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三十八夏 それが、壱樹



 ――今からでもこいつらんじゃなくて、俺ん家に移動しないか?


 いきなりの提案に私とアシュールはポカーン状態だったけど、意外にも素早く反応したのは孝太だった。


「イッキ兄、なんで……?」


 ごもっともです。


 思わず頷きそうになる。

 さっきしきりに思案していたのはこのことだったんだとわかったけど、何で急に? 正直、まったくの無関係だからね、壱樹は。外野だから。外野。

 外野な壱樹はいいとして、孝太はどうして打ちのめされたかのような顔をしているんだ。

 孝太は呆然と壱樹を見上げていて、どんな解釈をしたんだか知らないけど、まるで飼い主に「あっちの子の方が可愛い」とでも言われてショックを受けた犬のよう……。って、どこまでも犬いぬしいな、孝太。今度犬耳カチューシャでも買って来てあげようか。いや本気で。かなり似合うんじゃない?


「なんでアッシュをイッキ兄の家に移動させんのっ?」

「うわ」


 ポイっとアシュールの腕を放って飛びつくように詰め寄った孝太の勢いに押され、壱樹が上体を反らす。別にいいんだけど、やられ放題だよね、アシュールも。奪われたり捨てられたり……って言うと、なんか微妙なニュアンスだな。やめとこう。

 壱樹が「いや、だからそれは……」とかなんとか喋り出そうとしていたところへ、ハッと何かに気づいたように孝太が声を上げた。


「あ! そっか、イッキ兄、俺たちのこと心配してくれてるんだ! 突然『落っこちてきた』なんて言って外人がウチにいるから!」


 そうでしょ!? と一層勢いづく孝太は物凄く必死だ。何故か。


「でも大丈夫だよ。アッシュは全然危なくないし、オレたちにキガイなんか絶対加えないから! うん、アッシュが来てもう二週間も経つんだ、絶対だよ! 絶対!!」


 壱樹は孝太の勢いに目を丸くしつつ、困ったような半笑いを浮かべている。でも何でだろう、孝太を止める気になれない。

 けど私が思うに、壱樹がアシュールを自分の家に移動させようとしたのは、私たちの安全面での心配をしたってだけが理由じゃないと思う。

 さっき、事情を説明していたときにアシュールと私を交互に見ては思案していた様子からして、十中八九、「年頃の男女が同じ屋根の下で暮らすなんて」とかなんとか古い考えをしたに違いない。割りと頭の固いところがあるしね、壱樹は。

 ……まあ、だからといって断定はできないんだけど。たまに突拍子もないことを言い出すから、この人。そしてその“突拍子もないこと”っていうのは、幼馴染である私でさえ予想だにしないことだったりする。それに驚かされ、そしてたまに被害まで被る。つまり、トバッチリ。

 今回がそのトバッチリを受けるような思考回路をした結果じゃなければいいけど、などと思いつつ、完全放置されている私は同じく所在無く突っ立っているアシュールをちらりと窺う。


「…………」


 アシュールは何とも言えない様子で壱樹と孝太を見つめていた。口を挟めないからどうしたらいいのかわからないのかもしれない。

 小さく首を傾げて眉尻をほんの少し下げている。それが困惑だけじゃなくどこか柔らかい表情でもあるように見えるのは、孝太から寄せられる無条件の信頼が嬉しいからだろうか。

 そんな顔をするヤツを盗み見ながら私は思った。確かに、悪いやつじゃないんだよね、って。

 二週間あっても私たちが警戒するようなことは何もしでかさないし、それどころか小癪なことにヤツは私たち家族の役に立っている。お母さんの手伝いに始まり、お父さんの晩酌にだって付き合っているし、以前は壱樹が担っていた孝太の相手だって、この二週間の間に代わりにやっていたのはアシュールだ。

 それも長いスパンでの計算のうちかも、なんて言ってしまえばそれまでだけど、最近では信じたいような気がしてきている。

 居候で肩身が狭い所為もあるのかもしれないけど、それだけじゃなくて、ちゃんと馴染もうとしてくれているのだというのがわかるから。

 だって、違う世界から来たってことは、文化も生活習慣も常識だって違うんだろうし、それでも引きこもるんじゃなく、無難に過ごそうとするのでもなく、積極的に動こう、関わろうとするのは、結構な労力が必要だと思うんだ。

 それを二週間も続けているんだから、アシュールって結構頑張っているよね?

