四十七夏 拉致、だめ、絶対!
「――姉ちゃん、何で服着てんの? しかもアッシュまで」
泳ぎに来たんじゃないの? ともっともな疑問を孝太に投げかけられてしまった。
あの後、アシュールの事情が判明した途端、壱樹に「さっさと中坊どもの監視に行ってこい!」とパラソルを追い出された。上から目線の命令にはちょっとばかり釈然としないものがあったけど、目の前で散々暴れた後ろめたさのある私たちは、二人でそそくさと海に出た。
結局、私はアシュールの要求により、Tシャツとショートパンツを着用しての入水となった。交換条件としてアシュールにもTシャツ着用を迫ったらあっさりと受け入れられたので、結果的に二人とも服を着込んだままという、なんとも微妙な絵面になってしまった。
「服とか濡れたら重くなるし張り付くし、気持ち悪くないの、それ?」
「気持ち悪い! ……くない!」
「え? 何? どっち?」
「もうっ、いいじゃない、そんな些細なことは!」
ねえ、とアシュールに同意を求めれば、無言で頷き返してくれた。
アシュールの笑顔が乾いていたけど、私のそれも同じだと思うから突っ込むまい。
孝太は不審げに私とアシュールを見比べていたけど、感情の篭らない笑いを繰り返す私たちに仲間外れにされているとでも思ったのか、唇をつんと突き出して私からビーチボールを奪うと、ざぶざぶと波を掻き分けて仲間のところに戻って行った。
私とアシュールは一度顔を見合わせ、孝太の子供っぽい態度に苦笑を零してから後を追った。
それからは適当に少年たちのハイテンションに付き合って遊んであげた。
腰上あたりの深さのところでビーチボールを打ち合っていたんだけど、これがまたアシュールがうまいもんで。満遍なく孝太たちにパスを出すから、みんな飽きずに楽しんでいたようだ。
たまにちょっと取り難そうな位置にパスを出して少年たちを翻弄するのも、アシュールの計算のうちなんだと思う。簡単に取れてばかりじゃ面白くないもんね。だけど、あさっての方向にばかり飛ばされても直ぐに疲れて嫌になっちゃうものだ。
その点、アシュールのコントロールは絶妙と言ってよかった。
アシュールの世界にもボール遊びがあったのかは知らないけど、よく子供と遊ぶ機会でもあったんだろうか。そう思うくらい、孝太たちの扱いがうまい。
まあ、そんな機会がなくてもアシュールなら簡単にやってのけそうだけど。
「ね、そろそろ一度パラソルのとこに戻らない? 適度に水分補給しないと」
体感で一時間弱ほど遊んだくらいのところで声を掛けてみる。
孝太たちは私とアシュールが浜で“大暴れ”している間も海の中で遊んでいたわけで、結構体力を消耗しているはずだ。
「そういえば俺、喉乾いたかもー!」
「俺も!」
「おれもー」
やいやい言い出した少年どもにハイハイと頷いて、みんなを岸に促した。
さっきまで夢中でボールを追っていた彼らは、あっさり身を翻して浜へ一目散に向かう。この変わり身の早さも子供の特徴だよね。
っておい、お前さんたち、ビーチボールを放置するんじゃないよ! 確かに私が持ってきたものだけどさ! せめてキャッチして私に渡してから浜へ向かえばいいものを……!
飛んできたビーチボールをスルーするとは何事ぞ。
自分たちが使っていた浮き輪やシャチはちゃっかり持っているんだから、呆れる。
ある意味きっちりしている孝太たちに軽く溜め息を零しつつ、私は少し沖の方で寂しくぷかぷかしているビーチボールを回収してから、孝太たちの後に続いた。
浮力の大きいボールを抱えながらゆっくり泳いでいく。
顔を上げると少し先のところで、アシュールが律儀にもこちらを振り返って待っているのが見えた。
「先に行っててよかったのに」
そう言ったけど、アシュールは小さく笑ってボールを持ってくれた。相変わらず気が利くというか。
実際、丸いビーチボールを抱えての移動は結構しんどかったから、助かった。
「ありがとう、任せた!」
私の胸下ほどまである水位はアシュールにとっては腰ほどまでしかないわけで、動きやすさで言ったら断然アシュールの方が有利だ。
いまいましい足長め!ということで、遠慮なくビーチボールはアシュールに預け、私は一応お礼を言ってからスイスイと一人泳いで岸へ向かう。
うん、たいへん身軽になりました。やっと自由に泳げる!
