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十六花 肴は月と盆栽で 一



 夕ご飯もすんでお風呂上りの一杯(ただの水)を楽しんだ後、涼もうかなあ、どうしようかなあ、と考えながら歩いていたら、縁側に甚平を着た丸い背中を見つけた。


「あれ、お父さん」


 声を掛けると、振り返ったお父さんから「おお」と一見そっけなくも聞こえる返事が返った。でも顔を見ると案外柔らかい表情をしていて、どこか機嫌の良さを感じる。何かいいことでもあったのかな?

 ちらりとお父さんの横に視線をやると、日本酒とお猪口が置かれているのに気づいた。

 なるほど。

 月明かりにほんのり浮かび上がる盆栽を肴にお酒を飲んでたわけか。ここで、見るのが月自体じゃなく盆栽なのが父らしい。風流なんだかどうなんだか。

 縁側、酒に月に虫の声。

 風流を気取るにはもってこいだと思うけど、肝心な酒の肴が盆栽じゃねぇ?あはは。

 でもそんなお父さんが私は結構好きだ。


「あ。ね、お父さん、ちょっと待ってて」


 私は一声掛けると一度中へと引っ込んだ。台所へ行って目的のものを手に、再び縁側へと取って返す。お父さんは静かに目を細めながら、まだ自慢の盆栽を眺めていた。


「お待たせ! せっかくだからこっち飲もうよ」


 言って、帰省する際に買って来たお土産の日本酒を掲げて見せた。

 せっかく買ってきたのに、大事にとっておくんだもん。飲まなきゃ意味ないっていうのにね。

 私はちゃっかり自分の分のお猪口も片手に隣に座った。二十歳になったばかりで日本酒か、って? うん、まあ、そこは、あれよ。察してよ。あははは。


「なんだ六花、お前も付き合うか?」


 私がお猪口片手に隣に座ったのを見て心持ち嬉しそうなお父さんに、内心笑ってしまう。やっぱり父親って自分の子供とお酒を飲めるようになるの、嬉しいものなのかな。お酒を飲みながら、酔いに任せて今まで出来なかったような話をして、子供の成長を感じたりするのかな。

 子供にとったら、どこか遠かったお父さんが、少しだけ近くなったように感じる。お酒の力ってすごいよね。

 ご機嫌取りのつもりも大いにあったけど、これはお酒をお土産にして正解だったな。なんて、何となく胸に押し寄せた感慨のようなものを軽い調子で誤魔化した。


「そりゃあ私も成人しましたからね! 孝太より一足先に付き合うよ。孝太が成人したら孝太に任せる」


 笑って言うと、お父さんはそうかそうかと満足そうに頷いた。

 お酌をし合ってカチリと乾杯をしたあと、一杯目は目配せし合って一気に煽る。透き通る水のような液体は喉に抜けていった直後、カッと熱を生んだ。鼻に抜けるきついアルコールの匂いにそれだけで体温が上がった気がする。うまっ。

 お猪口を空にして直ぐお父さんと目が合って、二人してちょっと笑ってしまった。はは、何だか本当に大人になった気分だ。いくら成人したって言ったって、まだ二十歳になったばかりで何かが劇的に変化したわけでもないのにね。

 でも、あの頑固で自分の意思は絶対曲げないって感じだったお父さんとゆったりお酒を飲んでるなんて、なんだか不思議な気分だ。


「あ、そうだお父さん。お父さんはさ、どうしてアシュールを受け入れることにしたの?」


 お父さんの言うことには家族みんながただ唯々諾々と従ってきたから、今までお父さんの決定に疑問なんて挟まなかったけど、今日はお酒の力も借りて聞いてみる。お酒の力だけじゃなくて、何だかアシュールが来てからお父さんは少し角が取れたみたいで、今なら聞けるんじゃないかと思ったのもあった。

 お父さんは盆栽を眺めたまま、そうだなあ、と何かを思い出すように話し始める。


「一番は、目の前で“落ちてきた”のを見た所為だろうが……。あとは、彼が直ぐに剣を手放したからだろうな」

「剣!?」


 驚いた。アシュール、剣なんて持ってたの!?

