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十夏 第二ラウンド、街!



 もう怒った!


 足の長さが何だっていうんだ!


 そんなの長くなくても歩けるし! 走れるし! 全然問題ないし!!



 アシュールの人を小馬鹿にした態度にキレた私は、ヤツに鋭い視線を浴びせてから無言で勢いよく前に振り返った。

 アシュールがそういう態度なら、受けて立ってやろうじゃないか。私の競歩力を舐めるなよ!

 既に私の頭からは、アシュールが引き寄せる人の群れのことなどすっかりさっぱり消え去って、ヤツが“私が悪かったです、どうかゆっくり歩いてください”と頭を下げる姿を見てやろうじゃないかという気持ちでいっぱいだった。


 私の足の長さを莫迦にしたこと、そのお綺麗な額を地に擦り付けて謝るがいい。


 鼻息も荒く、大股で歩き出した私。暫くして止まっていた大勢の足音も動き出したところをみると、アシュールも歩き始めたらしい。相変わらず誘蛾灯のような男だ。そんなヤツが、私の競歩に付いて来れるのかね!



 真夏の日差しが照る中、そのまま必死に歩き続けた(あくまでも歩いてた)んだけれど……。


「――うひゃあ!!」


 後ろの様子を窺おうと振り返ったら、アシュールのヤツが普通に斜め後ろを涼しい顔で歩いていて、私は思わず奇声を上げてしまった。もう、何なの! 近いし!


「ア、ア、ア、――アシュールッ!!!」

「……」


 怒り心頭で怒鳴ったら、ほんの少しの間を置いてから、ポンッと私の肩に大きな手が掛けられた。


 何だこの手は。


 睨む眼力を緩めずにいると、アシュールはそんな私を見て……、ふっと笑った。妙に優しい微笑みだった。それはもう、慈悲深い聖母マリア様も尻尾を巻いて逃げ出すほど慈愛が篭もっているような。


 シンデレラの次はマリア様かよ!


 という突っ込みは、ヤツの笑顔の眩しさにひねり潰された。……ような気がする。

 アシュールの白金の髪は太陽が反射し、何故か後光が差しているようにも見える。銀河の瞳を細め、唇で綺麗な三日月を描いて笑う様は、どんな時代のどんな名のある画家も絵に描くことなんて出来ないほど神々しく――って、何を賞賛の言葉を垂れ流している、私!

 私の好みはあくまでもヤツの描いた濃紺髪のインテリ眼鏡である。こんな、シンデレラやマリア様を彷彿とさせるようなお綺麗な男ではない。騙されるな、私。

 大体、良く見ろ。アシュールの目を見ていれば、その綺麗な顔に隠された本音が見えてくるじゃないか。ほら、集中すれば、ヤツの心の声が聞こえてくる。


 “そう睨むな。足の長さは変えられないからな。生まれ持ったものとはいえ悲しいものだ。――フッ”


 そう、目が言ってるじゃないか。

 目が……、……。 ホント、銀河の瞳は感情を伝えすぎだ! 私の足が何だって!?


 ああもう、本気で怒った!! 今度こそ本気で怒ったからね!!!


 私は思いっきり肩に置かれたヤツの手を払い落とす。足が長いからってそんなに偉いのか!


「もういいから、アシュールは十歩後ろから近づいちゃ駄目!! わかった!?」


 怒る私をアシュールは不思議そうに見下ろしてくる。アシュールの気持ちは伝わってくるのに、私の気持ちは伝わらないらしい。言葉は逆のはずなのに、何でだ。

 もう一度歩き出し、何となく嫌な予感に直ぐに振り返ってみると、何故かそのまま付いて来ているアシュールの姿があった。人の話を聞きなさいよ。


「付いて来ちゃ駄目!」


 叫んでから、言った言葉の意味に気づいて焦る。

 “付いて来ちゃ駄目”って……。我ながら、幼稚なことを言ってしまった。付いて来てもらわないと困るのはこっちだ。


「いや、だから、付いて来なきゃ駄目なんだけど! ――十歩以上近づかないように、付いて来て!」


 怒鳴るように告げて、私はきょとんとしているヤツを置き去りにして足音荒く歩き出した。今度こそ、闘牛並みに突き進む。角は無いのに目の前の人たちが左右に割れていくのはどうしてだろう。このときの私は、自分が般若や阿修羅や仁王の顔を持つ母の娘だということに気づいていなかった。

 だけどこれならヤツもついては来れまい。あ、いや、十歩後ろからは近づけない、ってことだよ?

 そんなことを思いながら意地になっていた私は母の娘であること以外にも気づいていないことがあった。アシュールが背後でクスリと笑ったことも、いつの間にか私の後ろから姿を消していたことも、だ――。




 どれくら歩いた頃か、横に並ぶ気配もないことからアシュールもついに歩く早さは足の長さだけで変わるものじゃないとわかったか、と得意気に振り返った私は、後ろに広がる景色を目にして愕然とした。

 いつの間にか、あれほど居た人の山はすっかり無くなり、アシュールさえも姿を消している。


「――え?」


 驚いて、慌てて立ち止まり辺りを見渡す。何度見ても人垣なんて綺麗さっぱり見当たらない。アシュールの姿があれば当然、人だかりだって出来ているはずなのにどこにもそれが無いということは、もちろんアシュールがいないってことだ。少なくとも、私の目の届く範囲には。

 そのことに気づいて、呆然とする。


 そんな、アシュールが付いて来れないほど複雑な道を歩いていたわけでもないのに、どうして?


 半ば駆け足気味になっていたとは言え、アシュールが付いて来れないはずがない。それとも、少し離れて歩いていたはずの人垣に呑まれたとか?

 ううん、それだったら人の塊が何処かにあるはず。でも、それも見当たらない。

 意地になって歩いた所為で早まった鼓動が、別の理由でドクドクと音を立てる。


 何処に行ったの……?


 お互いにいい年した者同士なのに、はぐれてしまうなんて。そんな莫迦な。

 私は暫く呆気に取られていたけど、そんな場合じゃないと慌てて走り出す。早く見つけ出さないと――。



「アシュール――!? 何処にいるの――!!」







意地っ張りな六花、消えたアシュールにびっくり仰天。

この十話・十一話の舞台裏であるアシュールサイドを、番外あたりで書ければなあ、と思います(希望)。



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