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十九夏 ラウンド余波



 アシュールの肩口にしっかり噛み付く私。おまけで背中に爪も立ててあげたよ。特別大サービスなんだからねっ!

 ……。

 ……ふざけてますね、ごめんなさい。

 でもだって本気で呼吸困難ですから!

 一番手っ取り早くアシュールが起きそうなのは、痛みを与えることだと思ったんだもん。

 さっきみたいに抓ってみることも考えたけど、頬っぺた抓ってるのにそのまま寝ちゃった人が、もう一回抓っただけで起きるか?という疑問が。声を出そうにも肺は圧迫されてるし、深夜だから大声も出せない。残りは噛み付くくらいしか思い浮かばなかったんだ。

 ……この単純思考、単細胞と罵られても仕方がない気がする。でも後悔はしていない。

 ちょっと痛いくらいが何だ! こっちは圧死しかけてるんだぞ! 正当防衛だ! アシュールめ! 起きやがれ!


 力の限りとはいかないまでも、遠慮のえの字も無いほどしっかり噛み付いたので、アシュールは「ぐっ」と短い呻き声を漏らして一瞬押し黙ってから、のそりと起き上がった。ほらね、作戦成功。終わりよければ全てよし。ああ、私の肺さん、御飯ですよ。じゃなかった、空気ですよっ。

 汗だくのアシュールに密着されたうえに、二人分の体温で汗を掻いたから私のTシャツまで濡れている気がする。これは着替えてから眠らないと気持ち悪いかもなあ、なんて暢気に思いながら、ふとアシュールの方を見た。


 ……。


「あ。ヤバ」


 ポロっと呟く。

 私の目はアシュールの肩口に釘付けになっていた。


 そこには、……しっかりくっきりはっきり、私の……歯型が。


 アシュールは首周りの大きく開いたTシャツを着ていたから、私が噛み付いたのは布を挟むことなく直接の肌だった。その所為か(いや強く噛み過ぎた所為だと思うけど)、アシュールの肩には私の歯の型通り綺麗に内出血が出来上がっていた。


 これはヤバイ。


 舌の根も乾いていませんが、たった今、ちょっとだけ後悔しています、単細胞な私。

 今はまだ、お酒を鱈腹たらふく飲んだ所為もあってか眠気に負けてぼんやりしているアシュールだけど、朝、顔を洗うときに鏡を見て自分の肩の惨状に気づいたら……。うん。驚くなんてもんじゃないね。そして薄っすらとでも私の記憶が残っていた場合、


 …………。



 あ。背筋に悪寒が。



 こ、このままではマズい!

 私は血の気が引く思いでアシュールの肩を凝視した。ここは冷静になって考えよう。

 そうだコンシーラーで隠すとかどうかしら? 乙女の強い味方、コンシーラー! ……いや駄目だ、化粧道具は私の部屋だし、そもそも今は夏で汗をかけば簡単に落ちてしまう。

 じゃあアレ、絆創膏とかどうよ? あれなら居間にある棚の引き出しに入っているし、傷も隠れて……ってこれも駄目だ。 だって絆創膏とか目立ちすぎる。普通に剥がされて、おいこれ何だよ誰だ俺を襲ったの、的展開が目に浮かぶ!

 もういっそ放置の方がよくない? 私は何もしてません。みたいな。

 ……。はい、駄目ですよねー。

 っていうかそもそも、こんな襟ぐりの開いたTシャツがいけない。そうだよ、こんなんじゃ、アシュールが気づく前にまず家族が気づいてしまうじゃないか!

 焦った私は急いで立ち上がると、客間の隅に置いてあったカゴを漁った。アシュールの着替えが入れられているカゴだ。そこから適当に似たような、でも襟ぐりの開いていないTシャツを引っ張り出す。


「ほらアシュールっ、手ぇ上げてっ!」

「…………」


 布団に座り込んだままゆらゆらしているアシュールの元へ取って返すと、遠慮なく着ているTシャツを引っぺがした。Tシャツの一部が顎に引っかかって「ぐぇ」ってなってたけど知らん! それはさっき私がやった、いや、なったやつだ! 二番煎じは面白くないぞ!

