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きみをさがしてた  作者: 亨珈
揺れる想い
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揺れる想い


「ねぇ、リルとジルファさんにとって、付き合うってどういうこと? どんな風に自分では定義してる??」

 寝る準備万端でベッドに寝転んで、カーテンを開け放った月光の元、スティールは尋ねた。

『は……』

 リルフィは瑠璃色の瞳をまん丸に見開いたまま言葉に窮し、ジルファの方は翼で嘴を覆うとくつくつと笑った。

『なんとまぁ、十七歳にしてようやくそんな質問が出るのかとは思ったけれど、私としては君とそういう会話が出来るのも楽しいものだね』

 部屋の隅の止まり木から、ふわりとベッドの足元に舞い降りる深い青。

『で、私としての見解だけれど、まぁ一般的な感じかな。男女が〈付き合う〉というのは、お互いに好きあっているか、少なくともどちらか片方がもう片方を好きな状態で、他の友人とはしないようなスキンシップをすることだよ』

「スキンシップ……」

 図書館でローレンスもその言葉を使って質問していたことを思い出した。

 それでちょっと、それぞれに想像してみることにするスティール。

 例えばスティングだと……確かにローレンスの言う通り、まぁ成り行き上背中から腕を回して腰にしがみついたりは、する。

 これって抱きつくとは違うよね?

 手を握って引かれたりとかはするけど、腕を組んだり肩を組んだりは……多分だけどしたことない。つまり女の子の友達と同じ。キスするなんて想像もしたことないし、そんなの有り得ないって思う。

 シャールの場合……抱きつく、普通に。うん。そういえば犬のときってお風呂も入ったことないっけ? 流石に大きくなってからはないけど、シャールの体は私が洗ってたなぁ……犬だけど。

 同じ部屋で寝起きしてたし、キスっていうか……あれキスなのかな? 普通にするよね? スティングだって、姫とキスしてるし~。

 あ、犬じゃなくて今のシャールだったら……でも別にかわんないなぁ。一緒にくっついて眠っても、こないだのキスがたとえ唇だったとしても、嫌じゃないし普通な気がする。うん。

お風呂だって入れちゃう気がするなぁ。その時にならないとわかんないけど。

 で、ローレンスだと……。あぅ。キス……あんなの恋人同士のキスだよね? 映画とか本の中では知ってたけど、ホントに自分がしちゃうとわけわかんなくなるものなんだねっ。皆あんなこと普通にしてるのかなぁ……でもサンディにも聞けないしっ。

 急に赤面する少女。完全に意識は別世界に飛んでいってしまっている。

 ディーンと初めてキスしたときも、頭が真っ白でわけわかんなくなったよね。でもあの時は〈お守り〉がどうとかって、なんだか普通のキスでもなかったみたいだし、だけど今日のは世間一般でいう恋人同士のキスだよねぇ~っ!

 っていうか、なんでローレンスにしろディーンしろ、耳元とかで囁かれただけであんな変な気分になっちゃうんだろ。背中がぞくぞくするっていうか、でも悪寒とも違うし、大体手にキスされただけでもやっぱり変になっちゃうしっ。とにかくなんか違うんだよねーっ。

 やっぱりかっこ良いからかな? 絶対あたしが隣にいると見劣りすると思うんだけど、でもそれでいうとシャールだってかなりの美人だよ~。目だってぱっちり睫毛長いし、色気とかそういうの、あたしよりある気がするんだよねっ。

 押し黙ってこんなことをぐるぐる考えていたら、同室のものはどうしたのかと心配になりそうなものだけれども……。質問されてその後放置されていたジルファは、布団の上で悶絶していた。ついでにいうと、リルフィも笑うのを堪えすぎて涙目になっている。

『す、すまないのだけどね、頭の中身……も、漏れてる……っ』

 一応声に出して笑うのは堪えて、結果お腹を押さえて布団の上を転げ回る羽目になってしまったジルファが、苦しげに息をつきながら言った。

 頭の中で想像だけしているつもりが、ぶつぶつと呟いてしまっていたらしい。

「えっ! やだーっ聞かないでよぉ~っ」

『そんなこと言ったって』

 嘴を力いっぱい噛み締めたまま、リルフィが言った。

 二人の言葉は直接脳に響くので音は要らないのだった。

『でもそうか、学校でローレンスとキスしたんだね? それでさっきの質問が出たわけか』

 深呼吸して息を整えるジルファ。

「うん、まぁその……ローレンスが『シャールとはどんなスキンシップしているのか』って聞くからあたしがそれやってみたら、その時シャールはこうしたかったんだよって……て」

 ああっ! 大事なこと思い出したあ! と転んでいた上半身をガバリとスティールは起こす。

「シャールがあたしにキスしたかったってことは、やっぱりシャールもあたしと付き合いたいんだよね。まだ本人に言われたわけじゃないけど」

『ああまぁそうかもね?』

「でもそういえばあたし、シャールに『いつか家を持ったら一緒に暮らそう』って言われたんだ。その時はそういう意味だと思わなくて、今までみたいに一緒に暮らしたいってことなんだとばっかり思ってたけど」

