表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/57

五夏 優しさのかけら



「…………」

「…………」


 正直、やりすぎたかな、とは思ってる。

 たぶんアシュールも同じことを思ってると思う。自分の姿を見下ろして渋い顔をしてるから。

 かなりの時間、水の掛け合いやら沈め合いやらをしていたので、いまや私もアシュールも頭の天辺から足の先まで満遍なくぐっしょりびっしょり濡れネズミだ。対抗意識を燃やしすぎた。私としたことが。

 ああホント、携帯を忘れてきていてよかったよ。もし持って来ていたら今頃ただの四角い物体になっていた。あ、ちなみに、お財布の入ったエコバッグは川べりに置いていた(というかアシュールがダイブするときに放り出した)から無事だったよ。


 それにしてもどうしたものか。

 よく考えると……いや、よく考えなくてもこれからスーパーへ行く予定だったのに、こんな姿じゃ流石にお店の中に入れない。常識的に考えて、非常識にすぎるもんね。

 夏だから乾かそうと思えばあっという間に乾くだろうけど、やっぱり多少、川の生臭さがある気がする。それで食品のお店に入るのは……ねぇ? 

 こんな状態なのがアシュールだけなら、お店の外でちょっと待っててもらえばいいだけだったのに、アシュールが大人気なく仕返しなんてしてくるから! そうだ、全てはアシュールの所為!

 とにかく。面倒だけど、やっぱり一度家に戻るしかないかなあ。でも手ぶらで帰ったらお母さんにはこっ酷く叱られるだろうなあ。

 そんなことを徒然と、川遊びでちょっと体力を使いすぎた私がぼうっと考えていると、


 ――べちっ


「――わぷっ」


 突然頭の上に何かが降って来たもんだから、私は慌てた。得体の知れないものに焦りつつ、急いで顔から引き剥がし目の前に広げてみる。

 ん? 白いTシャツだ。……湿ってる。

 視線を上げると、目の前には上半身裸のアシュールが。

 一瞬、何だコイツ頭おかしくなったか? とか思ってしまったけど、今私が手にしているモノがアシュールが着ていたお父さんのTシャツだと直ぐに気づいた。コレを着ろ、ってことらしい。……何で?

 よく見ると何か微妙にアシュールの耳が赤いような。耳の淵辺りが。それに、すごくばつの悪そうな顔をしている……?

 そっぽを向いているアシュールの横顔を見て、嫌な予感に自分の姿を見下ろした私は、Tシャツが投げて寄越された理由を理解した。

 …………。まあ、うん、アレだ。私、完全に下着が透けちゃっておりますな。

 川の中では全く気がつかなかった。でも着ていたのは淡い桃色のパフスリーブTシャツだったものだから、そりゃあ濡れればブラも透けますね。

 流石にコレは私でもちょっと恥ずかしい!

 私は慌ててアシュールに渡されたTシャツを着た。一応、固く絞ってくれたみたいで、アシュールのTシャツはそれほど肌に張り付くこともなかった。


 あああああ、それにしても恥ずかしい!

 せっかく水に浸かって下がった体温も、今ので俄然上昇した気がする。


「…………。------」


 この恥ずかしさをどうしたものかとちょっと気まずい思いでいると、アシュールが何かを呟いた。視線を向けると、眉尻を下げて困ったように微苦笑するアシュールの顔。

 今の呟きはたぶん、“ごめんなさい、六花さま、私が全面的に悪かったです。お許しを”とか何とか言ったんだと思う。……。違うか。ははは。

 でも申し訳ないと思ってくれているのは間違いないと思うんだ。だからここは私も大人にならなきゃいけない。意図せぬシースルー披露は忘れようではないか。


「気にしないで。私もちょっとふざけ過ぎたし。ごめんね。それよりちょっと涼しくなったしよかったよ。

 ……でも、このままもアレだから一度家に帰ろう」


 アシュールがこくりと頷く。

 いやホント、何事も遣り過ぎってよくないよね。……ははは。

 私が乾いた笑いを浮かべていると、アシュールも苦笑を溢した。お互い様ということで!


 それからアシュールは川べりに置きっぱなしになっていたエコバッグを拾い上げて、少しだけぎこちなく歩き出す。その後を、私も黙って続いた。

 なんかちょっと、今は隣を歩くのが恥ずかしい。だからこっそり息を潜めて後ろを歩くことにした。


 俯き加減に歩いていた私だけど、ふと視線を上げて、ハッとした。

 アシュールの背中に細かな擦り傷が出来ている。よく見ると腕にも。どう見てもそれは真新しい傷だ。もしかしてさっきの、度の過ぎた川遊びが原因?

 そんなに危ない場所だっただろうか。私の身体には傷なんてほとんど出来てない。よく探せばあるだろうけど、傷をこさえている私自身が気づかないほど小さいものってことだ。痛みもない。

 気づいて、呆然としてしまう。

 私はただ対抗心とかちょっとしたヤキモチで何も考えずに応戦していただけなのに、たぶんアシュールはちゃんと私が怪我をしないように手加減をしてくれていたんだ。

 アシュールのことを大人気ないとか思っていたけど、遊びの範囲を脱さずに済んだのは、偏にアシュールの加減のお陰だったってこと。お互いが子供みたいに張り合っていると思ってた私とは違って、アシュールは私よりずっと冷静に考えながら対応していたってこと。


 つまり、さっきの私って、アシュールに“遊んでもらって”いたようなもの……?


 う、なんか私今、下着が透けていたときよりずっと恥ずかしいかも……。


 アシュールの後ろを歩きながら、急激に顔に熱が集まるのを感じた。思わずこっそり顔を覆う。

 恥ずかしすぎるけど、せめてものお詫びに、家に帰ったらきちんと傷の消毒をしてあげようと思った。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。






↑更新応援してくださる方、お気軽にポチッとお願いします。



― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