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三十五夏 忘れていたけど訪問者



「……」


 じーっと背中に視線を感じる。

 だがしかし私は振り返らずに負けじと別の意味でじーっとしていた。

 今はお昼寝中です。

 まだ寝てないけど、気持ち的には寝ています。


「………………」


 まだ視線を感じる。

 だがしかし(略。


 いい加減背中に穴が開くかもしれないと思った頃、やっと背後の気配が消えた。

 私は深く息を吐き、もぞもぞと身体を動かして本格的に寝る体勢をつくる。

 背後からジト目で見つめてきていた正体は分かりきっていた。金髪の異世界人、アシュールだ。

 お母さんから買い物を頼まれていたのは聞こえていたから、たぶん私にも付き合わせようとしていたんだろうけど私はそれを寝た振りでやり過ごした。

 仲直りしたはずじゃないのか、って?

 したよ。仲直り。

 ちゃんと謝ったし、アシュールも私の言ったことを受け止め、謝罪も受け入れてくれたと思う。

 二日に渡った気まずい空気は間違いなくあれで払拭された。

 私は引き摺るのが嫌な性質だしアシュールもそうだったようで、お昼寝から目覚めた頃にはお互い普通に接してた。気のせいじゃなければアシュールはご機嫌な様子だったけど、喧嘩中の私の態度を考えれば当たり前のことだよね。

 じゃあどうして今でもアシュールの存在をスルーしているのか、と聞かれれば、学習したから、と答えるほかない。


 あの色々と思い出したくない恥ずかしい喧嘩から数日。私はアシュールと少しだけ距離を置いて接している。

 あの喧嘩で私はかなり反省したんだ。

 アシュールの行動を煽ったのは私で、そしてアシュールが簡単に煽られたというか調子に乗ったのも、私の所為。

 会ってから幾日もしていないのにわさびやら川やらの一件で二人の距離感がおかしなことになっていて、会って間もない他人としての適正な距離というものがわからなくなっていた所為だと気づいたの。

 何だかんだとお互いを構いすぎていたと思うし、アシュールの故郷がそうなのかもしれないとヤツがスキンシップ過多なのも特に気にせず、こんなものかと私が受け入れていたのも悪かったんだよね。

 だから少し冷静になって、会って三・四日の他人同士の接し方について考えてみたのだ。

 どう考えても、川で相手を突然突き落とすのはアウト。街から何時間も手を繋いで帰宅もアウト。途中アイスを分け与えたりしたこともあったけど、あれもアウトだ。

 その後も色々アウトのオンパレードで、これが野球なら私はボロ負け状態でした。

 わさび事件で崩壊したアシュールと私の間の壁。これをもう一度建て直す必要があると私は思った。


 また同じ間違いを繰り返して気まずい思いをしないように、今度から適度な距離を保って必要以上にお互いを構わないように。

 それが円滑な人間関係を形成するに違いない。


 とか、私もない頭を振り絞って考えたわけです。アシュールと上手く付き合っていけるように。

 なのでこの数日はアシュールが何かに私を引っ張り込もうとするのを三割方スルーしている。

 まあ七割ほどスルーを失敗しているんだけど、まあちょうどいい塩梅なのでは、とも思うのでよしとしている。


 そんなわけで、今日も今日とてアシュールが『買い物行こうぜ』オーラを発していたのを鮮やかにスルーしてやったわけですが。


 私は寝ようと思っているのに、何故か妙に居心地の悪さを感じて寝付けないでいた。

 夏の熱気の所為だけじゃなくじりじりする。

 原因はたぶんアシュールだ。

 きっと今のヤツは心持ち重い足取りで玄関に向かっているんだろうなあ、という予想が簡単にできて、それが私の居た堪れなさに繋がっているんだ。

 仲直り直後から少し距離を置くことにしていたけど、あれから数日経って今ではこの行動をもう一度考え直しかけているという……。ブレブレですね、私……。

 だってさ、アシュールの行動をスルーすると、あの人すごく肩を落とすんだよ!

 何でか知らないけど、全身で『がっかり』を表現するんだよ! 嫌がらせ!?

 眉尻下げて困惑気味の銀河が向けられる度に良心の呵責に苛まれるなんて、意味がわからない!

 これが適正な距離です。とばかりに私は自分の部屋へ引っ込んだりするんだけど、喧嘩していたときのように背中をアシュールの視線が追ってくるのがわかって、何か悪いことをしているみたいなんだよね。


 うーん、上手くいかないなあ……。


 私は縁側で横になりながら、薄っすらと目を開けて考える。

 近すぎるのがまずいんだと思ったんだけど、アシュールにしてみたら私の態度は喧嘩中のときのように余所余所しく感じるんだろうか。

 会って間もない人間同士の丁度いい距離について、一度講釈を垂れた方がいいのかな……。


 ――ガションッ


 うつらうつら考えていたら、アシュールが去ったであろう廊下の方から不審な音が聞こえて、意識が浮上した。

 びっくりして上体を起こす。


『――っ、――!?』


 何か叫び声? 怒鳴り声? みたいなのが聞こえる。

 台所で水仕事をしているお母さんは気づいていないみたいで、でも気になった私は仕方なく身体を起こした。

 まだ完全に眠ってしまう前だったから割とスムーズに身体が動く。

 少し早足で廊下を行くと、まだ玄関のたたきにも降りていないアシュールの背中が見えた。

 ついでにアシュールが手にしたあのくすんだ水色のエコバッグも見えて、あれは本当にアシュールの見た目に合わないから今度どうにかしよう、なんてどうでもいいことが頭を過ぎる。

 玄関を前に立ち止まるアシュールを不審に思いながら近づき、背後から顔を出して玄関を見た私は思わず声を上げた。


「……壱樹、何してんの?」







あの人がやっと登場。

アシュールよりもちょっとだけ足の短いあの人です。笑



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