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四十夏 豆腐の中身 一


少し場面飛びます。





「ねー」


 私は背中越しに壱樹に向かって声を張り上げる。

 ときどきガタンと揺れる自転車の荷台の上で、流れていく景色を見るともなしに眺めながら。

 背中を伝って、「あー?」と間延びした声が返った。布越しに熱と振動が伝わって、ちょっとくすぐったい。

 

「あれって本気なの?」

「あれって……、ああ、おふくろの再婚相手にアシュール=ヒャなんとかさんを、って話か?」

「ヒャなんとか、ってまだ言ってるし。――そう、ヒャなんとかさんを、河谷さんにするかって話!」


 あの後、いつの間にか勝手口から出て近所にスイカを差し入れに行っていたらしいお母さんが帰宅して、私たちの話は強制的に終了させられてしまった。

 お母さんは居間でやいのやいのやっている私たちを見て、さらに買い物に行っていない様子のアシュールを見、状況を把握した瞬間、私と壱樹に買い物へ行って来いと言い放った。

 何から何までデジャヴで、正直うんざりだったけど。私も壱樹もお母さんには逆らえないので、こうして二人揃って追い出されてきたわけだ。

 アシュールは元々自分が頼まれた仕事だから悪いと思ったのかついてこようとしたけど、お母さんがそれを止めていた。お母さん曰く、私とアシュールは「混ぜるな危険」、らしい。壱樹くんと六花で自転車使ってちゃちゃっと行って来い、だそうで。

 アシュールは何か言いたげにこちらを見ていたけど、よくわからなかったので気にしないでとヒラヒラ手を振って、壱樹と二人、家を出てきたのだ。

 まあ正直、丁度いいと言えば丁度よかった。てんやわんやになりそうなあの場じゃなくて、二人で買い物行く道中ならゆっくり壱樹の話も聞けるし。

 パチン、と車輪が小石を弾く音を聞いていると、壱樹は「うーん」と呻った。


「冗談6割、本気4割、かね」

「本気4割ってけっこうだし!」


 思わず叫んだら、あははと軽い笑い声が聞こえた。なんかすごく癪に障ったので、後頭部で壱樹の背中に頭突きをかましておいた。背後で呻き声が聞こえたうえに自転車がグラついたけど気にしない。


「壱樹さぁ、自分の義理の父親が同い年程度の男で平気なわけ?」


 私だったら絶対に嫌だ。

 色んな意味で現役バリバリな青年が父親なんて、すっっごく嫌だ!

 そう思ったけど、壱樹の反応は至って暢気だった。


「んー、別に? 若い方がいいんじゃないか? 先に死なれるより」

「……まあ、そうかもしれないけど」


 実際、壱樹のこの言葉は重い。

 壱樹の父親は、実はおばさんとかなりの年の差があったらしい。ひと回り以上はうえだったと言っていた気がする。

 まあだからと言って、いくらなんでも壱樹が生まれるくらいのとき既に高齢だったわけではなく。亡くなった原因は何かの病気だったらしい。

 実は私もあまり詳しくは聞いていない。私が壱樹と出会った頃には既に壱樹にお父さんはいなかったけど、私のお父さんもよく仕事で家を空けていたから、壱樹のお父さんもそうだと思っていた。そして、あれおかしいな、と思う頃にはそんなデリケートな問題を簡単に尋ねることなんてできないような年齢になっていた。

 小さい頃から父のいない生活をしている壱樹はそれほど気にしていないようだけど、中学の頃、ときどき寂しそうにしていたことを知っている。背中が妙に哀愁漂っていて、思わず飛び掛かってしまったのはいい思い出だ。壱樹は見事に潰れたわけだけど。

 人は誰でも、いつ死ぬかなんてわからない。そう考えれば、たとえ若いアシュールだってどうなるかわからないと思う。

 でも、それを口に出すのはやめておいた。


「若くて健康そうでも、どこの馬の骨とも知れないヤツだよ?」


 失礼な言い方だけど、今ではどこの馬の骨だなんて思っていないから言える台詞だ。ただ、最初はかなり警戒していたのも確かだ。

 だけど、それも壱樹は一笑に付した。


「あー、それそれ! それだけは保障されてる!」

「はあ?」

「だってさ、お前の親父さんが認めたやつだろ? 近所じゃ結構な頑固者で通ってる人だってのに、期限もつけずに居候させて、面倒見てる。ぶっちゃけ穀潰しだっつーのにさ。アシュールさんとやらの人となりがしっかりしてる証拠じゃん」


