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二十三夏 不名誉回避に向けて



 閉められそうになった洗面所の扉の隙間に、急いで手と足を滑り込ませた。

 そこから無理矢理に戸をこじ開け、きょとんと目を瞬くアシュールに引き攣った笑顔を向ける。


「おはよ、アシュール! ……き、着替えるの?」

「…………」


 こっくりと頷くアシュール。

 どうしてそんなことを聞くんだ?というように首を傾げている。

 ……いやはい、その反応はご尤も。

 しかしこれは私の沽券に関わる問題なので、どうか黙って聞いて欲しい。


「私これから洗面所使うから! アシュール着替えるだけなら部屋でもいいよね? ね?」


 長い腕を引っ張りながら言う。

 ああもう、早くそこから――出て来いやッ! という何処かのプロレスラーのような言葉は、胸のうちに収めておこう。ここは出来る限り真面目に低姿勢にいこうじゃないか。……若干不本意ではあるが。

 しかし痴女扱いを受けるのはもっと不本意である。そんな称号を貰っちゃうくらいなら、いけ好かないアシュールに頭だって下げられる。……いや無理かも。あは。

 でも私なりに覚悟を決めてお願いしているのに。

 私の希望に反してアシュールは動いてくれない。踏ん張ってるわけでもないのに、必死に引っ張っても動かない。おいこら、お前は石像か! みなさん、こんなところに石像がありますよー! 壊してもいいですかっ!

 梃子でも動かない様子に若干イラッとしてしまったが、いやいやダメダメ怒るな六花冷静に!と自分に言い聞かせる。怒りに任せてアシュールを攻撃したら、反撃されて洗面所から締め出されちゃうかも。それはダメだ!

 怒りを静めるために歯を食いしばりながら、相変わらず引き攣る笑顔で「どうして動かないのかな?」とアシュールを見たら、ヤツは節ばった長い指でお風呂場を示していた。


 なんだ、お風呂か、なら問題な……大有りだわ莫迦!


 お風呂入ったら、正面に鏡があるし、お湯を使って鏡が雲る前に肩の赤味には気づいてしまう。その上、深夜から今朝に掛けての数時間じゃあ、もしかしたら背中の爪痕が沁みるかも!? そしたらアシュールは、何か痛ぇなー、とか思いながら鏡で確認して、おいおいコリャア何の冗談だ? ってなもんで爪痕にも気づいちゃったりして!!?


 …………。


 無理!

 ダメ!

 絶対っ!!


 お風呂から出てきたアシュールにからかい倒される自分を想像して、背筋がぞわりと総毛だった。


 ああでも忘れてたよ! 確かに昨日(今日?)の夜アシュールは結構な量の汗を掻いていた。じっとりというよりも珠のように浮かんでいたから、そりゃあシャワーの一つも浴びたくなるよね。今は夏だし、身体もぺたぺたして気持ち悪いだろう。

 だけどこっちだって譲れない。

 ただ引っ掻いただけ、齧りついただけ、という痕なら何ら問題ないけど、今回のは如何せん場所が悪すぎる! あらぬことを想像させるには絶好のポイントをチョイスしましたね、おめでとう! と誰かに褒められるくらいに破廉恥ポイントに痕をつけてしまったのだ。

 ことの起こりが深夜の家族全員が寝静まっている時刻だった所為で、事実が無くても誤解だと主張しづらいものがある。むしろ誤解を受ける時点で不名誉過ぎる!

 だから、傷がバレたら私は大変、大っっ変困るのだ。

 だけどシャワー浴びるなんて許さん!とか、流石にそこまで理不尽なことは言えない……。


 もう、どうしたらいいのっ!とアシュールの腕を離せないままうろうろと視線を彷徨わせていたら、タイミングよく廊下の先からお母さんの声がした。


「――朝ご飯できたから食べなさーい!」


 あああああ、天の助け……!