 がくーっと翼を垂らして脱力している二人。

『ねぇスティール、やっぱり今度から界渡りするとき私も一緒に居たほうがいいんじゃないのかしら』

 黙って聞いていたリルフィが口を挟んだ。

 どうも自分がいないところで、少女のぼけっぷりが大惨事を引き起こしているような気がしてならない。突っ込む人がいないものだから、先日のスティングとの電話のように、素で異性からのアタックを闇に葬ってしまっているに違いない。葬られる男共には多少の同情はするものの、基本的にスティールが無事ならばそれはそれでいいのだけれど、あまりいつまでも子供っぽいのもどうかとは思っているのだ。

 もしもこの先ローレンスと進展があったとして……その時に困るのはきっと少女だろう。周りの大人たちからしたら、年頃のレディなのだから。

 シャールと一緒に暮らすという選択肢も、リルフィにとってはあまり嬉しくはない。狭間の界の人間が銀の界で暮らすなど、きっと前例もないし、ましてやシャールは〈銀の君〉の血を引くただ一人の直系だ。その配偶者になり〈ちから〉を得ることで、大切な少女はどうなってしまうだろう。出来るだけ普通の人生を、と望むのは両親だけではないのだった。


 確かにこちらよりあちらの方が、私には居心地が良いとも言えるけれど、それとこれとは別問題だわね。

 精霊族の住まう環境でもある〈銀の界〉は、〈金の界〉育ちのリルフィにとっても過ごしやすい空気であることは認めている。

 それにあちらでは、窮屈な鳥の姿をしていなくても良いのだ。王妃がいなくなった今、誰に気兼ねすることもなく人型になれば良いのだから。

 ただし、リルフィの人型の姿は、未だにスティールも見たことがない。驚くだろうけれど、少女ならばすぐに受け入れてくれることだろう、シャールのときのように。


『リルフィが行くなら私もついていって、ついでにまたシャールの特訓でもしようかねぇ』

 つらつらと思考中の金色の鳥を見遣りながら、ジルファも参加表明をした。

 どうも最近、銀の界の波長の揺らぎが気にはなっていたのだ。

 それの理由が、先刻のスティールの話から判明したように思う。

 やれやれ、恋の力は偉大だね。もっとも、それに関しては私は何も意見できないけれど。

 恋の為に最大の禁忌を犯す寸前だった自身を振り返り……そして、同じく恋の為に一つの世界を崩壊に導こうとした銀の界の統治者たちを思う。

 シャールの〈ちから〉自体は、父王には及ぶべくもない。しかし、セーブの仕方も使い方もまだ体得できていない部分が多く、界の安定の為に行使している以外で、おそらくは自分でも気付かぬまま使ってしまっているのだろう。

 リルフィもきっと同じ答えを見出しているに違いなかった。

 スティールにこうまで興味を示しているローレンスが、未だに記憶を取り戻さない理由を。


 二十年分ほどとはいえ、人一人の人生を背負い込むのは、誰にとっても苦痛だ。

 ましてそれが辛い記憶であるならば。

 だからそれを取り戻すことが良い事であるとは私にも思えない。悪いことだと断言も出来かねるけれど。

 しかし、それが自然にではなく、外からのチカラで無理矢理に抑えられているのだとしたら……それは……。

 ディーンの魂を、更に傷つけることにはならないのだろうか。

 短い期間ではあったが、ペットとして傍らで過ごした記憶を持つジルファ。

 優しくて繊細で、けれど確固とした信念のまま行動した青年のことを思う。

 シャールも心優しい少年だ。だから意識してそのようにチカラを行使しないだろう。けれど無意識にそうしているのならば、そしてこのまま少女に対する想いが大きくなり歯止めが利かなくなったら。

 父王のときの二の舞になるのではないだろうか?

 私の杞憂ならばそれでいいが……。


 視線を部屋の片隅に向けると、珍しいことにリルフィと目が合った。いつもは意識的に逸らされるものだが、この時は違っていて、彼女も同様に困惑していることがその様子から感じ取れるのだった。


「そうだね、久し振りに一緒に行こうか、皆で銀の界へ」

 思考の淵に沈んでいた二人の耳に、少女の声が届いた。

 二人とは違う方向から少年について考えていた少女もまた、それなりの結論を出したらしかった。

『そうしましょ。そうと決まれば、これ以上悩むのは止めて今日はもう眠りなさいな。明日はまた学校なんだから』

 リルフィの言葉にうんと頷き、スティールは布団をかぶった。

「おやすみ、ジルファさん、リル」

『『おやすみ』』

 じきに安らかの寝息を立て始めた少女に習い、鳥の姿の二人も目を閉じた。

 二日月の薄く冷たい光が窓辺を青白く照らしていた。


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