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四十二夏 猫な異世界男児


「拍手お礼小話 二」と同時更新です。





「お~ぅ、今帰ったぞ~」


 買い物を終えて家に着くと、自転車を止めた途端まだ玄関まで到達していないというのに酔っ払いのおっさんのような声を上げた。――うん、当然ですが、私じゃないよ。大和撫子の見本のような私が酔っ払いのおっさんのような台詞を吐くわけないでしょ、恥ずかしい! あ、つまり壱樹は恥ずかしい人、ということですねわかります。

 まあ、壱樹はこの炎天下の中、人ひとりを荷台に乗せて自転車を漕いでいたわけで、そりゃあヘロヘロにもなるよね。なにせ鍛え方が足りない勉強尽くしの毎日のようなので。でもさ、これがアシュールだったら、って考えると、やたら涼しい顔をしていそうで腹立たしいよね。壱樹はもっと鍛えるべきだと思う。だって負けてられないでしょう、ニッポン男児としては! 異世界男児に負けるなー、ニッポン男児っ!

 ということで、鍛えるためにも荷物は全部壱樹が持てばいい。


「あ、こら、荷物持ってけよ! 俺はチャリ片づけるから!」


 え、聞こえない。

 か弱い大和撫子の耳は炎天下でやられてしまったみたい。もしくは、ニッポン男児の声量が足りないのかもね。


「おま、なんて奴だ! 知ってたけどっ」


 後ろでぎゃーぎゃー騒いでいる『もやしっ子』を放置しつつ、私はさっさと手ぶらで我が家の玄関の引き戸を開けた。


「あー、疲れた重かっ――た……?」

「――……」


 最後の「た」が力無くぽとりと足元に落下した。

 玄関を開けてすぐ、上りあがりかまちのところに人が立っていたからだ。

 少し暗い玄関で黒にも見える群青と目が合い、何故かたっぷり十秒ほどお互いの動きが停止する。まるで遠くに動くものを見つけて思わず凝視したまま動きを止める猫のように。


「――疲れても重くもないだろー!? むつはチャリも漕いでないし荷物も持たないし!」


 後ろで壱樹が私のさっきの台詞に文句をつけているけど、今はそれどころじゃない。動いたら負ける!


「…………」

「…………」


 しかし自分でも思う。


 ――なんだ、この間は。


 アシュールは玄関の柱から背中を浮かせた微妙な態勢で停止中。

 私は玄関の引き戸を開けて一歩踏み込んだ態勢で停止中。

 意味がわかりません。


「うあー、あっちぃ!」

「!」


 後ろから自転車を片づけたらしい壱樹の声がして、私の一時停止は解けた。だけど、身体を動かすより先に首を傾げる。アシュールはこんなところでいったい何をしていたんだろう?

 今の態勢を見たところ、私が引き戸を開ける前まで玄関の柱に背中を預けていたらしいのはわかる。でも、もとの態勢の想像はついても、何のために玄関でそんなことをしていたのかはわからない。

 うーん。

 ――あ、あれかな?

 よっぽど自分の仕事だったものが私たちに回されたのを気に病んでいたとか。だとすれば、なんて律儀なやつ。異世界男児は責任感が半端ないね。ご苦労様です。

 とりあえず、未だ固まったままのニャンコで異世界男児なアシュールに声を掛けてみる。


「えーっと、……ただい、ま?」


 大和撫子の曖昧な微笑みはアシュールにかけられた硬直魔法をなんとか解除できたみたいです。

 ヤツはぱちぱちと瞬きをした後、我に返ったように小さく頷いた。……考え事でもしてらっしゃったんでしょうか?


「コラむつ、邪魔。暑いし頼むから中に入れて」


 頼まれると反抗したくなっちゃうな。

 なんて思ったけど、大きな身体で背後に立たれたらこちらの方こそ暑苦しいので、仕方なく身体をずらして私もミュールを脱いだ……ら、だだだだだー、と階段を駆け下りる犬の足音が聞こえた。……たいへん嫌な予感がします。


「わんわんわんっ!!」


 わぁ、孝太が本物の犬に……! なんていうのはもちろん冗談で、私の耳には元気な鳴き声に聞こえたそれは、ちゃんとした台詞だったようだ。


「イッキ兄、海行こうっ!!」

「……お、おう?」


 完全に勢いに押された壱樹が大和撫子ばりの曖昧な笑みを浮かべて応えている。そりゃあ、暑い中買い物からやっと帰ってきたと思ったらゐの一番に「海行こう!」なんて言われたら、そんな感じにもなるよね。

 というか、受験生が何を言う。遊んでばかりじゃないか!

 呆れた私は思わず横から手を伸ばし、元気な鳴き声を発する孝太の唇を捻り上げていた。


「んんぅぅうむむむっ!!」

「あんたねぇ、壱樹が帰ってきて嬉しいのはわかるけど、今年くらいは我慢して勉強しなさいよ。本当に碌な高校に入れなくなっちゃうよ!?」

「むぅ――、ったいなあ! 姉ちゃんのケチ!」


 ケチで結構だ。

 ……しかし、本当に私にばかり可愛くない弟である。


「まあ、なんだ、孝太。海に行くのはいいけど、しっかり勉強もしろ。俺がある程度は教えてやるから。いいな?」

「――うん!!」


 壱樹のお許しが出たからってドヤ顔でこっちを見るな、孝太め!

 まったく、壱樹が甘やかすから孝太がどんどん甘ったれになっていくんだよ……。可愛がってくれるのはありがたいけどさあ。


「あーもう、わかったわかった、行けばいいよ、行けば。そのかわり、明後日以降にしなさい」

「え! なんで!」

「なんでって、壱樹も帰ってきたばっかりだからに決まってるでしょ! 今日明日くらいはゆっくりさせてあげなよ。おばさんだって息子の顔をじっくり見るのは久しぶりなんだろうし。あんたばっかり独り占めしたら駄目でしょ」


 そう言ったら、孝太はハッとしたように壱樹を見てからしょんぼりした。言われて気づいたらしい。

 こういうところを見ると、やっぱりまだまだ孝太は子供だな、って思う。自分の希望が優先で、相手への配慮をすっぽり忘れる。壱樹にとってはそれでも可愛い弟分なんだろうけど。


「うん、じゃあ、明後日にする! いい、イッキ兄?」

「おう」


 物分りのいい部分もあるからいいけど、くしゃくしゃと頭を撫でられて、照れくさそうにしつつ喜んでいる孝太はまさに犬。でも私は孝太に実際にしっぽが生えていて、それが目の前でブンブン振られていたら、間違いなく鷲掴みにしてぎゅうぎゅう引っ張ってしまう自信がある。壱樹(とアシュール)にばかりしっぽを振るとは、小憎らしいヤツめ。


「友達も呼んでいい!? どうせならアイツらも息抜きにさ――」


 せっかく買い物を終わらせたというのにまだ玄関のたたきから抜け出せない壱樹を放置することに決め、私はそそくさとミュールを脱いだ。

 ついでとばかりにアシュールの背中をぐいぐいと押した。








次回こそはもう少しアシュールの出番が多い予定!

四十三話は早めに更新できると思います。



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