三十六花 いつかの再現
「壱樹、何してんの?」
アシュールの背後から玄関を覗くと、壁と玄関戸に手をついてバランスを崩した身体を支える背の高い男――幼馴染の壱樹がいた。
物凄く腰が引けていてかなり情けない格好になっているけど、まあ壱樹の情けない姿なんて今さらなので気にしない。二十年近く一緒に過ごしていればちょっと口には出せないような恥ずかしい場面もお互い見ているし知っているものだよね。
とは言いながらも冷めた目を向けてしまうのは仕方ないと思う。外人見ただけでへっぴり腰とか笑っちゃうって。ぷぷ。
いつかの自分をすっかり棚に上げて内心笑いながらアシュールの後ろから顔を出したら、壱樹はハッと我に返ったようにこちらを見た。
……なんだろう、すごく「こっち見るな」と言いたい。
「こっち見ないでよ」
あ、言っちゃった。
「~~~!」
壱樹は暫く口をパクパクした後、体勢を立て直して慌てたように高速で手招いてきた。
うわあ……、この構図、物凄くデジャヴじゃないでしょうか。
二週間ほど前、壱樹の場所には私がいて、私の場所には孝太がいたんだった。
あのときの自分を見せられているようで、ちょっと不快感が……。
あ、でも壱樹の手招きは私のようなアメリカンなやつじゃないよ? 下から上へじゃなく、上から下へのやつです。純和風な感じの。うむ、アメリカンは壱樹にはまだ早いから納得。
二週間前に思考を飛ばしながら壱樹の手首がブンブンしているのを黙って見ていたら、さらに速さが増した。手首千切れそうだけど大丈夫?
もうちょっと放置しようかと思ったけど、壱樹があまりに必死な形相なので『面倒くさいな』とは思いつつ近づいた。
「――っ、痛いっ!」
私の動きの鈍さに焦れたらしい壱樹に、まだ二メートル近く距離があったのに腕を思いっきり引っ張られた。肩の関節グキッっていったよ!
引き寄せられてすぐに肩に腕を回されぎゅうぎゅうと締め付けられてさらに痛い!
なのに悲鳴はどうでもいいとばかりに無視された。こんなところまで無駄にシンクロしているとか不愉快以外の何ものでもない。壱樹めどうしてくれよう。
「っおい、むつ、あのイキモノは何だ!?」
火責め水責め土責め肉責めのどれがいいかは選ばせてやってもいい、と心優しい私が考えていることには気づかず、壱樹はアシュールに背を向ける形で私の耳元に言葉を投げ込んできた。
かなり動揺しているらしく、全然声を潜められてない。これじゃあ密着して耳と口の間に手を添えてる意味が全くないじゃないの。壱樹は内緒話の正しいやり方を小学校から学び直して来るべきだと思う。
というかどうでもいいけど、
「壱樹、近い暑い痛い」
思い切り鬱陶しそうに言ってやりました。今は夏だよ、勘弁して!
――って、何コレまたしてもデジャヴ。
姉弟と幼馴染は似るものなの?全然嬉しくないけど!
「おい、いーからとにかくアイツは何者だ!?」
「……。えー? 何者だろうなあ?」
今、ちょっとだけ孝太の気持ちがわかった。
説明とか面倒。そして壱樹のテンションが非常に鬱陶しい。加えて近い暑い痛いで四重苦!
「『えー?』っておまっ……おわっ!?」
妙な悲鳴が聞こえて急に肩の圧迫感がなくなった。
四重苦が一気に解消されて驚きながら振り返ると、放置プレイだったあのお人がなんだか怖い顔で壱樹の腕を掴んで――、
「------」
「いだだだだだ!!」
いや、掴むどころか捻り上げておりました。わーお。バイオレンス。
◇◇◇◇
「……で? この金髪怪力野郎は何者だって?」
壱樹が不貞腐れ気味に聞いてくる。
現在地は我が家の居間です。
あの後、男相手だからか容赦ないアシュールをなんとか宥めて壱樹を家の中に招き入れた。
アシュールはこれまたデジャヴも甚だしく、買い物を中断して一緒に居間に戻っている。
幼馴染である壱樹は家族のようなものだとはいえ一緒に住んでるわけでもないし、アシュールには買い物に行ってもらって壱樹に軽く説明するだけでもよかったんだけど、何故かヤツは残るという意思を曲げなかった。壱樹と同じでアシュールも壱樹のことが気になるのかな? 大したやつじゃないのにね。
「-----。--------」
私が説明する前にアシュールが何か言った。
もちろん何を言ったかはさっぱりわからない。
しかし何故かアシュールが喧嘩腰に見えるのは……私の気のせい?
服を買いに行ったときの威圧感が若干洩れているのは気のせいじゃない気がする。
壱樹も感じたのか、怯むことはなかったようだけど不機嫌さは増したようで眉間の皺が深くなった。
壱樹は別に短気じゃないはずなんだけど、何故かアシュールへの印象は悪いっぽい。気に入らない、という内心がありありと表情に出ちゃってる。
……まあ、出会って数分で腕を捻り上げられて好印象を抱いていたら、それは間違いなくエムの人ってことになっちゃうから、壱樹が喜んでなくてよかったけど。
ああ、そんなことより紹介と説明をさっさと済ませなきゃだった!
「あー、こちらはアシュール、アシュール・ヒャ……なんだっけ?」
「----・------」
「……。うん、アシュール・ヒャなんとかさん、です」
「……お前いま聞き取れなかったんだろ」
「一部が分かってれば十分でしょ」
「……」
「……」
だって、アシュールの名字なんて初日にちょろっと聞いただけだよ? 覚えられなくて当然だと思う。カタカナ苦手なんだよそれに誰も名字で呼ばないし!
アシュールが言い直してくれたけど、生憎発音がネイティブ過ぎて日本語に変換できなかった。お父さんたち、どうやって名字を聞き取ったんだ……?
「それで? こんな田舎に留学生とか言う気か?」
「いや、言わない。アシュールは二週間くらい前に庭に落ちてきたんだって」
「……」
「……」
「――莫迦言うな?」
……。
なんで疑問形?
“肉責め”表記は仕様です。
血縁と腐れ縁は恐ろしいものです。