 まあ、ヤツが早々に動いてくれるお陰様で、私がすることがなくなっているのは……とってもありがたい。……ありがたいです。ありがたいよ? …………ちょっと寂しいけど!


「ああ! そうだよ、わかった、そんなにアッシュのこと心配なら、イッキ兄もウチに住めばいいじゃん! そしたらアッシュがどんなヤツか見極められるだろ!? うん、それがいい! そうすれば俺も嬉しいし。――っていうか俺が嬉しいし!」


 なんだそりゃ。


 考えに耽っている途中で妙な提案が耳に飛び込んできて、思わず突っ込みそうになる。

 ずっと孝太の勢いに押され続けていた壱樹もついに声を上げた。


「――っだあ! 孝太、とりあえず、――ステイッ!」


 待て、ってあんた。

 完全に犬扱いは流石に可哀相じゃない?


「え、ステイって何?」


 そして孝太は意味自体理解せず。

 この子、本当に受験大丈夫なの? そういえばさっきも“危害”の発音がぎこちなかったけど、あれってもしかして漢字をわかってないとかそういうアレなの? あの漢字って小学生レベルじゃなかったっけ? そんなのも出来ないでどうやって高校受験を乗り切る気だ、孝太……!

 真面目に弟の将来を心配していたら、壱樹が苦笑しながら言った。


「いや、まあ、それはいいとして」


 あ、誤魔化した。

 あれ、そういえばアシュールは、と思って見上げたら、ほんの少し頬を引き攣らせていた。

 もしかして、アシュールの耳には「ステイ」って英語も翻訳されていたりするの?

 疑問に思ったけど、壱樹が喋りだしたので意識を戻す。


「おまえらのことももちろん心配なんだけどさ、そうじゃなくて。

――ウチの母さん、光り物好きだろ?」


 全然話がかみ合ってない。

 何故ここであんたんちのお母さんの話が…………ってちょっと待った、すごく嫌な予感……っ!


「だからさ、アシュールさんとやら、」

「壱樹っ!」


 慌てて馬鹿の口を押さえ込む。孝太が弾き飛ばされていたようだけど気にしない。だって、いま私の手の下にある口からはきっと碌でもない言葉が飛び出してくる。口どころか鼻も覆っちゃっているので壱樹が若干涙目になっているけど気にしない。


 何がなんでも離すまじ!


 と、思っていたのに――。


「――アッ!」

「…………」


 べりっと効果音でもしそうな感じで手が外れてしまった。なんてこった!


「ちょっと、アシュール!」


 そうです、犯人はこいつ! 何でだか知らないけど、片手で私の手を掴んで壱樹から剥がしつつ、腰に腕を回して後ろへ引っ張ってきやがったのだ。

 振り返って抗議の声を上げたっていうのに、何故か逆に睨まれた。なんという理不尽。

 

「――ったく、死ぬかと思っただろ! 外そうとしても外れない、ってどっからそんな力が……って話がズレてる!」


 ズラしたんだよ馬鹿!


 しかし、私は現在アシュールに睨まれ、いわゆる蛇に睨まれた蛙のごとく硬直中である。何コレ、メデューサ?


「とにかく、俺が言いたかったのは、アシュールさんとやらがウチに婿に来ないかって話で」


 ああ、なるほど、婿にね。婿。……メデューサって女じゃなかったっけ?


 ………………。


「はぁぁぁああああ!??」

「ぅぇええええええ!!??」

「っ――!!!?」






ちょ、アシュールちょー逃げてー^^^^




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