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二十四夏 ミッションインポッシブル?



「アシュール!」


 朝食を終え、お母さんと一緒に後片付けをしていたアシュールが客間に戻って来たところを捕まえた。

 私は後片付けをしないのか、って?

 え、だってあれってシンデレラの仕事でしょ?

 私の今の仕事は客間の前で仁王立ちしてアシュールを待つことだもん。着替えなど取りに行かせてたまるか。あ、いや、着替えくらいはいいのか、うん。

 待ち構えていたように私に声を掛けられたアシュールは、きょとんと目を瞬いている。今日はよく見る顔だな。

 ……それだけ私の行動がおかしいの?

 いやいやそんなまさかあはははは――。

 ……。

 わかってるよッ! 挙動不審なのは!

 でもそんなこと今はどうでもいいのっ!


「ね、アシュールその髪、鬱陶しくない!?」

「…………」


 唐突に私は切り出した。余計なものを一切省いた、実にスマートな走り出しである。

 アシュールは私の若干鬼気迫る感じに引きつつも、首を傾げて自分の白金の髪を摘み上げてしげしげと見つめたりしていた。相変わらずむしりたくなるほど綺麗な髪だ。……十本くらいならいいかな?

 いやいやそれは半分冗談だけどさ、なんか意外と無頓着そうだよね、アシュールって。髪の毛もなんとなく伸びるに任せてるっぽい雰囲気がある。

 アシュールの髪は、前髪は瞼を超えるくらいあって、襟足も長め。ウルフカットって言うのかな? ああでもトップは短くないから、純粋なウルフカットではないのか。でも襟足は一番長い部分で肩を超えるくらいあるから、日本の一般男性の髪を考えると随分長いよね。前髪も然り。

 もともと綺麗な顔立ちだから、髪が長いことで中性的な顔に見えなくもない。ただ、体格がいいので女性に間違えるなんてことは絶対無いけど。

 とにかく、夏も真っ盛りだというのに襟足が長いのは暑いと思うんだよね。


「私が切ってあげる!」

「…………」


 胸を張って言ったら、アシュールの眉間に皺が寄った。……おいこら、その反応はどういう意味だ。明らかに私の腕を信用してないな。手先だけは器用なんだからね、私!

 困ったよう眉尻を下げて一歩後退するアシュールに、私はこめかみがピクリと痙攣するのを感じながらも、忍耐強く、しかし二歩ほど詰め寄った。

 アシュールの失礼な態度にいつもなら悪態をつくところだけど、目的のためには我慢! そして逃走されないように腕もがっちりホールド! 本当は両腕を拘束したかったけど、私の片手で掴むには太い腕なので、左腕だけ両手でしっかり握り締めてやりました。どうだ振り払えまい!


「大丈夫! これでも大学進学で家を離れる前は孝太の髪の毛だって切ってあげてたんだから! あ、友達とかのも切ってあげてたよ。概ね評判だったよ!」

「…………」


 若干名、切り方の練習をさせてもらって失敗したこともあるけど、まあ、ど素人ですし。失敗の一つや二つ、可愛いものだよね。あは。

 アシュールは「“概ね”評判」と言ったあたりでどことなく唇の端を引き攣らせたような……いやいや、私の眼には大歓迎の笑顔に見える。いつも通り、キラキラしてらっしゃいますから、何も問題はない。心眼って言葉は素晴らしい。


「夏なのにそんな長い髪じゃ暑いでしょ? 汗掻いたときも首に張り付いて気持ち悪いんじゃない? 私に任せて! そんなお悩みは全部解決してあげるから! うん!」

「…………」


 一瞬、アシュールの世界では男女問わずあんまり髪を短くするのは駄目、とかいう風習があるのかな、なんて思ったけど、アシュールの態度はそういう意味での拒否じゃないみたいだから、大丈夫だろう。

 それよりも、また一歩ヤツが後退したから、こちらも負けじと再度二歩詰め寄ってやった。逃がさん。

 しかしアシュールが一歩後退する度に二歩迫っていたら、何やら近くなりすぎた気がする。ヤツを見上げるのに首が痛い。でもまあいっか。背に腹は換えられないというし。色々と圧迫感を与えて逃れられなくするにはもってこいだ。たぶん。

 ……。

 あれ? 圧迫感、感じてます、アシュール? なんかむしろ見下ろされている私が圧迫感……ってコラ、見下ろすなよ!

