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十三夏 誘蛾灯の裏技



 あんまりのんびりしているわけにもいかなくて、私たちはそれから直ぐ目的地に向かうことにした。


 ――決して。

 決して、甘い雰囲気に飲まれそうになって慌てたとかではないぞ。


 アシュールは起き上がる私をなおも押し戻そうとしたけれど、丁重に時間が無いことをお伝えしたら、わかってくれた。


 ――決して。

 決して、私の真っ赤な顔の理由に気づいて折れてくれたわけではないと思うぞ。……と、信じたい。




 倒れる前の惨状を学習した私たちは、ゆっくり並んで歩いて目的地を目指していた。

 私ってばやれば出来る子。ちゃんとアシュールに対抗心など燃やさず、静かにしていることだって出来るのだ。


「……」

「……」


 だけど、冷や汗が止まらないのは何故でしょう?


 答えは明白。

 横で歩くアシュールが今まで感じたことが無いくらい不機嫌な雰囲気を醸し出していて、その覇気が半端じゃなく私に重圧を与えているんだ。何コレ、本気で潰れそう。

 心なしか、半径20メートル圏内の道行く人たちも踏み出す足が重そうだ。いや、よく見るとむしろ私より離れた人たちの方が、何だか辛そう。顔色が悪い人までいるのは、まさかアシュールの不機嫌オーラの所為なんだろうか。そこまで影響を及ぼせるオーラって一体。

 とにかくアシュールが怒っているのはわかるんだけど、何がそこまでヤツの逆鱗に触れたのかはさっぱりわからない。木陰から出てから特におかしなことはしていないし、不快にさせるようなこともしていない。……と、思う。ただ歩いていただけだし。

 私の横で黙り込んでいるアシュールをそろりと見上げると、昨日私によって川に突き落とされたたときよりも遥かに恐ろしい眼力がんりきで前を見据えていた。


 え。ホントこれ、何の拷問? アシュール、目が据わってるんだけど。


 横から放たれるそのあまりのプレッシャーに耐え切れなくなった私は、決死の覚悟でアシュールの袖を引っ張った。どうにかしないとマジで死ぬ。

 私は“逆らう気はないので殺さないでくれ”と内心白旗を揚げながら、顔を覗き込んだ。


「……アシュール、何か怒ってるの?」


 恐る恐る話し掛けたら、ギロリと銀河の瞳に睨まれ、一瞬怯む。ちょー怖い。

 だけど、その濃紺の瞳を見ていたら、その奥には何か不自然さがあるような気がして私は思わず首を傾げた。


 あれ? 怒ってなくない……?


 その鋭さとは裏腹に、濃紺の瞳に散る銀の虹彩は穏やかに瞬いていた。器用だな。……いやいや、そうじゃなくて。

 放つ覇気は半端なく重いけど、瞳に怒気がないんだ。おかしなことに。

 つまり、これって怒ってないのに、怒ってる振りをしているっていうこと?

 何それ、何か意味あるの?

 わけがわからずポカンと濃紺の瞳を見つめていたら、何故かそんな私を見たアシュールも驚いたように少しだけ目を見開いた。……わけわからん。

 混乱しつつ眉を寄せて首を傾げる私を見て、アシュールはその瞳に今度はどこか面白がるような色を乗せた。……だから、わけわからんって。説明しろよ。

 私がちょっとイラッとした(短気すぎるとか言わないで)のに気づいたのかそうでもないのか。わからないけどアシュールは一度そのだだ漏らしていた覇気を引っ込め、妙に優しい顔で笑った。その瞬間、ふわっと光が散ったように見えた私は、眼科に行くべきでしょうか。

 アシュールがあんまり綺麗に笑うから、思わず動揺して視線を逸らしてしまった。えっと……。こんな乙女な反応、誰も期待していませんよね? 誰より私が期待していませんよ。

 これはアレだ、決してアシュールにときめいたとかいうわけではなく、完璧なまでに美しいものを見て自分の欠落具合に恥じ入る、的な。……苦しいか。

 とにかく怒ってないならいいよね。うん。だから、今日はもうアシュールの顔は見ないことにする。何で怒った振りをしているのかはもう聞かない。硝子のハートがもちません。

 私が決意を固めていると、とんとんと指先で肩を叩かれた。思わずアシュールを見上げてしまい、内心がっくりと肩を落とす。さっきの私の決意は何処へ……。

 アシュールは、つられた悔しさに唇を噛む私を不思議そうに見ていたけれど、気を取り直すようにすいっと周りを指し示してみせた。

 何だろう? とつられて視線を投げると、なんと、いつのまにか人がわらわらと増え始めているじゃないか。そういえば、さっきまでは街に出たときが嘘のように私たちの周りには人が疎らだった。これって、どういうこと? 唖然として周りを見渡していると、またしても急に私の身体がずっしりと重くなった。アシュールめ。

 またか、と思うよりも早く、周囲の光景を見て目を瞠る。さっきまで集まりつつあった人山が、瞬く間に散っていくのを目の当たりにしたからだ。


 すごいな、これがまさに蜘蛛の子を散らすように、と言うやつ?


 しかも、また身体への重圧――アシュールが怒気を引っ込めると、暫くして徐々に人が寄ってくるではないか。


 これって……。


 嘘みたいな光景に驚きを隠せず呆然とアシュールを見上げたら、くすりと笑われてしまった。

 要するに、アシュールが怒気というか、覇気のようなものを発散するとその威圧感に負けて人が近寄らなくなるんだ。まさに、虫除けスプレー状態。例えは悪いけど、そういうことだよね?

 さっきまで誘蛾灯だと思っていた人が逆の効果を発揮するなんて。


 ホント、ハイスペックですね。


 人ってそんなこと出来るんだ……? なんて、未だに思考停止状態の私の手に、するりと巻きつくものがあった。それは少しひんやりとしていて、ちょっと硬い。

 アシュールが私の手を掴み、引っ張るようにして歩き始めた。

 再び覇気を発散しながらだったけれど、私の手を握るアシュールの肉刺まめのある手は優しくて、やっぱり怒気はフェイクなのだと実感する。

 倒れる前に私が周囲に集まる人だかりを嫌って離れて歩いたから、こんなことをし始めたんだろうか?

 理由はわからないけど、視線の矢が降り注がなくなって随分歩き易くなったのは確かだった。

 私の手を引き、重たい覇気を放つのとは別にアシュールの背中はどこか上機嫌な気がする。手を引かれ、楽しげな背中を見ながら、私は思った。



 目的地の場所、分かってるんでしょうか――?







二人が遭遇してまだ二日目です。

たった一日が大忙しのやつらです。



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