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きみをさがしてた  作者: 亨珈
揺るがない想いをきみに
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揺るがない想いをきみに 1


 翌朝は快晴だった。雲一つない青空の下を、いろいろと考え事をしながらスティールは学園に向かった。今日は勿論自分のリニアカー乗車である。省スペースをポイントにしている通学用リニアカーは全くの箱型で可愛げも何もないけれど、自動操縦になっているので座ってぼーっとしているだけでいつの間にか着いてしまうのが楽チンだった。

「おっはよーっ!」

 いつものようにドアの開閉と同時に挨拶をして教室に入ると、室内にいたクラスメイトたちから口々に反応があり、窓際の後ろから二番目の席ではサンドラがひらひらと手を振りながら「おはよ」と挨拶を返してくれた。

 腰掛けている席の机に浅く体重を預けているのはビクトリアだった。もう部活動の朝錬は終わったらしく、きりりと引き締まった細面の口元を綻ばせサンドラと談笑していたようだ。短くカットされた赤い髪の毛が、朝日を浴びてキラキラと透けて輝いている。

 その目線の下では、今日もきつくカールした黒髪をサイドだけ結い上げてサンドラは可愛らしく肩を竦めていた。

 スティールの席はサンドラと同じ列の一番前である。取り敢えず鞄を置いてから、サンドラの席におずおずと歩み寄った。

「おはよう?」

 その様子を訝しく思ったのか、ビクトリアが変なイントネーションで挨拶してきた。

「お、おはよっ」

 声だけは元気にビクトリアに返したものの、サンドラには遠慮がちに近寄って行く。

「あのね、昨日のこと……なんだけども」

「あ、うん」

「クラブの後で、話すね」

「わかった。ありがとう!」

 普通のことのようににこやかに応えるサンドラ。

 昨日から考えていて、やはり言いにくいけれど本当の事をそのまま話さなければと、スティールは気持ちを固めた。

 その時、スティールにもビクトリアにも明らかにそれと判るようにサンドラの表情が明るくなった。

 スティングが登校して来たのだ。


「うっす。」

 スティングの席はサンドラの隣の列の最後尾であり、つまりサンドラにとっては斜め後ろのご近所さんだ。

 サンドラはこれ以上ないくらいにこやかに、そしてビクトリアはいかにも面倒くさそうに挨拶を返し、スティールは……。

「スティング! 歯を食いしばれ!」

 大声ではないが威勢よく言うと、体重を掛けて振り向きざまエルボードロップを叩き込んだのだった。

 いきなりそんなことを言われても鞄を机の横に掛けて椅子を引こうとしていたスティングは、不意を撃たれてもろに腹のど真ん中に攻撃を受けて後じさった。

 言葉もなく目の端に涙さえにじませて咳き込む少年と、唖然とするクラスメイトたち。

「これで昨日のことは水に流してあげる! あたし、本当に怒ってるんだからねっ!」

 スティングの前に仁王立ちで傲然と言い放つと、笑いながらその背をビクトリアがぽんぽん叩いた。

「何があったか知らないが、朝から痛快だなっ」

 愉快そうなビクトリアの隣では、サンドラがスティールとスティングを見比べてオロオロしていた。

「だ、大丈夫? スティング……」

「いいって、そいつは殺したって死なん」

「でも、リア、痛そうだよ~」

「ごめん、サンディ。わけは後で話すから」

 スティールはサンドラにだけ詫びを入れると、再びスティングに向き直った。

 スティングの方は、痛そうな素振りを見せながらもその視線を受け止めた。

「これで、なかったことにするから……。じゃあ」

 束の間苦い表情をしたものの、スティールは無理矢理に笑顔を作り、自分の席に戻った。その背を見つめていたスティングは、自分を心配気に見守るサンドラに微笑して軽く頷くと椅子に座ったのだった。



 何となく気まずい空気は残ったものの、努力していつも通りに過ごしているうちにランチの時間になった。

 風も少なく日差しが暖かかったので、中庭の芝生で弁当を食べることになり、購買に向かったスティングは放っておいて取り敢えず女子三人で先に食べ始めることにする。

 この学園は敷地内に半円を描くように各学部を含む建物があり、外観はレンガ造り風になっている。材質はシャトルに使われているような、汚れや衝撃に強いもので耐久性は比べ物にならない。そして円の内側に共用の建物がぽつぽつと点在し、武道館は高等部の近く、図書館は大学部の近く、と建物により学部からの距離が全く異なるのだ。

 カフェテリアは高等部と大学部の建物の境目にあり、これは本館の中ということになる。それ以下の年齢では圧倒的に弁当の割合が高いからかもしれない。食育の観点から、週に一度は生徒が自分で弁当を作るのが課題になっているのだ。

