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きみをさがしてた  作者: 亨珈
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3

 スティールたちの通う学園は、初等部から大学部までの一貫教育である。もっとも、セントラルの大半の学校がそうであり、それぞれの校風を全面的に押し出して卒業までバックアップし、生徒たちを囲い込もうとしている。

 よって人数は結構多いものの、初等部入学の五歳から共に学んでいれば、必然的に全員の名前と顔くらいは一致するのも当然で、その中でも特にスティールが親しくしているのが、幼馴染みのスティング・レスターと、住居の区割りは違うが中等部から編入してきたサンドラ・シンフォニー、ビクトリア・オースの女子二名だった。

スティール自身があまり周りに同調しないというか、天然にゴーイングマイウェイなので、キャピキャピとした普通の女子の会話についていけず……テレビなどの娯楽情報にも疎いため、意外に女友達は少なかったりするのだ。

 そんな彼女だが、実に女の子らしいクラブ活動をしていた。


「む。綺麗に膨らんだと思ったのに、オーブンから出した途端にペシャンコになっちゃったぁ!」

 姉さんかむりの手拭いに白い割烹着。格好だけは家庭的な様子で、手元の鉄板を見つめる少女。

 お世辞にもシューとは呼べない物体が、その上に整然と並んでいる。

「あはー。まぁシュークリームは大抵シューで失敗するのよ、どんまいどんまい」

 同じ調理台でカスタードクリームを作っていたサンドラが、慰めるように声を掛けた。

 彼女の前には綺麗にふっくらと膨らんだシューが並んでおり、これからナイフを入れてクリームを詰めるところだ。

 スティールは恨めしそうに自分のシューを見つめ、盛大な溜息をつく。

「私ってば、本当にお菓子作りに向いていないかも」

「菓子も、の間違いだろ」

 調理室のドアが開き、廊下側から突込みが入る。

「そろそろ出来上がるかなーと思って切り上げてきたけど、今日も失敗かよ」

 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべて入ってきたのはスティングだった。

「も、とは何よ失礼ね!」

 鉄板を調理台に置くスティール。

「先週はグラタン作ろうとしてカレーになってたじゃん」

 そう、火加減を間違えてホワイトのつもりがブラウンソースになってしまったのだ。

「くっ、そんな昔の話……っ」

「昔じゃねーだろ!」

 くううと悔しさを堪えながら、手元のナイフを握り締めるスティールを見て、スティングはさりげなくサンドラの背後に行きその肩に手を置いた。

「うわ、やべぇ。助けてサンディ、殺されるぅ~っ!」

「もう、何やってんのよ二人とも~」

 呆れたように笑うサンドラの頬が微かにピンクに染まった。スティールと柄違いの手拭いの下から覗く髪は、きつくカールした黒檀のような黒。ピンと伸ばせば脇くらいまでの長さなのだろうが、くるくると巻き上がっているため肩のところまでしかないように見える。長く伸ばした前髪と一緒に後ろで一部を結って、その上からカチューシャで押さえているようだ。

 大きな青い瞳は笑った拍子に細められ、少し羨ましそうにスティールに向けられていた。

 そんな視線には全く気付く様子もなく、スティールは膨らみの足らないシューをこじるようにして切り開き、なんとか平凡な味に仕上がったカスタードクリームを詰めていった。

 調理室には他にも十数人の女子がいたが、既にスティングが来るのは日常的になっているようで誰も関心を示さない。そして、そもそも調理部に在籍している女子たちは意中の男子にプレゼントするのが目的の者が多く、互いに味見し合っては完成した菓子をいそいそとラッピングするのに忙しかった。

「あー腹減った~」

 ぼやきながらも嬉しそうな表情のスティングは、勝手知ったるなんとやらで食器棚から皿とティーセットを取り出して並べている。

 今や家庭でも手料理を食べる機会は減っており、そこそこ収入のある家庭ならば仕込から全て自動調理機任せである。この学園に置いてあるようなガスのコンロやオーブンなど、備えている家庭は珍しいとさえいえるだろう。

「やっぱり火で焼いた食べ物は格別だな」

 いち早く席に着いたスティングは、サンドラから供されたシュークリームを頬張ってうっとりと噛み締めた。

「スティールのママはあんなに美味しい料理作るのに、なんでそんだけ失敗できるんだ?」

 尋ねる方の少年は心底不思議そうだ。

 ガスコンロを設置してきちんと出汁をとって日々の食事を提供している今や数少ない人種が、スティールの母親である。

 お陰でたまにご相伴に与るスティングも、舌が肥えてしまったらしい。それなのに、毎日それを食べている本人が全く料理センスがないというのが疑問なのだ。

 むむむむむ、と唸る少女は、今度はフォークを握り締めている。


 そうなんだよ、自分でも判ってるってば。

 それなのにシャールなんてにっこり笑っていつも「美味しいよ」って全部食べてくれるんだよ?

