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三十七夏 仔犬が一匹騒いでおります。




「大体言いたいことはわかった」


 一通りアシュールについて説明すると、壱樹は眉を顰めつつ言った。

 その表情はまだ釈然としていない、って気持ちが露わだったけど、まあ仕方ない。私だって始めは信じられなかったもんね。

 もしかしたら壱樹の頭の中では今、『お盆で久しぶりに帰省したら幼馴染の家族が得たいの知れない外国人に洗脳されてた、こりゃあ俺がなんとかしなければ!』とかいう無駄に正義感溢れる考えが浮かんでいるのかも。

 玄関先であれだけデジャヴを引き起こしたんだから、ありえないとは言いきれない。斯く言う私も、最初は“私だけは冷静に”“万一何かあったら家族を守らねば”とか、今にして思えば恥ずかしいようなことを考えていたものだ。


 口ではわかった、と言ったものの、壱樹は腕を組み、渋い顔で私とアシュールを交互に見ながら、何か考え込んでしまった。

 壱樹の目がアシュールのところで止まると、一瞬品定めするように眇められる。

 そしてまた私を見て、何かを訴えるように片眉が上がったりする。

 …………。

 なんだろうな、この構図。

 冷静に考えるとすっごく微妙じゃない?

 一見したら、突然外国人のカレシを連れて来た娘と明らかに認めていない父、みたいな。勘弁してください。

 内心嘆息している私の一方でアシュールはといえば、説明しているときからずっと、どことなくつまらなさそうな顔をして私の隣に座っている。自分に関することだというのに。

 今もちらりと横目でアシュールを見れば、ヤツの視線は壱樹の顔から少しだけずれているのがわかった。

 私が帰省直後にお父さんから説明を受けていたときはキリッとしていたというか、姿勢を正して真摯な態度をとっていたのに、今は集中していない、っていうのがなんとなくだけど伝わってくる。

 いやすごくわかりづらい違いなんだけどね?

 姿勢自体は今だってド突きたくなるくらい奇麗だし表情も引き締まっているように見えるんだけど……、何ていうの? 身が入っていないっていうの? 心ここにあらず? もしくは目がうつろ? ……そこまではいかないか。

 うーん……、あ!

 そうだ、聞いてる振り、って言えば一番近いかな?

 真面目な顔してとりあえず座ってるだけ、って感じ。

 下手をしたら、今話し掛けても反応とか返って来ないんじゃないの、と思ってしまう。

 まあ、アシュールにしたら自分がここに居候することになった経緯の説明を聞くのは二度目だし、内心では飽き飽きしているのかもしれないけど。

 でもさ、説明聞くのが嫌ならさっきそのまま買い物に行けばよかったんだよね。行かせようとした私によくわからない笑顔を寄越して居座ったのはアシュールだっていうのに、結局つまんなそうにするとか何がしたいのか。

 そんなことを思いながらじとりとアシュールを見つめていたら、視線に気づいたらしいアシュールがつとこちらを向いて小さく首を傾げた。

 私の呆れを含んだ目とアシュールの目が合わさる。


「…………」

「――――」


 私の無言から何かを読み取ったらしいアシュールは、ついで軽く目を瞠った。……何故そこで驚く?

 アシュールの驚きのツボが私にはさっぱりわからない。

 そういえば二人で街に買い物に行ったときも、アシュールがこんな顔をしたときがあったな。

 うーん……。

 まあいいか。

 考えたところでアシュールが何を感じて何に驚いているかなんてわからないしね。


『ねえ、今からでも買い物行ったら?』


 とにかくアシュールの意識がこちらに向いたようなので、びっくり顔のままのヤツに向かって小声で促してみた。

 一応ね、気を利かせてあげたんだよ、私なりに。

 壱樹は私たちから視線を外しはしたけどまだなんか思案してるみたいだし、顔合わせくらいにはなっただろうから、もう無理にこの場にいなくてもいいかな、って。

 私たちにとっては家族みたいな壱樹だけど、言ってもお隣さんであって一緒に住んでいるわけじゃないし、アシュールにすれば直接関わりのない人、っていう括りだろうから。

 あと、出会いのことを考えると、なんとなく壱樹もアシュールもお互いにあんまりいい印象は抱いてないんじゃないかな、っていう。

 うん、つまり、事前に衝突を避けようという事なかれ主義を発揮しているわけです、私。純日本人なもので。


「……――」

『ただいまーっ、あ!』


 アシュールが何か言いかけたとき、玄関から元気な声が聞こえた。うるさい。孝太だ。うるさい。

 私が眉を潜めていると、バタバタとけたたましい足音をさせたあと、汗で額に髪を貼り付けた孝太が勢いよく居間の扉を開けた。


「イッキ兄、おかえりっ!」


 玄関からの突撃は壱樹の靴を見つけてテンションが上がった所為らしい。

 その騒々しさに、まだ何やら考え込んでいた壱樹も思考を中断して“おかえり”の先を越されたのに苦笑しながら振り返った。


「おー孝太、ただいま。んで、おかえり。元気そうだな」

「うん、イッキ兄もな!」


 ……なんていうか、いつものことながら、壱樹の前での孝太は犬を思わせる。千切れんばかりの尻尾が見えるようだ。その尻尾はきっとくるりとカールしているに違いない。柴犬っぽく。わん。

