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四夏 第一ラウンド、川



「暑い! だがそれも良しッ!!」


 唐突に叫んだら、“何を言ってるんだコイツは”的な白い目で見られてしまった。金髪アシュールに。当然と言えば当然だけど。

 でもそんな冷たい目など私は気にしない。だって、


 直射日光!

 緑!

 蝉!

 汗だく!

 温い水!

 まさに夏!


 みたいな、この状況が嬉しくてたまらないんだもの。

 みんな、夏の暑さを嫌い過ぎだと思うの。もっと楽しめばいいのに。汗は水で流せば済む話。仕事をしていたらそうはいかないのもわかるけどね。

 私はダレるくらいに暑い中で、ぐったりしてるのが好き。汗だくで夏のイベントを楽しんで、お風呂に入ってさっぱりする瞬間が好き。夏の子だから。

 夏は何故か滾るものがあるのだ。汗湧き肉踊る、みたいな? ――違うか。はは。

 ぐったりしているのが好きとは言ったけど、今実際にぐったり夏を満喫しているかというと、そういうわけでもない。

 何故かお昼御飯の後、「アッシュが買い物に行き損ねたのは六花の所為だから一緒に行って来なさい」と母に言われ(え、私悪くないよね? 偶の帰省をした娘に酷くない?)、アシュールを引き連れて、徒歩20分ほどのところにあるスーパーに向かっているんだ。

 結構距離があるから自転車でも良かったんだけど、久々の実家周辺でもあるし、暑さに負けそうになる中でスポーツドリンク片手に歩くのもいいかな、と思って。

 完全に私の都合だけど、アシュールは黙って隣を歩いている。……まあ、日本語喋れないから黙ってるだけかもだけど。たとえ歩くのが嫌でもそんなの私は知らん。

 ぶっちゃけ、今は家族を横取りされたような気持ちが少なからずある。それにお昼のわさびめんつゆ事件をしっかり根に持っているので、どんなにアシュールが暑がろうが、ざまあみろ、としか思わない。私、性格悪い子なんで。

 それに、そもそもアシュール自転車乗れないしね。


「あー、暑い。暑すぎて干からびそう。土から出てきたミミズのように。だがそれも良しッ! いや、流石にそれは良くないか」

「……………」


 ジリジリと照りつける太陽と玉のように浮かぶ汗にニヤニヤしていたら、アシュールが再び頭の可哀相な子を見るような目でこちらを見てきた。何だコノヤロウ、ヤルのか?と視線で対抗してやれば、アシュールはひょいと片眉を上げて肩を竦め、また視線を前に戻した。一々嫌味なほどに仕種が様になっているじゃないか。気に入らん。

 というかこの人、意外に表情豊かだ。外国……異世界人だから?

 目は口ほどにものを言うとは言うけれど、アシュールは日本語を喋れなくても、表情を見れば十分に何を言いたいかわかってしまう。会ってまだほんの数時間ほどだけど、何故かおおよその意思の疎通は出来ている。嬉しくはない。

 それにしても、白い目を隠すことなく乙女に向けるのはどうかと。私は至って正常だぞ。君は見るからにこの田舎では異常な存在だけどな。




 実家から10分ほど歩くと、ちょっとした川がある。幅は十メートルくらいで、深さは私の腰くらいまでかな。流れが緩やかで水も綺麗だから、絶好の涼ポイントだ。

 ということで当然、寄るよね。寄っちゃうよねー。


 私が急に脇道へ逸れると、水色のエコバック的な、実はただの手提げという似合わなさすぎる袋を片手にアシュールが少し慌てたように追い駆けてきた。


「ちょっと寄り道しよう」


 振り返って満面の笑顔で言うと、立ち止まったアシュールは呆れ顔になって溜息まで吐きやがった。何だよ、ちょっとくらいの寄り道はオッケーでしょ? 融通を利かせようよ、融通を。