「ほ、ほらアシュールっ、ご飯だって! シャワーなんて浴びてたら冷めちゃうし! バラバラに食べたら片付けが出来なくてお母さんも大変だからね! ね!?」


 言いながらもう一度腕を引っ張ると、今度は抵抗なくアシュールが脱衣所兼洗面所から出てきた。


 お母さんありがとう! 本気で!

 後で肩でもなんでも揉んであげるからね!!


 心の中でお母さんを拝み倒しつつ、私はアシュールの背中を押して居間へ向かおうとした。


「…………」

「――わぷっ!」


 なのに、アシュールが何故か途中でぴたりと立ち止まり、そんなに腕に力を込めていなかった私は思いっきりヤツの背中に突っ込んだ。……出会って三日、顔面強打は二回目です……。ちなみに後頭部は三回強打しております。

 ……正直、これだけ酷い仕打ち(半分以上は不可抗力だけど)を受けていると、アシュールの身体に傷をつけたことはもはや全く悪いと思わない。昨夜は申し訳ない、とか殊勝なことを思ったけど、今は全然まったく、これっぽっちも謝罪する気持ちは御座いません。むしろ自分のお綺麗な身体についた傷を見て唖然とするアシュールの顔を見てやりたい、くらいの気概がある。

 しかし傷痕が発覚すると結果的に私の首が絞まるのだ。好奇心より自分の身の方が大事。それは自覚しているものの、この怒りはどこへぶつけたら……。

 アシュールの背中に追突したまま、痛みと憤りにウーッと呻っていると、くるりとアシュールが振り返った。寄りかかっていた回転ドアが急に動いたような状態になり、支えを失って少しだけよろめいてしまった。けど、なんとか踏ん張る。

 恨みがましくアシュールを見上げたら、またしても不思議そうにヤツが私を見下ろしていた。……なんだよ、私の奇行は今に始まったことじゃないでしょ? 自分で言ってて悲しいけど……。


「何よ?」

「…………」


 唇を尖らせ、不満も露わに問いかければ、アシュールはじっとこちらを見つめてから、スッと私の背後に視線を向け、不思議そうに何かを指差した。


 …………。


 ――ちょっ、怖っ!


 あそこに幽霊が、とか言わないでよね!!?


「…………」


 びくびくしながら振り返ったのに、後ろには何も無かった。


 おいこら、脅かすにもほどがある!


 流石に抗議の一つも言ってやろうと振り返ろうとしたら、肩を押さえられてそのまま押し出される。私は押されるまま数歩進んで、何すんだ、と今度こそ振り返った。


「------?」


 アシュールは何か言いながらまた何処かを指差した。つられて視線をやると、すぐそこに洗面所が。


「…………」


 あー。


 …………。


 使いませんけど。


 って言ったら、不自然過ぎるでしょうか。

 これって所謂墓穴を掘った感じですか?


 いやいやそんなことはない。

 まだ誤魔化せる! 何故なら今は……、


「ああ、うん、洗面所ね? 私も朝ごはん食べてから使うから、いいのいいの!」


 そう言って手を振り、アシュールを問答無用で居間まで引っ張っていった。





 家族全員プラスいちで朝ごはんを囲っている間、私は悶々と考えていた。

 一応さっきは何とか危機的状況を回避できたけど、あれはあくまでその場しのぎに過ぎない。突っ立っているだけで汗がキレイに洗浄されるわけでもなし、アシュールは絶対またシャワーを浴びたがると思うんだ。遠慮はどうした、と思わなくもないけど、こればっかりはクサい方が迷惑だと思ったのかもね。

 さてそこで問題。さっきは洗面所使いたいとか言ったけど、ずっと洗面所を占拠しているわけにもいかない。何とかしてアシュールにお風呂を使わせずに汗を流させる方法はないものか。


「…………」


 こっそり噛まずに白いご飯を飲み込むアシュールを視界の端で眺めながら、私の足りない頭にふと閃くものがあった。






六花はまたきっとロクでもないことを考え付いたに違いありません。



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