 私の小さな叫びにお父さんは軽く頷く。お猪口を持った手が遊んでいたから、新しくお酒を注いであげた。もちろん私はちゃっかりさんなのでついでに自分の分も足しておく。


「ほら、あそこの、丁度盆栽棚が壊れているところがあるだろう?」


 示されて視線をやれば、月と室内から洩れる明かりで薄っすらと見えた。確かに、お父さん自慢の盆栽棚が傾いている。


「あそこに落ちて来たんだ。あれはすごかったぞ? いきなり空から人が降って来て、父さんも母さんも孝太もびっくりして固まって動けなかったよ」

「……うん、だろうねぇ」


 そりゃあ何も無いところから人が降ってきたら、普通リアクションなんて取れないと思う。でも三人とも固まっている様子を想像したらちょっと笑えた。


「落ちてきたアシュール君は妙にキラキラした服を着ていて……」

「キラキラした服? そう言えば、アシュールの着ていた服って何処に仕舞ってあるの?」


 思わず遮って聞いてしまう。

 言われてみればそうだよね。裸で落ちてきたとは言ってなかったし、もとの世界の衣装を着ていたんだろうに、その服は一体どこへ? 私は見たことないぞ。それを言えば剣とやらもそうだ。アシュールが使ってる客間にでも置いてあるのかな?

 でもそんなものがあるなら、それを先に見せてくれれば私だってあるいはアシュールが異世界人だということをもっと信じられたかもしれないのに。


「ああ、あれは孝太が持ってる」

「は?」

「孝太がすごいすごいと騒いで、帰るまででいいから部屋に飾らせてくれと五月蝿くて。剣も一緒にな」

「……あの莫迦」


 私は弟の小生意気な笑顔を思い浮かべてこめかみがひくつくのを感じた。


 本気で一度しつけ直さないといけないな、孝太め。


 だって普通に考えて、今のアシュールにとって一番大事なものでしょ、服と剣なんて。

 アシュールが身一つでこちらの世界に来たなら、服や剣は唯一、元の世界を実際に感じられるアシュールの存在証明のようなものだ。自分と元の世界とを繋ぐ記憶の具現。

 それなのに、そんな大事なものをアシュールから引き離してしまうとは。いくらまだ義務教育中の孝太でもそこはちゃんと考えて行動しろ、と言いたい。……まあ、剣とかっていうのは男の子からすればちょっと憧れるようなものなのかもしれないけどさ。だからって許されることでもないでしょう。

 アシュールには服も剣も早めに返してあげなくちゃいけないな。

 剣という武器を渡すことには多少の抵抗もある。だけど、……アシュールなら剣がなくてもその気になれば私たち家族なんて簡単に傷つけることができるような気がする。なんか鍛えられてそうだし。腹筋の硬さは半端ないし。あれ本当に筋肉? 実は鉄板でも入ってんじゃない? ……それは言いすぎか。

 とにかく、剣を返すか返さないかだけで危険度がそれほど増減するとは思えないんだよね。どっちにしろアシュール次第では危ないというか。

 だったら今の義理堅く律儀に見えるアシュールを信じて、大切なものは返してあげてもいいんじゃないかな、と私は思う。……ちょっと考えが甘いかな? でも、お父さんも信用してるみたいだし……。

 私が孝太の行動に顔を顰めつつ、剣についてうんうんと考えていると、お父さんも私が考えていることを察したのか苦笑して言った。


「父さんも初めは剣など危険だと思った。だから孝太の行動を止めるのに躊躇ってしまったんだ。孝太の我儘を口実にアシュール君から剣を遠ざけられると咄嗟に考えて、言葉に詰まったんだな。ずるい考えだが。

 でも直ぐに思い直して孝太を止めたんだぞ? 服もそうだが、剣だって彼にとっては大切なものだろうからな。何があるかわからない世界で、身を守るものを手放すのは勇気がいるし、心許無いものだ。

 だが孝太を止めようとしたら、アシュール君がかまわないと首を振ってなあ。今思えば、アシュール君は父さんが孝太を止めるまでに逡巡した、その意味に気づいてそうしたのかもな」


 そう語るお父さんの表情からは小さな後悔と、そしてアシュールのことをとても高く評価しているということが感じられた。


「ああ、話を戻せば、父さんが彼を本当の意味できちんと面倒見ようと決めたのはそのときかな」


 お猪口にちびりちびりと口をつけながら聞いていた私は、首を傾げる。アシュールが衣装を孝太に預けたことと、お父さんがアシュールを面倒見ようと思ったことが、どう繋がるんだろう?






父のターン。

親孝行もしておきたいよね。という話。(そうでもない

アシュール不在で申し訳ないです。次話は後半ちょろっと出ます。

本格復活は十八話。



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