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四十五夏 ウィルス性発狂症、ですか?



 矢のような視線って、こういうことを言うんじゃないかと思った。

 金の大地はぐぐっと左右から距離を縮め、間に深く険しい山脈をいくつか形成している。普段は美しく弧を描く大地の果て、その下に浮かぶ夜の海からは何やら正体不明の波動が。

 …………。

 うん、遠回しに言ってみたけど、結局、般若や阿修羅もかくやという憤怒の表情だったわけです。ちょー怖い。

 いつもは吸い込まれそうなほど広く深く寛大な色を湛えるアシュールの銀河の瞳は、いまや安全な現代日本で生まれた私には馴染みのないほどに鋭く尖っている。鋭すぎて肌がぴりぴりするって、どんだけよ。目から静電気でも放出しているんじゃなかろうか。

 私が険しすぎる視線に押されるように一歩身を退くと、口を開きかけたアシュールは何かに気づいたように視線を下げた。凶器と化したアシュールの目が自分から外れたというのに、ホッとする暇はなかった。

 足元あたりで彷徨った視線がさらに鋭さを増して戻ってきたもので。ギッ、って、空耳ですよねそうですよね?


「ア――」

「-----! -----!!」


 とにかくまずは意思疎通を、と口を開いたけど、見事に遮られてしまった。

 雷みたいに頭上から落とされた怒声に、私は思わず身を縮める。一応抑えているのは伝わってくるけど、普段あんまり怒らない人の大声とか、怖すぎる!

 もう、なんでこんなに怒ってるんだ! 今度ばかりは私は何も怒られるようなことはしてないぞ!

 アシュールが怒り出す直前を思い返してみても、私はおかしなことはしていないと断言できる。ぼうっとしていたアシュールの腕は叩いたけど力をこめたわけでもないし、もっと乱暴なことなら何度かしてる。でもアシュールが本気でキレたことなんてなかったのに。


「----!!」


 考え込んでいたら、アシュールがさらにヒートアップした。

 これはもう狂気の沙汰じゃないか、とちょっと思ってしまうくらいの勢い。

 ――は!

 新手のウィルスだったらどうしよう! 狂犬病みたいな、錯乱する系の。

 アシュールが実は保菌者で、今になって発症したとか!

 異世界から病原体を持ち込まれていたら、抗体のない地球人はひと溜りもないよね。これはまさかのパンデミック……!?

 もしウィルスが感染性のものだったら、確実に私は既に保菌者だ! 至近距離で接してるし、汗とか舐(いやあれは不可抗力だ!)、肩口に噛み付いたりもしたし!

 どうしよう、空気感染とかだったらもう地球ジ・エンドじゃない? どれだけの距離に飛散するかわからないけど、この周囲にいる人たち、ごめんなさい! 私は悪くないけど、一応家族並みの関係ということで謝っておきますごめんなさいっ!

 とか、浅い知識で適当なことを考えながら周囲を窺ってきょろきょろしていたら、パシッと両頬を叩かれた。……痛い。叩かれたというか、挟んで固定されたんだけどね。

 気が付くと間近にアシュールのお綺麗な顔があった。

 驚くことに、宇宙を切り取ったような銀河の瞳は意外に真剣で、私は思わず目を瞬いて固まってしまった。


「-----。---、------」


 何か、すごく真面目に諭されているというか、お叱りを受けているというか。

 言葉はわからないけど、アシュールが私に何かを言い聞かせようとしているのはわかった。

 でも、肝心の“何を言いたいか”ってのがわからないんじゃ、どう反応しようもないんだよね。

 とりあえず頷いておこうか、と思ったけど、直ぐに考え直す。適当に理解を示して、さらにアシュールの逆鱗に触れたら大変なことになりそう。たぶん、この予想は間違っていない気がする。それだけ、アシュールの目が マ ジ だ。

 どう対処すべきかお手上げ状態で視線を彷徨わせると、クーラーボックスに手を掛けたままポカンと大口を開けてアシュールを見上げている壱樹を見つけた。


 ――おおおおいいいいい! 何黙って見てるんだ、助けろよぉおおおお!!


 という心の叫びも虚しく、くいっとアシュールに顎を引かれ、視線の軌道修正をされてしまった。無念。

 っていうか、本当に近い。近すぎる。

 真っ直ぐ見つめてくる銀河に耐えられず、ふらふらと視線を逃がしながらも私は勇気を振り絞ってアシュールに声を掛けた。ちょっと第一声が裏返ったなんてそんな、――気のせいです。


「ア、アシュール、少し落ち着いてくれな――わっぷ!」

「-----」


 喋っている途中で目の前の気配が遠のいたと思ったら、次の瞬間には視界が暗転して変な声が出た。

 ズボッと音がしそうな勢いで頭に何か被せられ、髪の毛をシェイクされてから視界がクリアになる。

 びっくりしすぎてちょっとの間放心してしまった。何事?

 何度か瞬いたあと現実に目を向けたら、目の前に上半身裸で腕組みをしたアシュールがいた。……なにかとっても偉そうなんですが。何かね、その態度は。


「-----」


 しかつめらしい顔で何か言われましたけど、例のごとく何を言っているのかさっぱりだ。

 というか、アシュールって時々、私に対して言葉が通じていないということを忘れているんじゃないかと思うんだけど、気のせいですかね。それとも通じていないのを承知で喋ってる? 伝える気がないのか、察しろってことなのか。……私にどうしろと。

 私は困惑を隠さずアシュールを見る。

 頭からすっぽりと被せられたらしいアシュールのTシャツには腕を通していないので、傍から見たらさぞおかしな格好をしているんだろうと思う。でも今はそれよりもアシュールが何をしたいのか、だ。

 見た限り、怒りは多少治まったようだけど、結局何がしたかったんだろう。


「アシュールさあ、――あ!」


 アシュールを訝しげに眺めていた私は、ある一点を見てぎょっとした。もう、これ以上ない、ってくらいぎょっとした。

 さっきから私、まともに喋れてなくない? とかちょっと頭を過ぎったけど、それどころじゃない!

 私は慌てて被されたTシャツを脱ぎ、アシュールの高い位置にある頭目掛けて輪投げのごとく投げると、Tシャツが伸びるのもかまわずぐいぐいと下に引っ張った。


「!」

「ちょっとアシュール、早くこれ着て!」


 まずい、あれは私にとってウィルスよりも有害……!

 あれを忘れていたなんて、気を抜き過ぎでしょ、私!!






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