 壱樹は小さい頃にお父さんを事故で亡くして母子家庭の一人っ子だからか、孝太のことを本当の弟みたいに可愛がってきた。孝太が生まれたときなんて、よくうちに入り浸っていたくらいだ。

 そのお陰で孝太は絶大な壱樹っ子に育ってしまったわけだ。実の姉を差し置いて。

 壱樹が県外の大学へ進学すると決まったときの孝太のしょぼくれ具合は半端なかった。――私? 私の進路が決まったときはニヤついてたよ、孝太め。あ。思い出したら腹立ってきた。後で孝太の鉛筆一本残らずへし折ってこようかな。ついでにシャーペンの芯も。


「イッキ兄、あとでサッカー付き合ってよ!」


 たった今帰って来たばっかりだっていうのに何を言っているんだ。勉強をしなさいよ。


「いいけど、その前に勉強見てやる。お前来年の春には受験だろ」


 壱樹が当然のことを言ったら、孝太は「えーっ!」とか言いながらも嬉しそうな顔をした。何その輝く笑顔。お姉様の帰宅時にそんな顔してましたっけ? むしろ“おかえり”の言葉もなかったよね? ……額に拳を叩き込みたい。

 私は孝太の喜びっぷりに目を眇めつつ、盛大に溜息を吐いてから腰を上げた。

 この場に漂っていた微妙な空気が壊れたのはある意味、孝太のお陰だ。便乗して解散しようという魂胆である。壱樹への説明も終わっていたし、別にいいよね。

 ということで、アシュールの腕を引いて買い物に送り出そうとしていたんだけど……、


「――あれ? あ! イッキ兄、アッシュのこと聞いた!?」


 目ざとく私たちに目をとめた孝太が、私の手からアシュールの腕をぶん取って壱樹にキラキラした目を向けた。さながら自慢のコレクションを飼い主に見せびらかして得意気に胸を張る犬のように。


「お、おお……」


 飼い主は若干引いているようですけどね。


「そうだ、アッシュも一緒にサッカーやろうよ! イッキ兄、アッシュってすごいんだよ! 最初サッカーなんて知らなかったのに、教えたらあっという間に覚えるしドリブルも上手いし! 決まる軌道が見えてるみたいにシュートもゴールに吸い込まれるんだ! あ、でも、浮き球は取れないから大きいパスは駄目だよ。アッシュに何度『浮き球は胸でトラップするといいよ』って言っても、なんでか知らないけどアシュールってば、ボールが上から飛んでくると払い落としちゃうんだよね」


 ――え。何それ面白い。


 矢継ぎ早で口を挟めなかったけど、思わぬところでアシュールの弱点を発見しちゃった。

 思わず孝太の大袈裟な身振りを見ながらニヤついてしまったら、そんな私に気づいたアシュールに軽く睨まれた。

 でも今の私は寛大だよ。だから、今度サッカーしてるとこ見に行くね、ってにっこり笑ってあげたら、アシュールの目が呆れたような目に変わった。痛い子を見る目とも言う。でも今の私は寛(略。


「ああそうだ! アッシュの服は見た? こっちに着たときのアッシュの服とかちょーすごいよ! 剣もあってね! 今はアッシュの部屋――あ、アッシュの部屋って客間なんだけど、そこにあるはずなんだ。

 アッシュ、イッキ兄にも見せてあげていい? 今どこにある?」

「孝太、わかった、わかったからちょっと落ち着け」


 ごもっとも。


 大好きな幼馴染のお兄ちゃんが久しぶりに帰って来たことで孝太は大興奮で、周りは完全に置いてきぼりだ。

 アシュールという不可思議とも言える存在が、余計に孝太の興奮度を急上昇させているような気もしたけど、それでも壱樹の制止で孝太はぴたりと口と動きを止めた。飼い主に従順で何より。わん。


「サッカー云々はまあいいんだけどさ。……あー、アシュール・ヒャなんとかさん? って、今は客間に泊まってるみたいだけど」

「アシュール・ヒャカスバーラだよ、イッキ兄」

「ああ、うん。ヒャなんとかさんね」


 ……ちょっと、同レベルじゃないの。人のこと馬鹿にしておいて。


「俺から一つ提案なんだけど、アシュールさんとやら、今からでもこいつらんじゃなくて俺ん家に移動しないか?」

「えっ」

「…………」

「…………」


「イッキ兄、なんで?」



 ……ごもっとも。






季節柄、かなり更新ペースが落ちています。

そこそこ雪国でモチベーションがorz

でも頑張ります!



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