 内心無茶を言いつつ、若干アシュールの腕を下に引っ張って目線を合わせるように促しつつ、私は続けた。ぐいぐい引っ張ってたらちょっとずつアシュールが中腰になってきた。……笑える。


「そんなに心配しなくても平気だって! あ、一年以上も前までの経験だから心配なの? そこは本当に大丈夫。何せ元カ――……いやうん、大学でも友達の髪切ってあげてたから!」

「…………」


 元カレ、と言いそうになって慌ててやめた。

 そんな妙な情報をアシュールに与えて、それをネタにからかわれたら堪らない。どうして別れたとか、理由を詮索されたりするのも御免である。……って、そこまで私に興味もないか。いやでも、何だか弱みを晒すようでイヤだ!


「あ、そうだ、証拠あるよ! 確か携帯で写真撮っておいたんだ~」

「…………」


 お尻のポケットに入れていた携帯を取り出して見せる。何か物珍しそうに眺められた。主に携帯を。

 そういえば、ウチは高校に上がってからじゃないと携帯はダメという家庭内ルールがあったから、孝太はギリギリ持ってないんだよね、携帯。お母さんもお父さんもあんまり新しい機械は得意じゃないみたいだし。って、今はそこは注目しなくていいんだよ! 写真を見なさい、写真をっ!


「ほら、ね? 綺麗に切れてるでしょ?」

「…………」


 電子画面には高校の女友達の写真が映し出されている。じーっと画面を見つめていたアシュールは、じーっとアシュールを見つめる私にちらりと視線をくれてから、ようやく納得したのか小さく頷いた。なんか溜息が聞こえた気がするけどこの際聞かなかったことにしてやろう。観念したならいいんだ。


「うんうん、賢明な判断だよアシュール! 流石だね! よっ、この、金髪ロン毛野郎! ははははは! よしじゃあ、縁側のところで切るねっ。外に椅子置けば髪の毛落ちても気にならないし!」

「…………」


 私はアシュールに台所の椅子を一つ持っていくように伝え、その他必要なものを調達しに走った。

 別れるときになんか物凄く不審げな眼を向けられた気がしないでもない。……私何かおかしなこと言った? テンションが上がっていたので、何を口走ったかあんまり覚えてないんだけど。



 ところでどうして急に髪を切ってあげる、なんて言い出したかって話だけど。それは簡単。

 髪の毛切った後、ついでに頭も洗ってしまおう、という魂胆なのだ。そこまでが一連の作業です、みたいな感じで。

 ただ頭を洗ってあげる、って言うより自然でしょ? んで、頭を洗ってしまえばお風呂に入る必要は無いわけだ! お風呂に入らなくて済むなら、裸の状態で鏡だって見なくて済むわけです。つまり昨夜私がしでかした失態もばれません、と。

 しかし問題は身体。身体の方が汗でペタペタして気持ち悪いと思うから、頭を洗っただけじゃ、結局シャワーを浴びたくなると思う。だからそこが一番の悩みどころなんだけど……。

 でもこれも朝ごはん中に頭を働かせて解決しているのです。


 文明って素晴らしいよね。


 科学の力、バンザイ!


 みんな、思い出してみて欲しい。

 スポーツの後なんかに、一時しのぎで使うアレを。

 いまや女子にも男子にも愛用者は多いはず。


 そうです。


 汗拭きシートがあるじゃないかっ!


 という話なのです。


 かなり強引かつ、アシュールが汗拭きシートとか似合わなさ過ぎるけど、お父さんのお古の服とか草臥くたびれたエコバッグとかのことを考えれば、かわいいものだよねっ!

 もちろん、今日のところは この 私が 汗拭きシートの使い方を 手取り 足取り 説明してあげる所存でございます。

 当然背中は上手く拭けないだろうから、この わたくしめが 僭越ながら 拭いて差し上げるつもりです。

 私が爪でつけてしまった傷をこっそり避けて。

 そしたらアシュールが誤って傷に触れて沁みたりして、コリャ何だおい俺誰かに襲われてるゼ!的な展開は避けられるはず! ついでに肩だってさり気なく手を置いておけば、噛み痕もバレない! 素晴らしい計画!!

 汗だくになった後にシャワーも浴びられないアシュールは少しだけ可哀相な気もするけど、ここはしばらく我慢してもらいたい。私だってギリギリのところで自分の沽券を保っているのだ!


 ということで、とにかくミッション開始なのである!






六花は毎日アシュールの身体を拭いてあげる気なんでしょうか。

おバカさんですいません。孝太の姉なもので。



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