十五夏 第三 小ラウンド、駅!
結局、ルブレクスではポロシャツなど、上三着、下二着を購入した。
アシュールが全開の笑顔を見せた(周辺で数人バタバタと倒れる音が聞こえたのは空耳だと信じてる)その後また不機嫌な振りを始めたから、人が押し寄せるなんてこともなく、ルブレクスでは概ねスムーズに買い物が出来た。
ただ、店員さんがアシュールのプレッシャーに耐え切れず笑顔が引き攣りまくっていたのが可哀相だったけど。実は怒ってないということを知ってる私はもう慣れた。虫除けになるので止めろとも言わない。店員さんごめんよ。
『カレシにプレゼントですか?』とか笑顔を引き攣らせながらもお愛想で聞いてきた店員さんに、何を言いやがる、とか思いながら『いいえまったくちがいます』と笑顔でハキハキかつ棒読みで答えたら、店員さんはさらに顔を引き攣らせて退散していったんだけど、何でだ?
「アシュール、次行くよ」
まだ買いたいものがある。
「-----……。-----?」
また何か言ってる。だがわからん。聞く気もない。
だって、たぶんまた遠慮の類だと思うんだよね。
「わかったわかった、花火大会と貢物よろしくね!」
一応そんな念を押してみたら、案の定アシュールは苦笑して諦めの溜息を零した。予想が当たっていたっぽい。遠慮のしすぎは鬱陶しいだけだぞ、アシュール君。
それから私たちは同じフロアの紳士服売り場を回って、少し安めのTシャツを数枚買った。部屋着も必要だからね。あと下着もこっそり買っておいた。こればっかりは目の前で買うのも買われるのも抵抗があるだろうから、こっそり、こっそりね。サイズはまあ、元カレのを参考に大体で。後でお父さんが買ってきたってことにしてもらおう。
正直、結構な量を買ったと思う。お金も使ったし。でも、私的には満足だ。
私がバイトをしてお金を貯める理由は、何も私自身が欲しいものが沢山ある所為じゃない。むしろあんまり物欲はない方だから一人暮らしのアパートだって殺風景なものだ。
じゃあ何のために貯めるのかといえば、八割方、交際費だ。去年は当時のカレシのためだったし、今は友達と遊ぶため(そこ、カレシいたのか、とか突っ込まない。いたのよ。いたんですよ。別れたけど!)。
外で遊ぶのに、全然お金を使わないで遊ぶのも結構好きだけど、何処かに行ったり食事をしたり、お土産を買ったり、そういうところでお金のことを心配をしたくないんだ。
思いっきり楽しんでいたのに、お金が気掛かりで躊躇したり買えなくて気持ちが沈むなんて勿体無いじゃない?
遊ぶときは思いっきり遊ぶ。削れるところは出来るだけ削る。それが私の信条なのだ。
で、それがアシュールに一方的に服を買い与えることに何の関係があるのか、と。うん、尤もな疑問だね。正直、私も私の考える純粋な交際費とはちょっと違うと思う。傍から見たら……綺麗なヒモ男に貢ぐ冴えない女に見えるかも。大変遺憾であるが。
だけど、考えてもみてよ。今のところアシュールはあのお父さんが受け入れて、かつお母さんも弟も気に入っているウチの居候だ。そして、私の見立てでは、アシュールという人物は義理堅く、律儀で謙虚さもある。世話になっているからと率先して家事までやっているようなシンデレラ人間だ。
たとえそれが見た目にミスマッチでも。たとえハイスペックなアシュールにとって、家事なんてものが大したことじゃなかったとしても。面倒で慣れないことを自分からやっていることは事実だ。
もしもそれが全部私たちを油断させるための演技だったら全く笑えないけど、でも現段階では騙そうとしている気配は無い。
ということは、アシュールが裏切りの様子を見せない限り、この人は家族のようなものだと。私はそう考えることにしたんだ。……いけ好かないけど。もう一度言おう。いけ好かないけど! ……嘘じゃないよ!
