるってよ!」

「……ふぁい、ふみまふぇん」

「おまえら何騒いでんの? 早く行くぞ!」


 孝太がそわそわと他の二人を促しながら浮き輪を、友人Aが頻りに何か言おうとしている友人Bの口を塞ぎながらゴーグルを持って、海に向かって駆け出して行った。

 うむ、少年たちよ、存分に遊んでくるがいいよ。私は次のお役目(アッシー)までここで日干しになっているから。


「まあなんだ、次は俺があいつらの監視してくるから、お前らはそこで『大人しく』してろ、な?」


 少年たちを黙って見送る私に、壱樹が言う。

 ――なんかみんなしてひどくない?

 大人しくできないのはアシュールの所為であって、私は何も悪くないよ!

 そう強く主張したいけど、疲れているのでやめておく。

 物凄く厄介者扱いされている気がするけど、我慢します。大人しく。今だけは。


「問題起こすなよ? トイレ以外はここから動くなよ? 今が日中でここが人目の多い場所だってことを忘れるなよ? 海からでも視てるからな!」

「何でこっちを監視する宣言してるの? するなら孝太たちでしょ! ――っていうか早く行きなよもう、私は寝る!」

「……ふて寝かよ」

「何か言った?」

「いいえなんにも。――じゃあ、俺は行く」


 頭をぼりぼりと掻いてから壱樹はのっそりと孝太たちの後に続いた。

 途中、引き返してきてアシュールに何か言っていたみたいだけど、壱樹はまたすぐに海に向かって行った。


 そして、隣に人が座る気配。

 残るは一人しかいないから、その正体はアシュールでしかありえない。

 私は出来る限り目に力を込めてアシュールを睨んだ。

 壱樹には問題を起こすな、って言われたけど、文句の一つや二つ言ってやらないと気が済まない。何せ、ポロリしそうになったお陰で本当に肝が冷えた。あれは乙女にとって、死にかけるのと同じくらいの恐怖体験だ。

 でも、アシュールが何を気にしたのかはわかっているつもり。川での一騒動のときも同じようなことがあったし。言葉が通じないから、行動で示すしかないこともわかってる。

 でもね、いきなり女の子の服を脱がせるのはナシだと思うの。

 だからここはやっぱり、女の子として、扱いに対する文句と説教を垂れる場面ですよね。


「――喉乾いた!」

「…………」


 ……文句の方向性が違う。

 おかしいな、海に到着してからのアシュールの行動について懇々と説教してやるつもりだったのに。

 アシュールは一瞬きょとんとした後、仕方ないな、とばかりに苦笑してクーラーボックスからスポーツドリンクを取り出してくれた。

 ありがとう。――っていやいや、仕方ないな、って何! それはこっちの台詞だしっ。

 なんだろう、今この瞬間に私たちを見た人は、確実に私が悪さをしでかしたように見えるんじゃないだろうか。

 動きを封じられ、それを逆手に暗に飲み物を要求する私。

 そしてそんな我が儘にも鷹揚に応えるアシュール。


 …………。


 ――ち、違うのに!

 服を着ろとか脱げとか、我が儘なのはアシュールなのに……!


 くそぅ、理不尽だー。と嘆いていたら、目の前にペットボトルが差し出された。


「……この状態の私にどうしろと?」


 腕の身動き取れないんですが、と目を眇めたら、アシュールが何故か良い笑顔で頷いた。

 物凄く、嫌な予感。

 ここしばらくで危機察知能力が急成長している私は、慌ててごろごろとレジャーシートからの脱出を試みた。

 ――んだけど。


「こら、離せーっ!」

「------」


 見事に捕まりました。


 ちゃんちゃん。



 それから簀巻きのまま横抱きにされた私とペットボトル片手に私を抱え込むアシュールとの間で、飲ませてやろう、いやいらん、いやいや遠慮なさらず、いやいやいや全力で遠慮させていただく、というやり取りがしばらく続いたとか続かないとか。いや続いたんだけど。


 私、全然海に入ってないのに。

 物凄く体力が消耗しているのはなんでだろう……。





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