 こないだ差し入れしたサンドイッチなんて、野菜を挟む順番間違えてパンがびちょびちょだったってのに……。

 軽く自己嫌悪。


 ヒョイ、とスティングがスティールの手元から出来上がった物を一つ口に運んだ。

 もぐもぐと咀嚼して、嚥下してからようやく口を開いた。

「なんつーか……うん、噛み応えのあるシューだな」

「それって固いってことじゃない、はっきり言えば?」

 顎を引いて上目遣いにじとぉーっとスティールが睨んだ。

「人が気を遣ってるのにその言い草かよっ」

「何処が気を遣ってる態度なのよーっ」

 ムキーっと沸点に達しそうなスティールを見て、スティングはカップの紅茶をがぶりと一気飲みして腰を上げた。

「おー怖い怖い。じゃな、三十分後に駐車場でなっ」

 すたこらさっさと調理室を出て行ってしまった。その際にもう一つ、シュークリームを掠め取っていくことも忘れない。

「あ、食べるだけ食べて逃げたーっ!」

 ぷりぷりしながら食器を流しに運ぶスティールを見て、サンドラが溜息をついた。

「優しいよねぇ、スティング」

「はいぃ?」

 聞き咎めて、スティールはびっくり眼でサンドラを見つめた。

「文句言いながらも、最後に持っていったのもスティールのだし、いつも出来上がる頃合見計らってやってきては落ち込んでいるとこ茶化して最後は怒らせてうやむやにして去っていくじゃないの。あれってやっぱりわざとだよ~。彼なりにスティールのこと慰めてくれてるんじゃないのかな」

 そんなこと思ってもみなかったので、口を開けてぽかんとしてしまう。

「小さい頃から一緒なんでしょ? やっぱりスティールのことよく理解しているんだね、羨ましいなぁ」

 まなじりの下がった大きな青い瞳が、じいっとスティールを見つめ返してきた。

「そ、そんなこと……っ」

 あるかもしれないな、と思ったので、言葉が続かなかった。


 それにしてもサンディは今日に限ってなんでこんなこと言い出したんだろう?

 スティングがあたしに絡んでくるのはいつものことなのに。

 そして、試食時間になると現れるのもいつも通りなのに……。


「私も、スティングのバイクに乗ってみたいなぁ」

 吐息混じりにサンドラが呟き頬を染めるのを見て、ようやくスティールにも合点がいった。

「サンディ、もしかしてあいつのこと」

 視線を外し目の前の自分のシュークリームを見つめて、サンドラがこくりと頷いた。


 そっか、そうなんだ……。


 少し考えて、言い訳がましくならないように口を開く。

「あたし、物心ついたときにはスティングもシャールもいて、兄弟みたいに育ったんだよね。ほら、あたしんちのある区画、他に子供がいないでしょ? しかも同い年だしね。毎日土手の周りで泥んこになって転げまわってた。

 だから、家族みたいな感じ……ていうか……うん。少なくとも、あたしは恋愛感情ないっていうか」


 でも、スティングは多分違うよ?

 言葉にはしないで、サンドラは唇を噛み締めた。

 毎日毎日嫌というほど見せ付けられているから判る。

 スティングがスティールに向けている感情は、スティールが抱いているそれとは全く違う種類のものだ。


「ねぇ、スティールは誰か好きな人がいるの?」

 不意に自分に振られ、また目を丸くするスティール。

 なんだって今日はこんな話題になってしまったんだろうと思う。

 思春期の女子が集えばこのような話題になるのはしごく当たり前のことなのだが、大抵その場に本人であるスティングがいるため、なかなかサンドラも口に出さなかったのだろう。


「あ、あたし? あたしの一番はシャールって知ってるじゃない」

「シャールはこないだ引き取られていった犬のことでしょ? そうじゃなくて人間だよ」

 呆れ半分にサンドラが言った。

 でもシャール本当は人間なんだもん……とは口が裂けても言えやしない。

 加えて、サンドラの瞳はこの上もなく真剣だった。毎週末にはシャールと会って遊んでいると言っても更に呆れられるだけだろう。

「シャール以外に……好きな、ひと……」

 うんうん、と頷くサンドラをぼーっと見ながら、頭に浮かんでくる人物がいないわけではなかったが。

 今何処にいるのか、なんていう名前なのか、本当に容姿は変わっていないのか、何もかも知らないづくしの状態で。

「いるんだ、ね?」

 ほっと少し安心したようにサンドラが首を傾げた。

「うーん……好きなのかと言われると間違いなく好きなんだけど、その『好き』の種類がまだよくわかんないというか……」

「はぁ、まあスティールのことだからそこは保留しておくわ。またいつかその人のこと聞かせて?」


 いつか聞かせられるような状況がやってくるのかしら。

 そうなるようにがんばっているつもりだけれど。

 いつか逢えるその日のために自分磨きもしなくちゃと、調理部に入ったものの、技術はまったく身につかず。自分でさえちょっと口にするのを躊躇するようなものしか出来上がらない。

 幸いなことに、腹を下すほどの変なものが出来ていないだけ僥倖といったところか。


 スティールの胸ポケットで電子音が鳴り響いた。

「ほぇ?」

 カードタイプの通信機器を取り出してみると、オーガニックパネルに映ったスティングが怒鳴り声を上げた。

『くぉら、スティール! もう四十分経ったぞ!! 何やってんだ!』

 時計を見ると、もうじき閉園時刻が来ようとしていた。日没には至らないが、夕日はかなり低いところまで落ちてきている。

「あああ、ごめん! もうちょっと待ってて」

 通信を一方的に切り、慌しく調理台の上を片付け食器を洗う。

「後は私がやっておくから、もう行ってあげて」

 一緒に片付けながらサンドラがにこやかに言った。

 嫉妬心がないわけではないが、スティールの意中の人がスティングではないと知り心が晴れたのだろう。結構現金なものである。

 これ、スティングに渡して。と押し付けられたサンドラ手製のシュークリームを抱えて、スティールは駐車場へと駆けて行った。



2012/11/25 改稿

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