そんなわけで、いつ何時帰ってしまうとも限らなくても家族同然なアシュールが、あんなサイズの合わない窮屈そうな服を毎日着ているのは見ていられなかったのだ。
私は小生意気な弟にもしっかりお土産を買ってくるような優しい姉なの。シンデレラの意地悪な義姉じゃなく。そんな私が家族同然の人間にお金を出し惜しみなんてしてどうするんだ、という話。たとえまだアシュールのことを若干色々と疑いの目で見ているとしてもね。
自分の欲しいモノのために貯めたお金なら、きっと使ってしまうことを惜しいと思ったかもしれないけれど、元々は自分が楽しく気持ちよく過ごすために貯めたお金だから、家族のために使うのは全然勿体無いとは思わない。
万が一アシュールが明日帰ってしまったらすごい無駄になっちゃう気もするけど、そこはそれ。アシュールがいなくなって不要になったら、幼馴染にでもあげればいい。そして幼馴染からはしっかり見返りを頂戴すればいいのだ。あっはっは。
◇◇◇◇◇
「アシュール、アイス食べながら帰ろ!」
実家の最寄り駅に降り立った私は、そうアシュールに声を掛けて手を引っ張った。ちなみにアシュールは行きと同様、逸れるのが嫌だったのかまたしても手を握ってきたので、仕方なくそのまま帰ってきた。荷物は全部アシュールが持ってる。押し付けたとも言うけど。押し付けなくても率先して持っただろうから問題ない。と、勝手に解釈している。
駅の中の売店で鼻歌混じりにアイスを物色する。もともと午後はアイスを齧りながらまったりする予定だったんだから、帰りに食べても罰は当たるまい。
「アシュールはどれにする? これとか美味しいけど」
「……-----」
片手で食べられるパックに入ったアイスを示してみたけど、アシュールは首を横に振った。……また遠慮か?
「遠慮しなくていいってば。アイスくらい。ああ、それとも甘い物嫌い?」
大分呆れながら言ったけど、アシュールは笑って首を振った。じゃあ何だ?
首を傾げていると、アシュールは両手をくいっと小さく持ち上げて見せた。服が入った荷物と、繋がれたままの私の左手が同時に上がる。
つまり、両手が塞がってるからいらないって?
「そんなの手を離せばいいだけでしょ」
「…………」
変な言い訳をしてるなあ、と思いながら繋がれた左手を離す。いや、離そうとしたんだけど……、何故か手は外れない。
ぶんぶん振っても外れない。ぶんぶんぶんぶん振っても外れない。ぶんぶんぶんぶんぶn(略。
……ちょっと?
何のマネでしょうか、アシュールさん。
「手ぇ離してって」
ムッとしながら言う。相当不満げに言ったのに、アシュールは微笑して小さく首を傾げた。
……なに今さら「ニホンゴワカリマセン」みたいな顔してるんだ、コイツは。
大体、電車の中でも無駄にずっと繋いでて暑いんじゃボケェエエ! とばかりに私は激しくハンドをシェイクする。シェイクハンズじゃないよ、あくまでハンドをシェイクだよ、ハードにね!
しかし、頑固な汚れのごとくアシュールの手は離れなかった。瞬間接着剤でも隠し持ってたのか?
力の限り全力で振ってもアシュールは手を離してくれず、終いには、
「――ッ!」
思いっきり繋いだ手が引かれ、私はアシュールの胸元辺りに鼻を強打した。後頭部の次は顔面かよ! これ以上不細工ちゃんになったらどうしてくれる! この黄金率ヤロウ! ……。 悪態が褒め言葉に聞こえる自分に幻滅した!
あまりの痛さに涙目のままアシュールを睨み上げたら、アシュールはにこにこ笑いながら……いや、ニヤニヤ笑いながら人のことを見下ろしてきなすった。
喧嘩売ってるんだねそうなんだね理解した!
――ドスッ
キレた私は無言で目一杯の力を込めてアシュールのお腹を叩いた。もちろん拳で。しかし何故かダメージを受けたのは私だった。地味に痛い。腹筋硬すぎる……。この筋肉鎧め……。
学習したはずが結局売店でひと悶着起こした後、なんとか冷静を取り戻し棒付きアイスを一本買って、やっと私たちは帰路についた。
途中、いらないと言ったくせにアイスを欲しがるので仕方なく分けてあげた私は、本気でマリア様ばりに慈悲深い素敵な乙女だと思った。
何がラウンドだ! イチャついているようにしか見えん! けしからんっ!