エピローグから始まる物語
ぺたりと背の低い草の上にへたりこんだスティールの膝の上で、漆黒の髪の青年は精一杯の気力を振り絞り意識を保っていた。
あと僅かで訪れる別離を知っていたから――
淡く解ける口元を見て、スティールは身を伏せてその秀麗な唇に耳を寄せる。
なあに? とこぼれる問いに、殆どもう動かせなくなった唇から、吐息のように声がまろび出た。
「君と会えてよかった……」
それが、〈銀の界〉の第一王子であるディーンの最期のことばとなった。
〈狭間の界〉から界を渡り訪れた少女スティールの腕の中で、ディーンはまるで眠っているかのように安らかに微笑んでいた。言霊の誓約を違えるという、少女を救うには足りない、しかし次善の策である最後の抵抗を実母である王妃に与え、彼は事切れた。
紫に縁取られた黒い瞳は、もう瞼の下で何も映さない。
君を守るよ、と誓った少女を間際に映せたことが、きっとこの上なく幸せだったのだろう。
そんな兄の表情など、物心ついてから見たことがない。それでも、第二王子のエリックは一度だけきゅっと目を閉じてから、剣を握り直した。
「じゃあ、さっきの続きをしようか?」
こうして、界を豊かに保ち治めるのがその存在理由であるはずの統治者の血筋により〈銀の界〉は崩壊を迎えていた。
第一王子は、義弟シャールを助けるというスティールとの約束を守るために命を散らし。ようやく姿を現した全ての根源である王その人の手により、第二王子と王妃は儚くなった。
王妃に殺された最愛の人を蘇らせる。禁忌に手を染めた王と共に、蘇ったばかりのシャールの母は水に沈み、血によって世界の均衡を保っていた三界のひとつは、一気にバランスを崩し始めた。
愛していると言ってくれた人は、腕の中に抱き締めたまま。
しかしその悲しみにくれる時間さえ与えては貰えず、スティールとシャールは決断を迫られる。
この〈銀の界〉を捨てて〈狭間の界〉に戻るか。
〈銀の界〉を支えるために、シャールだけが残るか。
否応なく巻き込まれたシャールは、それでも迷わなかった。
そうして、新たな物語が始まる。