 そして、その半円の内側で各建物との間に、こちらは本物の石とレンガで舗装された通路があり、それ以外の場所に豊かに葉を広げる木々と芝生が広がっているのである。それらを総称して中庭と呼び、生徒たちはめいめい自由時間を寛いで過ごしている。敷地がかなり広いのと本館の屋上にも植樹された休憩スペースがあるため、会話やスペースを気にすることなく広々と利用できるのだった。

 芝の上に長座して膝の上に弁当箱を広げておかずを突きながら、スティールはチラチラとサンドラを窺った。

「あのさ、朝はその~驚かせてごめんね?」

 んん? とサンドイッチを頬張りながらサンドラがスティールを見遣り、首を傾げた。

「なんか顔見たら反射的に手が出ちゃって」

「ああ!」

 ごくんと飲み込んでから、「スティングのことかぁ。」と頷いた。

「その気持ちは良く解るぞ」

 隣では自分の弁当を食べながらビクトリアがしたり顔でスティールに同意している。

「なんかずっと抱え込んでるの性に合わなくて、今丁度本人いないし……簡単に説明してもいい?」

 フォークを握り締めたままもじもじとサンドラとビクトリアを見比べた。

「私が聴いても構わないのか?」

 ビクトリアはサンドラを気遣う様子を見せた。

「勿論。リアには隠さなくていいよ」

 サンドラが笑顔で頷き、スティールに話を促した。

 弁当箱のオムレツをぐさぐさとフォークで突きながら、スティールは口を開いた。

「あのね、昨日帰り道でスティングとはいろいろ話したんだけど、まぁその中でも私のプライベートな事は置いといて……。スティングがね……私のこと好きだって言って、いきなり抱きしめてキスしてくるからさ……びっくりしちゃって」

 俯き加減に話しながらちらりと窺うと、サンドラは「あぁ……」と何故か納得した表情をし、ビクトリアは「あんのケダモノめが!!」と拳を握り締めて切れ長の目を光らせていた。

「それでね、リアにも今だから言うけど……あたし、ローレンスとお付き合いしててそのことスティングも知っているのにって。それですんごく腹立って。で、昨日は泣くしか出来なかったから、今日殴ってみた」

「うむ。スティールは正しい」

 ビクトリアは頷きながら、そっと手を伸ばしてスティールの背中を叩いた。

「一発で良かったのか? もっとボコボコにしてやった方がいいと思うが」

「いやー、あたしは良くてもサンディが……ね?」

 え、とサンドラは二人を見比べてから、困ったように微笑んだ。

「むぅ。確かに、あんな男でもサンディにとっては想い人だからな。どうしてあんなヤツが良いのかは理解できないが、私はサンディの味方だ!」

 そんじょそこらの男子よりずっと男前なビクトリアは、少し残念そうに嘆息した。

「しかし……スティールもなかなか難しそうな相手を選んだものだなぁ。確かに性格はスティングより良さそうだが。」

「うーん……難しい、のかなぁ? サンディにも言われたけど、なんかぴんと来なくて。申し込んできたの彼だし……」

 無残な形になったオムレツをフォークに載せて、ようやく食事を再開する。

「ほほぅ」

 ビクトリアは眉を上げてサンドラに視線を移し、二人は無言で頷きあった。

 そうして何となく三人ともが弁当に意識を移したとき、あ! とサンドラが自分の手提げをまさぐりA四サイズの液晶パネルを取り出した。授業のノート代わりにも使っている有機液晶パネルだ。タッチセンサーでテレビ放送画面に切り替えると、二人にも見える位置に斜めに立てて置いた。

 なになに? と不思議そうにスティールとビクトリアが画面を注視すると、丁度番組が始まったところだった。

 大陸でも一、二を争うと言われている美人の司会者が、毎日いろいろな有名人と談話する娯楽番組だ。『有名人のここだけの話!』と銘打っているだけあり、毎回視聴者にとっては新鮮でちょっとした秘密の暴露があったりするので、視聴率はかなり高いらしい。勿論普段スティールたちが目にすることはないのではあるが、芸能好きの生徒たちはこのようにして昼休みに観覧するのが常であるようだ。

 ロングのプラチナブロンドを少し残し大半をアップに結い上げた司会者が、本日のゲストを紹介し、その人物が大写しになる。

『こんにちは』

 画面越しに微笑む青年を見て、スティールは咀嚼途中だったブロッコリーをそのまま飲み込みそうになった。

『お久し振りです、ミスター。相変わらず素敵ですねぇ』

 三十代で独身の司会者が、本気でうっとりと青年に見惚れ、小さな丸テーブル越しに一人用のソファに腰掛けたローレンスの方に行きたくて堪らないらしく腰を浮かせるようにして話し掛けている。