途中、ちらりとアシュールを振り返ると、置いてきぼりにされたにもかかわらず拗ねもせず苦笑してこちらを眺める余裕を披露していた。
なんだいなんだい、寛容な態度で大人アピールか? 六花も孝太たちと大差ない子供だぜ、とか思って勝ち誇っているつもり? ――いい度胸だ、受けて立つ!
と、意味のわからない対抗心を燃やした私は、波が腰より下あたりの深さになったところでアシュールを待ち構えてやった。さっきと立場が逆だろうそうだろう。私だって待つくらいはできるんだからね!
私のところまで来た暁には、「遅い!」とせせら笑ってやろうと企んでいたのに。
泳ぐのをやめて振り返った私は、何故か顔色を変えたアシュールが今までの余裕をかなぐり捨てて鬼気迫る勢いでこちらに迫ってくる姿を目撃することになった。……嫌な予感しかしない。
「と、とりあえずこれは、――逃げるが勝ちっ」
紳士じゃなくなったアシュールが面倒なのは、浜での一件以外でも散々経験済みだ。
川でのこと然り、客間でのこと然り。他にも色々。
余裕のないアシュールと関わると、碌なことにならない。
そう思って慌てて方向転換した私は、浜を目指して死にもの狂いで波を掻き分ける。
つ、捕まったら終わる!
「--、--!」
何か後ろで叫んでいる。
待て、とか言われている気がするけど、待てと言われて待つやつが(略)。
「――うひゃっ!」
「-----!!」
しかし必死の逃走も虚しく、あっさりアシュールに追い付かれて腕を取られた。足長……足長めぇ!
強制的に振り返らされた先には浜での出来事を彷彿とさせる阿修羅版アシュールがいた。
阿修羅版アシュールはいらないの、私は紳士版アシュールを希望する!
「え、えーっと、何かあっうぇええ――ぁぐっ」
恐る恐る声を掛けた次の瞬間、気づくと俵担ぎにされていた。っていうか舌噛んだんだけど!
「ちょ、おおお、下ろしてっ」
「---!!」
「うわあああ、もう、何、何なのー!? 進むなー!」
担がれる前に押し付けられ持たされたビーチボールで、アシュールの背中に力の限り攻撃を加えるけど、もちろん攻撃力は皆無だ。ぽふんぽふんと気の抜ける音がするだけで、逆にこちらの気持ちが削がれていくのはどうしてなの!
下は海だから落ちても痛くない。と精一杯暴れてやったのに、私の腰と太ももを抱えるアシュールの腕はまったく緩んでくれなかった。
人ひとりの重さと波の抵抗をものともせず、アシュールはざっざか進んでいく。
今きっと、アシュールを正面から見ている人の目には、私のお尻が……! アシュールの綺麗なお顔の隣には私のお尻! 何それ恥ずかしすぎるーっ!
しかも、先に浜を目指していたはずの孝太たちを追い越し、ポカンとする孝太たちと目が合った。
も う イ ヤ だ 。
羞恥のあまり気を失うかと思った。
「――おい、なんだ? 怪我でも……」
「アシュール、何すうぇっぷ!」
アシュールの背中で恥ずかしさのあまりプルプルしているうちに、パラソルに到着していた。壱樹の声が聞こえたから間違いない。
やっと地面に下ろされ、文句の一つや二つ、いや百個くらい言ってやろうと思ったのに、いきなりTシャツの裾を掴まれ、思いっきり上に引っ張り上げられて妙な声が出る。っていうか……!
「――っ!!」
い、いま、いま、い
いま、
危うくポロリするところだったじゃないかーーーーーっ!!!!