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二十六花 セカンド・ミッション



「お母さん! 着替えはいいから!」

「? どうして?」


 不思議そうに聞き返されて言葉に詰まる。

 まさか、お風呂には入らせないから! とも言えない。そんなことを言えば、ほぼ間違いなく阿修羅やらなんやらが出現する。怖い。

 ああもう、朝ごはんのときはお母さんに助けられたけど、今は逆に窮地に立たされているとか、世の中上手く出来てますね! 何事も中庸、ってか!? いや中庸の使い方微妙に間違ってるし。

 わけのわからないことを考えつつ、咄嗟にアシュールの腕を引っ張る。


「どうせだから、私が頭も洗ってあげようと思って!」


「……」

「……」


 ――う。


 二人してじっとこちらを見るのはやめてください。


 わかっていますよ、おかしなことを言ってるのは!

 普段の私のアシュールに対する行動を考えれば、ここまで構い倒すなんてどんな風の吹き回しだ、って言いたいのもわかる!

 だけどこれにはちゃんとした理由があるのだよ、理由が! 言えないけど!!


「私ってば、シャンプーも上手くなったのよ。大学で元…友達の頭をついでに洗ってあげたりしててね? シャンプーもカットも出来るなんて、もしかしたら私、美容師になれるかも、なんて!あははははは」

「……」

「……」


 いや全国の美容師さん、その卵さん、ごめんなさいっ!

 そんな甘い職業じゃないのはわかってますが、ここは私の苦しい言い訳に使わせて! 苦しい言い訳とか自分で言ってる時点で泣けてくる私に、同情してください!


「アシュールもほら、擬似美容院体験が出来るじゃないあははははは」

「……」

「……」


 なんか二人の視線がちょー痛い。そんな、不審者を見えるような目はやめて! 私の空笑いに痛々しそうに眉を顰めるのもやめてくださいお願いします。

 というか、約一名、唇の端がひくりと動いたの、私は見逃さなかったぞ。なんか知らないけど、私の挙動不審を面白がってるでしょ。アシュール、君だよ! 明らかに笑いを堪えているの、気づいてますけどっ!?

 掴んだ腕を抓ってやろうかと思ったら、するりと逃げられてしまった。内心舌打ちしていたら、突然ぐいっと肩を引き寄せられて視界がぶれる。何事?


「-----、--------」


 アシュールがお母さんに何か言って、そのまま私ごとクルリと方向転換すると、縁側から家に上がり、洗面所に向かって歩き出した。引っ張られる形になっていた私は縁側で躓きそうになったけど、アシュールが何でもないことのように抱き上げてくれたので転ばずに済んだ。上手い具合にサンダルも脱げたので家の中を汚すこともなく……って、これ全部計算しての行動だったら怖いな。……偶然だよね? 偶然!

 まあそんなことはどっちでもよくて! とにかくこれって、頭を洗ってあげるという私の主張をアシュールは受け入れた、ってことだよね。

 さっきまで人のことを不審げに見ていたくせにそれこそどんな風の吹き回しだ。まさか何か企んでいるんじゃないよね? かなり身構えてしまったけど、よく考えたら私にとっては願ったり叶ったりなので、結局は便乗することにした。

 縁側で取り残されて目をしばたいているお母さんに慌てて叫ぶ。


「椅子とか後で片付けるから!」


 主にアシュールが。


 とか胸のうちでちゃっかり付け加えつつ、アシュールに引っ立てられるまま洗面所に向かった。縁側で抱き上げられたのはわかるけどもう下ろしてくれてもいいんじゃない!?




 そんな感じで洗面所に着いたはいいけど、本当の美容室じゃないから当然そのままシャンプーが出来るわけじゃない。だって、背凭れが倒れる椅子とか無いし。

 だからと言ってアシュールに屈んでもらって洗うのは流石にアシュールが可哀相だ。洗面台はそんなに高くないから腰に負担が掛かりすぎるだろうし。じゃあお風呂でやるか、なんてことにはなるわけもなく。思案した結果、かなり面倒なことをするハメになった。

 低めの丸椅子の上に座椅子を置いて、それだけじゃ不安定すぎるので、背凭れの下に支えになるようにもう一つ、丸椅子よりも少し高さのある椅子を台所から持ってきた。それらを組み合わせてなんとか安定を図ったんだけど……。


 正直、自分でもここまでする意味を見い出せないデス……。


 自分自身でさえそうなんだから、アシュールならなおさら、ここまでして俺の頭を洗いたいのかコイツは、とか思っていそうで、実は準備をしている途中あたりからあんまり顔を見られなくなった。色々突っ込まれるのも御免だ。にやにや笑いなんて見た日には、アパートに逃走してそのまま帰って来れなくなっちゃうかもしれない。

 恥ずかしいやらムカつくやら情けないやら。乙女心って複雑だよね。……乙女心って何?


 ドツボに嵌まっている自分に落ち込みつつ、気を取り直してアシュールの洗髪に取り掛かった。


 家は純和風で古いものだけど、洗面台は二年くらい前に配水管が壊れたときに新しいものに取り替えたばかりだ。なので周りからは浮いているけど、蛇口が伸びるようになっていてシャワーになるという便利な機能がついていた。現代人の朝シャン用の設計だろうか? 何はともあれ、今の状況からすると大助かりだ。

 シャワー機能のお陰でシャンプーもスムーズに流すことができる。これが古い洗面台だったら、お湯を手で掬いながら流さなきゃいけないから、中々泡を落とせないところだったよ。


 洗い始めてから直ぐ、アシュールからは小さく吐息が零れた。

 早く洗えとばかりに自分でわざわざ私を洗面所まで連れて来たのに、微妙に緊張していたらしい。

 まあそんな緊張も私のフィンガーテクニックを前に長くは続かなかったというわけだけど。


「……ねぇ、アシュールは人から頭洗ってもらうの、初めてなの?」

「……」


 なんとなくそんなことを聞いてみたら、目を薄っすらと開いたアシュールが小さく頷いた。

 ふーん、と気のない返事を返したけど、私は内心驚いていた。

 実は私は、異世界でのアシュールは身分が高かったんじゃないかと思っていた。身のこなしを見ていて、どことなく落ち着きというか品のようなものを感じていたから。背筋だって猫背になっているのは酔っ払って寝惚けていたときくらいだし。

 よくあるじゃない? 身分の高い人は何人もの女の人にお風呂も介助してもらっていて、身体とかも自分では洗わない、みたいな。

 なんとなくアシュールもその口だったりして、とか考えていたんだけど、どうやら違ったみたいだ。何故かホッとしている自分に首を捻りつつ、その後は特に何も喋らずに洗髪を終えた。

 終わったよ、って声を掛けたら、アシュールが眠そうに目を開けたので、ちょっと笑ってしまった。






そろそろドツボの終着点。



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