『貴女も相変わらず美しいですよ』

 お世辞とは判っていても、その微笑を向けられては頬を染めずにはいられない。しかし、カメラの近くで合図でもあったのか、司会者は仕事内容を思い出して口元を引き締めた。

 番組はコマーシャルを除くと二十分ほどの生放送である。いつまでも見惚れて時間の浪費をするわけにはいかないのだ。

『ミスターシュバルツといえば、最近はあまり女性の噂を聞かないのですが、もしかして本命の女性でも出来ましたか?! 出演が決まってからこちら、是非その話題を振ってくれとリクエストが殺到していまして!』

『ええ、実は・・・…まだ片思いなんですが、意中の女性がいますよ』

 訊かれる事は想定していたのか、淀みなくしかしややはにかんだ表情でローレンスは頷いた。

『片思いですか! そんなことありえるんですか?』

 今度こそ本当に腰を浮かせて勢い込んで司会者が問うた。

『だって彼女は、僕と出会うまで僕のこと知らなかったくらいですからね』

 サンドラとビクトリアが、ちらっとスティールに目を遣った。

『まあぁーーっ! 深窓のご令嬢なんですね!』

 司会者は別の意味に解釈したようである。

『もう寝ても冷めても彼女のことしか考えられなくて』

 演技なのか本当なのか、いかにも大切な人のことを思い出している様子で、ローレンスは視線を宙に彷徨わせた。

『なんて羨ましい方なんでしょうか! 今頃局の電話は鳴りっぱなしですよ』

『でもまだデートにも誘えなくて・・・…』

『んまぁぁ~! ミスターらしくないですねっ』

『だってあなた方がこうやって大騒ぎするから、彼女に迷惑が掛かるじゃないですか。多分この番組も観ていないと思うけれど、本当にここだけの話ですよ。もう、そっとしておいてくださいね。これ以上突っ込んで訊かれても黙秘しますから』

 手を顔の前に上げて女性を制し、ローレンスは断言した。

 コマーシャルが始まり、二人に凝視されてスティールはかあぁっと赤面した。

「あれってやっぱり、」

「ここにいる女子のこと、だろうなぁ」

「いやー、その、まぁ……なんというか…そうなの?」

 恥ずかしすぎて顔から火が出そうだった。スティールは誤魔化すように次々と食べ続ける。せっかくの母特製弁当だが、味わう余裕もなく喉を通過して行く。

「それにしても~デート、まだなんだ……?」

 気の毒そうにサンドラが首を傾げた。

「ん、やっぱり忙しいし……外だと人目が……やっぱり。」

 もごもごと応えながら、ふとディーンといろいろなことをしようと計画を立てていた時期もあったと思い出した。

 シャールの体を借りてこの世界で遊んだときは、短時間でいろいろなところを引っ張りまわしたけれど、そういえばローレンスとはしていないなと気付く。

 実際の所スティールさえ休日を空けていれば、ローレンスは何が何でも仕事を片付けて出掛けるはずなのだけれど、肝心の少女はなかなか踏ん切りが付かないのだった。


 本当は、ローレンスに対してもシャールを口実に逃げているのかもしれない。

もっと素敵な女性になって、彼の隣を並んで歩いても、誰に何を言われても気にならないならば……。

 デートなんて本当はいつだって出来るはずなのに。

 普段表には出さないけれど、臆病な自分がこっそりと顔を出す。

 あの司会者くらい美人で大人の女性ならば、自信を持って堂々と肩を並べて街を歩けるに違いないのに。

 二人きりの時には気にもならないことが、ふと世間の彼に対する反応を見たときに、頭から重くのしかかってくるのだった。


 コマーシャルが終わり画面に二人が映る。

 話題はSSCの新しい商品の話に変わっていた。

 ぼんやりとそれを眺めながら、急に元気のなくなったスティールは黙々と食事を続ける。

 そこへようやくパンや飲み物を抱えたスティングが到着した。

「遅いぞ。もう私は食べ終えたからな」

 ビクトリアは座ったままスティングを見上げて、片付け始めている。

「ここに座ったら」

 頬を染めて嬉しそうにサンドラがビクトリアと反対隣を示すと、スティングはそこに腰を下ろした。

「たまたまカフェテリアでテレビついてるの見ちゃってさ……。て、ここでも見てたんじゃん!」

「あ、うん。番組表でゲスト出演するって知ってたから、スティールに見せてあげようと思って」

「へー」

 ちらりと視線を投げかけるも、当のスティールはスティングのことは気付いてもいないのかぼんやりと番組を観ていた。

「おぉい、オレの分のおかずくれよ。てか、勝手にもらうけど~」

「……うん……」

 膝の上とは別の弁当箱を、勝手知ったるなんとやらで手に取りさっさと食べ始める。上の空で生返事をした分だけましかもしれないが、しばらくそんなスティールはそっとしておいて、三人で他愛ない話をしながら食事を済ませた。


2012/11/29 改稿

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