 そもそもちょっと噛み付いただけで内出血するような貧弱な肌を持つアシュールが悪い! この、豆腐ヤロウ! ……自分で言ってて意味わかんないな。

 ああもうごめん私が悪いです頭が単細胞でした認めます認めますから早く着替えてっ。


「……--?」


 一人テンパる私に、薄っすらと目を開けたアシュールが何か言った。眠そうな目と視線が合って、妙な間があった後にぐいっと腕を引かれた。


「……---? -----……」


 ほぼ抱きつくような形になってしまい目を見開いて固まる私を見て、アシュールがまたぼんやりと何かを呟いた。ぼそぼそ言ってて聞き取れない。いやぼそぼそ言ってなくても聞き取れないけど。

 とりあえず、起きたの? 起きたなら自分で着替えを……。そう思いかけて、ふと思考が止まる。なんかちょっと、……何だろう? 嫌な予感。何でしょうかこの脳内に響くサイレンは。


 ……。


 …………?


 …―!!!


 私はそこで雷に打たれたように肩をビクつかせた。目の前で光がスパークしたように現実を理解する。


 ……マズい。これは歯型がバレるのと同じくらい、マズい。いやそれ以上にマズい……!!

 今この状況でアシュールが完全に目を覚ましたら……。確実に、間違いなく、(私にとっての)大惨事が待っている!!!

 だって冷静に考えてみて?


 深夜、意味もなく(本当はあるけど)アシュールの部屋にいる私。

 寝惚けるアシュール。

 そんなアシュールの服を脱がせる私。

 (アシュールだけ)上半身裸の状態で(不本意ながら)抱きつく私。

 アシュールの肩には意味深な私の歯型。


 ……。


 …………。


 ………………。



 ぅぉおおいぃっ!!



 マズいなんてもんじゃないと今気づいた! ついでに若干寝起きでテンションの低かった私も目が覚めた!! そして現実を見た! ヤベェエエエエエッッ!!!

 ほんの数分前の自分を罵ってやりたい!


 よっ、この、単細胞っ!!


 って罵ってないし! “よっ”って何よっ!?

 うわぁ、ツッコミが親父ギャグっぽくなってしまった自分に幻滅した! ……“幻滅”だと? それは前にも使った表現じゃないか自分の語彙力の無さにやっぱg(略!


 半ば脳内パニック状態で私は硬直していた。下手に動いてアシュールが正気に戻ったらアウト! 私の人生終わったね!イェア!状態になるっ!

 この際、記憶がぶっ飛ぶようにもう一度日本酒ガブ飲みさせるかっ!? いやそれは流石に犯罪だよねうんわかるわかってるわかってるんだけど他にどうしたらっ!?


 前にも後ろにも進めない状態で凝固していたけど、しばらくしてアシュールの異変に気がついた。

 よく見ればアシュールのとろんとしていた瞼はいつの間にか完全に降り、規則的な呼吸音まで聞こえる。体勢は座り込んだままだけど、どうやら再び夢の国へ旅立ったらしい。


 ……。


 これは、……助かったということで、ファイナルアンサー!!?


 おっしゃあああ!とガッツポーズをしそうになるのを必死で堪え、私は息を殺してアシュールに掴まれていた腕を外した。

 とりあえず落ち着こう、うん。自分に言い聞かせながら、一度取った距離をもう一度つめる。

 いやいや、もう一回抱きつこうとか、そんなことこれっぽっちも考えてませんよ? さっさと逃走したいのは山々です、はい。だけど、上半身裸でアシュールを放置したら、私ただの痴女じゃない!? 歯型つけて脱がせて逃げるとか、変質者でしょ!!? その称号は流石に私でもいただけない!

 なので私は涙を飲んで遂行します、最後まで!


 脱がせたTシャツで、そっとアシュールの浮いた汗を拭いていく。私って優しい!とか、余計なことは考えず、ひたすらアシュールを起こさないように息を潜めながら、額、首、胸へと順番に。

 最後に背中へ回った。橙色の弱い明かりの中に浮かび上がるアシュールの背中……。


 ……。


 あー。


 私は何も見ていません。


 ……って言ったら駄目ですか?







起きてそのまま押し倒せー! とか思ったあなた、ごめんなさい。

じりじりしてください。笑

アシュールの背中には何があったんでしょーか。



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