十一夏 迷子の迷子のマリア様
アシュールの姿が見えなくなって、私は大いに慌てた。
私としたことが、本当にムキになりすぎた。アシュールの挑発するような態度につい乗せられてしまったような気がする。普段の私はここまで大人げないことなんてしないのに、アシュール相手だとどうにも対抗心がムクムクと湧いて来てしまうのだ。どうしてだろう?
でも考えてみるとこれもそれもアシュールの所為な気がする。私の行動も大人気ないけど、アシュールだってよっぽどだよね。
そもそも人のささやかな悪戯にわさびで仕返しをしてきたのが悪い。あれは本当に死ぬかと思った。体中からいろんな汁が出たし。
その後だって、川に投げるわ、お説教中に置き去りにするわ……。大概だよねえ?
わざと私の神経を逆撫でして楽しんでいるんじゃないかと思うくらい、あの人だって対抗してきている。今思い出してもちょっとムカつくくらいだ。
――でも。
今回のは、本当に私が悪い。それはわかってる。
「――アシュールッ!!」
私は必死にアシュールを呼びながら、街中を探し回った。人の視線が気になったけど、そんなことも言っていられない。
アシュールは今きっと、一人で困り果ててる。不安にだって思ってるかもしれない。
だから早く探してあげないと。
実は今でも私は、アシュールが本当に異世界から来たかどうかについては半信半疑だ。常識的に考えれば有り得ないと思う。
だけど、たとえ異世界から来たんじゃなかったとしても、アシュールが日本に不慣れなことは確かだ。
時折口にする母国語らしい言葉は、英語でもドイツ語でもフランス語でもない。おおよそ、私が今まで耳にした言語の発音とは違って聞こえるんだ。それを考えると、少なくとも私の知らないところから来たのは間違いないと思うんだ。
どんなに馴染んでいるように見えても、新しいことに触れたときのアシュールの反応には戸惑いがある。梅干なんかは特に独特のものだろうけど、自転車を見せたときを思い返すと苦笑するしかない。
乗って見せれば目を丸くして、そう簡単に乗れないとわかると少しムッとしていたっけ。
「アシュール、何処!!?」
実はアシュールは白い食べ物があまり得意じゃないということも、私は知っている。御飯やお豆腐を食べるときはあまり噛まずに飲み込むんだ。笑っちゃうよね。苦手なら正直に言えばいいのに、絶対そんなことを顔に出さない。少なくとも私以外は、気づいてないと思う。
私は和食が好きだけど、アシュールにとってそれは故郷の味じゃないはずで。もしかしたら、食べる度に自分の国を恋しく思っているかもしれない。
そういう部分をあまり外には出さない人だけど、誰だって、何年も暮らしていた場所を意図せず離れるのは恐ろしいし、全く文化の違うところでは心細い思いにも駆られると思うんだ。
そんな不慣れな人を、街中で一人にしちゃうなんて。
「アシュール、何処にいるのよ!!」
炎天下の中を走り回って汗が噴出す。額に張り付く髪を掃って、私はまた走り出した。
私だって、初めて実家を離れて大学に行くことになったときは、すごく不安だった。街に出れば、見たことのない景色に方向感覚もわけがわからなくなって、何度お巡りさんに道を尋ねたか。もちろん道行く人にもだけど。
でもアシュールは日本語が喋れない。道を聞きたくても、言葉を話せないんじゃどうしようもない。そもそもアシュールには目的地を言っていなかったから、日本語を喋れても尋ねようも無いし、私のことだって説明できないだろう。
だから、この場所でのアシュールの頼りは私しかいなかったのに――。
ああもうホント私ってば、ムキになるのにも限度があるでしょ!
自分に罵声を浴びせつつ、目立つ白金の頭を探す。ついでに、人だかりもあったりしないか目を皿にして探した。
それでも一向にアシュールは見つからなくて、私は一度立ち止まり、ぐるりと辺りを見渡して来た道の方も確認する。アシュールのきらきらしい姿は何処にもなかった。
ああもう! 迷子の鉄則は無闇に歩き回らないことなのに!
どう考えても、アシュールが動き回らなければこんなに見つからないなんてことはない。一体何処に行っちゃったんだ、アシュールめ!
これ以上何処をどう探したらいいかわからず、途方に暮れながら上がった息を整えていると、突然後ろからポンッと肩を叩かれた。
「――!」
慌てて振り返ると、そこには死ぬほど探していたアシュールの姿があった。
「アシュール! 何処行ってたの!? よかった……!」
思わず両腕をがっしりと掴むと、アシュールは驚いたように目を丸くした。いや、驚いたのはこっちだし。いきなり後ろから現れるなんて。
「もう、どうして逸れちゃったの!? そんな複雑な道を歩いてなかったでしょ!?」
勢い込む私にアシュールは少し身体が引き気味だ。まったく、何よその態度は。散々心配を掛けておいて。って、悪いのは私か。ごめん。
「とにかく、ホントよかった。……ごめんね、アシュールのこと考えずに突っ走っちゃって。慣れない場所なのに、私が一緒に居なくちゃアシュールも困るっていうのにさ。まさか逸れちゃうなんて思わなくて……。今回のは私が全面的に悪いや。本当、ごめん。
今度からこんなこと無いように気をつけるから。一人にしてごめんね?」
重ねて言うと、さらにアシュールは驚いたような顔になった。だから、何をそんなに驚くんだ。まさか、私が素直に謝るのがそんなにおかしいのか。私だって、ちゃんと自分が悪ければ謝るっつうの。マリア様なら寛大な心で許してくれるよね?
アシュールが何だかバツが悪そうな顔をしているのが気になったけど、とにかく見つかってよかったと、私はホッと胸を撫で下ろした。
「はあ、もう、どうなることかと思った。もう暫く探して見つからなかったら交番行くところだったよ。見つかってよかった。
今度こそゆっくり歩いて行こう――」
そう言って笑いながらアシュールを見上げたら、何故かくらりと目の前が歪んだ。
あれ? なんか、これって、ブラックアウト……?
死ぬほど探したとは言ったけど、まさか本当に死ぬとかないですよね……?
六花は反省できる子です。
アシュールは一体何処にいたんだろうか?