 穀潰しって、とは思ったけど、それを聞いてつい苦笑してしまった。

 私だってアシュールについての話しを聞いたとき、あの頑固親父のお父さんが認めたヤツだ、っては思っていたけど、だからって手放しで受け入れようとは思わなかった。それなのに、壱樹はうちのお父さんの判断を完全に信頼している。

 これもたぶん、壱樹に父親がいないから、だと思う。小さい頃から家族で交流があったから、壱樹はうちのお父さんのこともすごく慕ってたんだよね。自分に父親がいたらこんな感じだろうか、なんて憧れもあったのかもしれない。……そんなに家にいるお父さんでもなかったんだけど。

 でも、だからって、って思う。

 アシュールの人となりが保障されていたところで、問題は他にもたくさんある。


「そもそもさ、アシュールはちゃんとお迎えが来るんだよ? ずっとこっちにいるわけじゃないし。いつ帰るかわからない人じゃ、おばさんの支えにならないでしょ」

「それはそうだな」

「大体、あんたがちゃんと家に帰れば――って、難しいか」

「そうそう、そうなんだよなー。俺が頻繁に帰るのが一番なんだけど、暫くは難しいのよ、現実問題として。……目指す道、失敗したかね、俺」


 壱樹の目指す道、それは弁護士という険しい難関だったりする。しかも、最短、現役での司法試験合格を目指している。

 なんでその道を選んだかっていうのは単純で、なんとなく高収入そうだったから、らしい。その単純さに豆腐脳の片鱗が垣間見えるけど、でも大学受験に合格するだけの頭は持っている男だ。もちろん努力はしていたみたいだけれど。

 とにかく、高収入そうな弁護士という道を選んだのはたぶん、根底におばさんに楽をさせてあげたい、って思いがあったんだと思う。

 だけど実際、弁護士の道なんて困難だらけだ。

 まず、現役で司法試験を通ろうと思ったら、寝る間も惜しんで六法全書と睨めっこ。憲法だけとか民法だけ覚えればいいというわけでもないから、頭に叩き込むことの多さは半端じゃない。

 しかも、法律を暗記するだけで済むわけじゃもちろん無いわけで。というか量を考えれば全ての法律の暗記はそもそも無理に近いんだけど。だから大学の試験では分厚~い六法全書の持込は許可されている場合もある。あとはポケット六法とかね。

 それより、条文解釈の仕方もいくつかに分かれていたりしてややこしいし、外国の法律の体系だって頭にある程度入れておくのは当然。さらに数々の裁判例なんかにも目を通しておかないといけない。

 聞きかじりの私が説明できるのはこの程度だけど、吐くほど勉強しても試験に通る人数なんて、受けた人数からすれば微々たるものだ。

 で、それだけ努力して通っても、直ぐに弁護士になれるわけじゃない。司法修習ってのを受けなくちゃいけないから。

 さらに、弁護士バッチが貰えてからだって大変だ。

 最初はどこかの弁護士事務所なんかで雇ってもらって、またたくさん勉強して。独立後は顧客だって個人の弁護士であれば自分で探さなきゃいけない。で、顧客が見つからなければ収入も無し。

 安定するまでに本当に時間の掛かる仕事なんだ。

 しかも、最近では就職先自体が少なくなっているらしいなんて話も聞く。

 そうなってくると、母子家庭の壱樹はやっぱりちょっと選ぶ道を間違えた、と言えなくもないかもしれない。うん、曖昧だけど。


「うーん……。――じゃあさー、むつ。お前、うちに嫁に来る?」

「……っはぁぁああ?」


 思わず自転車から飛び降りてしまった。

 急に重さがなくなってフラついた壱樹が、甲高いブレーキ音をさせて止まる。

 振り返った壱樹の目は、微妙に笑っていなかった。








今度は六花を嫁にしようとする、豆腐野郎。

特に切るような場面でもなかったんですが、長くなりそうだったのでサクッとぶった切ったら、こんな場面に。


弁護士についての説明は、多少忘れている部分があるので曖昧ですorz


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