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二十七夏 ラスト・ミッション



「アシュール、やっぱりまだシャワー浴びたいよね?」


 タオルでがしがしと頭を拭いているアシュールを見上げて、自分で話題を振る。これは避けて通れない話題だし、私の取るべき行動は一つなので、さっさと終わらせてしまった方がいい。

 タオルの隙間からこちらを見たアシュールはちょっと首を傾げている。どうしてそんなことを聞くんだ、とでも言いたげに。

 いや聞くでしょ、普通。朝からシャワー浴びたがってたし。え、もしかしてもうシャワー浴びたくなくなったの? 頭洗ったから必要ないって? いやいやそんなはずは。頭洗っただけで身体もすっきりするなら、ボディソープとかいらないし。


「汗掻いてたし、身体ぺたぺたするでしょ?」


 私の問いに頷かないアシュールを怪訝に思いながら尋ねたら、何故かまたしても頷かないままジッと見つめられた。

 だから何の視線なの。こっちを見るな。

 あまりに凝視されるもんだから目潰しでもしてやろうかと危険なことを考える。もちろん本気じゃないので二本突き出した指はこっそり仕舞い、代わりにアシュールの腕に触る。

 そんなに酷いものじゃないけど、アシュールの腕はやっぱり多少はペタペタした。頭だけすっきりしても、身体がこんなんじゃ気持ち悪いだろうに。


「ほら、ぺたぺたしてるじゃん。しょっぱいくらい汗掻いてたし、気持ち悪いでしょ?」

「……」

「……」

「……」


 ……?


 ――え。


 私、何かおかしなこと言いました?


 私の台詞を聞いた途端、髪を拭いていた手を止めたアシュールが片眉を上げ、なんか物凄く複雑な表情をした。

 驚いたような、呆れたような、困ったような、感心したような、……照れたような? ついでに笑いを噛み殺したような? あとちょっと嬉しそう……?

 とにかく全部をひっくるめて表現に失敗したような顔。

 何だろう? 私に『ぺたぺたしてる』って言われたのがショックだったとか? いつも爽やか好青年で通しているのに、汗の余韻がバレて恥ずかしかったとか。

 いやでも女の子じゃあるまいし、そんなこと気にしないよねえ? それに、孝太に付き合わされて炎天下の外でサッカーしているときも平気で汗だくになっていたし、それで帰って来たときに『うわあ、汗だく! 寄らないで!』とか二人ともに向かって私が叫んだときも反応は苦笑するくらいだった。

 汗掻いてたのは事実で、しょっぱかったのも本当。

 ということは、『気持ち悪いでしょ?』と言ったところをアシュールは曲解して、私がアシュールを気持ち悪いと思ったように捉えたとか?

 ……いや苦しいよ。苦しいでしょ、この解釈は。

 どう考えてもアシュールがそんな被害妄想的な捉え方をするとは思えない。しかも、もしこの解釈が正しかったとしたら、照れと笑いと嬉しさの表情はどっから来たの、って話になる。自分を気持ち悪いと言われてそんな感情を見せるやつはドのつくエムの人しか有り得ない。

 えー。もしかしてアシュールってそっちの人?

 冗談半分でそんなことを考えていたら、なんだかよくわからないけど、アシュールが勝手にダメージを受けたように顔を片手で覆ってしまった。

 まさか私の思考が読まれたとかないですよね?

 一人じんわりと冷や汗を浮かべる私を他所に、大きな溜息をついたアシュールは心持ち肩まで落としている。なんか物凄く憂いを感じるけど、アシュールがなんでそんな状態になったのか全く意味がわからない。誰かこの人の頭の中を説明してくれないかな。

 私は理由のわからないアシュールの行動に物凄くモヤモヤしつつ、それでもヤツの肩を叩いてやった。


「なんだか知らないけど、元気出しなよ」

「……」


 指の隙間から恨めしげな視線が飛んできた。

 おいこら、慰めてあげてるのに何でそんな怖い顔するんだ。私何も悪くない!

 恩を仇で返された!とか大袈裟なことを考えながらも、いつまでも洗面所に篭もっているわけにもいかず、私はアシュールの腕を引っ張って廊下に出た。


「とにかくちょっとさ、部屋で待ってて。シャワー浴びたいだろうとは思うけど、髪も洗ったし、身体洗うだけにお風呂入るのも面倒でしょ? そんなときのための便利グッズを持ってきてあげるから!」


 私って優しい! そう言ってアシュールを置き去りに、私は二階の自分の部屋にダッシュした。





 急いで目的のものを手に客間に飛び込むと、アシュールがTシャツを脱ごうとしているところだった。


「ちょっと待った!」


 大慌てでアシュールの腕を押さえ込む。

 危なかった! 勝手に脱いで歯型やら爪痕を発見されたら、これまでの努力が全て水の泡に!


「ほら見て、これ。これ使えば、汗を拭き取れるだけじゃなくて肌もサラサラになるし、すっごくいい匂いもするんだよ!」

「…………」


 製品会社の回し者のようにメリットを上げ連ね、ピンク色のケースをアシュールの目の前にずずいっと差し出す。

 ふんわりと甘いピーチの香りが漂った。

 ピーチの香りが……


「……」

「……いい匂いでしょ?」

「……」


 ものすごく微妙な顔をしつつ、アシュールはぎこちなく頷いた。

 あー、うん。わかる。わかります、その気持ち。

 たった今、私も思ったよ。


 ――ピーチの香りを纏うアシュール……?



 ……。



 微妙!!



 だがしかし。これしかないから我慢してもらうしかない。私は桃が大好きだ! 桃バンザイ!

 何か言いたそうなアシュールを無視して、ケースの蓋を開ける。途端により濃厚な桃の甘ったるく、そして可愛らしい香りが匂い立った。

 あー、完全にイメージはピンク色。めるへんピンク。ろまんちっくピンク。乙女色ピンク。

 まるでケースの周りに蝶々の飛び回るお花畑が広がったような気がした。

 一層眉尻を下げるアシュールと、愛想笑いを浮かべながらシートを取り出す私。

 何だろう、何かとても大きな間違いを犯している気がしてならないんだけど……。いやいや、たとえアシュールと桃の香りの組み合わせの違和感が半端なかろうと、わが身可愛さには見て見ぬ振りをするしかない。痴女扱いは困ります。

 私は意を決して、アシュールのTシャツに手をかけた。

 何となく逃げ腰に見えるアシュールに愛想笑い全開で詰め寄る。


「私が全部してあげるから、アシュールは目を瞑ってて? 絶対に開けちゃ駄目だからね?」


 ……いよいよ危険な香りがしてきたと感じたのが、どうか気のせいでありますように……。







危険な香りしかしません。ピンク色の。


アシュールが複雑な表情をした理由、伝わっているでしょうか;?



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