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あの人たち、もしかしてさっき外で見掛けた人?
違和感を感じたスティールは、そっとローレンスのジャケットの裾を引いて呼び止めた。
「あの、また会えますか?」
「真面目に通学しているから、恐らく見掛ける機会もあると思うよ」
軽く答えて、押されるようにして出て行ってしまった。
三人の姿が見えなくなってから、スティールはしかめっ面になった。
その隣で、はっと思い出したようにスティングが袖を引く。
「おい、スティール、誰なんだよディーンって」
「ねぇスティング、さっきの発信機の受信機出して」
答えはなく、厳しい口調で言うスティールに驚きながらも、スティングは自分の携帯端末を取り出した。
パネルに映った光点が、徒歩の人間とは思えないスピードで移動していく。
「なんだこれ?」
首を傾げるスティングに、固い表情のスティールが呟く。
「ねぇ、SSCってすんごいお金持ち、だよね?」
「金持ちっていうレベルじゃねーだろ。さっきのローレンスさんの個人資産だけでも、連邦の年間予算より多いとかいう噂……」
あ!とスティングが驚愕する。
「もしかして、さっきのって」
うん、とスティールが頷く。
「あたし、ここに入る前に建物に隠れるようにしている人陰見かけたの。多分さっきの人たちがリフターにも細工して、事故を起こして誘拐したんだ」
「うわー。学園のセキュリティーもお粗末なもんだな! 敷地内で誘拐されるかよ」
頭を抱え込むスティング。
「どうしよう、追わなくっちゃ」
端末を握り締め、スティールは出入り口に向けて駆け出した。
「おい待てって、俺たちが追いかけたってどうにもなんねーよ!」
その後を追うスティング。
それに立ち塞がるように、建物の外に真っ赤なスーツが現れた。
膝上のタイトスカートにはぎりぎりまでスリットが入り、見事な脚線美を惜しげもなく晒している。豊かな胸は、駆けてきたらしき振動で揺れ、ショートボブのけぶるような見事なプラチナブロンドが風になびいた。
「ローレンスさま!?」
中に向けて呼ばわる声は、艶のある大人の女性のものだった。
危うくぶつかりかけて急制動し、スティールはその女性を見上げた。
ヒールを差し引いても身の丈が百七十センチはあるだろう、豊かな胸とヒップでなければモデル体系のゴージャス美人だった。
「あなたたち、中でローレンスを見かけなかった?」
当然名前を知っているもの、という尋ね方だった。
「あの、あなたは……?」
疑い半分でスティールが尋ねる。先刻の男たちの仲間ではないという保証はない。
「私は、ローレンス様の秘書でアンジェラと申します。怪しいものではありません。入館証明ならこちらに」
ひらりと胸ポケットから当日限り有効の、学園発行の証明書が差し出される。スティールはそこに刷り込まれた学園の印を自分の端末で認識させてから、初めてほっと息をついた。
「実は……」
スティールとスティングが交互に先程の出来事を説明した。そして、訝しく感じたので別れ際にジャケットに位置情報の発信装置を取り付けたことも。
「機転を利かせてくれてありがとう。後は私どもで」
有無を言わせぬ口調でアンジェラは二人に告げた。
「坊や、ちょっとこれ借りるわね?」
男なら誰でも骨抜きにされそうなうっとりするウインクを残し、アンジェラは自分の携帯端末で誰かと会話しながら足早に去って行った。
本当はスティールもついて行きたかったが、到底無理なことは判っていた。
銀の界の時とは違う。自分はこの世界でも何も出来ないただの小娘だと。
それでも……今出来ることは、やれたよね?
直感であれはディーンだと解っていた。
例え今、自分のことを憶えていなくても、感じる。その波動。
まずは無事に戻ってこられますように。
祈りながら、二人は言葉もなく家路に着いた。
2012/11/25 改稿