 緩い坂を下って目的の川へ辿り着く。水辺だからやっぱり少し空気がひんやりとして感じる。水の流れるささやかな音も、照りつける太陽の中で涼を呼ぶ。最高かよ。

 川べりへ行き、一も二もなくサンダルを脱ぎ捨てると直ぐに足を水に浸した。歩いて火照った足先が、冷たい川水で冷やされて本当に気持ちいい。

 ホッと息を吐いてペットボトルのドリンクを飲んでいると、ジャリッと隣で細かな石の擦れる音がした。早足で坂を下りてきた私と違いアシュールはゆったり歩いていたから、今頃追いついてきたらしい。

 私は隣で突っ立ているアシュールを見上げる。白金色の髪が夏の日差しを反射して眩しい。10分も歩いているから当然アシュールも汗をかいているけど、何故か暑苦しさの欠片も無く涼しげに見える不思議。

 ハリウッドの俳優とか、有名なスポーツ選手とか、カッコイイ外人さんは山ほどいると思うけど、そういった人たちともまた違う綺麗さがアシュールにはある。少なくとも私が今まで見た中では、群を抜いて整った顔立ちをしている。

 この綺麗すぎる顔を見ると、異世界人だという理解し難い事実も何となく頷いてもいいような気が……って、いやダメだ、私くらいは正気を保たないといかん。見た目に騙されたらあかん。


「…………」

「…………」


 無駄に眩しさを放つアシュールをなんとなくぼんやりと眺めていた私だけど、川をじっと見つめるヤツを見ていて不意にいいことを思いついた。

 煌めく水面。

 煌めく太陽。

 煌めく金髪。

 やっちゃう? やっぱりここはやっちゃうとこだよね?

 私は川から足を上げ、しゃがみ直した。まずい顔がにやけてしまう。バレませんように。

 直ぐ隣にあったアシュールの足をペシペシと叩いて、川の中を指差す。どうでもいいけど脛毛すねげも金色なんだね。

 促されて私の仕種を見たアシュールはというと、黙って同じように川べりにしゃがみ込んだ。無防備だな。

 私が指差す方へと視線を投げるアシュール。私は、何も見えずに首を傾げているヤツの後ろへとこっそりと周り――。



 ――ドンッ!!


「――ッ!!」


 バシャ――ンッッ!



 声を上げる間もなく盛大な水しぶきを上げ、落ちた。――当然、アシュールが。


「あはははははは、ははははは――けほっ、ははははは!」


 大爆笑である。――当然、私が。



 あまりの豪快なダイブに川べりでお腹を抱えて笑っていると、ほどなくしてアシュールがしかめっ面で川から上がってきた。全身ずぶ濡れだ。白金の髪も、お父さんのTシャツもぴったりと肌に張り付いている。それでも絵になるんだから、小癪なヤツである。どこかに隙は無いものか。

 アシュールは随分と不機嫌顔だ。川に突き落とされればそれも仕方ないだろうけど。多少深さのある川だから怪我はしていないだろう。

 いやあ、それにしても可笑しい。笑える。あんなに簡単に騙されるなんて。意外と素直だね、アシュール。

 そして私、イイ仕事したわ。惜しむらくは、アシュールが背中を押された瞬間の焦る顔が見られなかったことくらいかな。きっと切れ長の目もまん丸になっていたことだろう。いやはや、見事な前転ダイブであった。

 満足顔でアシュールを見ていたら、水分を含んで少し色味が深くなった白金の髪を鬱陶しげに掻きあげていたアシュールが、スッとこちらに鋭い視線を投げてきた。

 な、なんだねその怖い顔は。

 思わずじりじりと後ずさる私に、じりじりと距離をつめるアシュール。

 何をする気だ、やめてよ? やめなさいったら!

 慌てて身を翻そうとしたけれど、間に合わなかった。


「アッ!!!」


 ――ドッパァアン――ッ!!!


 一気に間合いをつめたアシュールに俵担ぎにされた私は、そのまま川へと放り投げられた!

 いやマジで大人げないよ、アシュール! 乙女に俵担ぎとか、投げ飛ばすとか……


 許すまじ!!



 そうして、私とアシュールの川での攻防はしばらく続いた。


 私は20歳です。

 嘘じゃありません。

 アシュールの年齢は知らないけど。







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