第8話
世間一般では、魔女は不老不死であり悪魔の遣いとされ、人智を超える力を以て人を呪い、人間の魂を喰らう悪しき者の事を指す。
あいにくルーチェは悪魔を見たこともなければ、人の魂を喰ったこともない。更に言うなら、そんな魔女に会ったこともなかった。
魔女とは生まれが若干特殊なだけで、人間とそんなに差異があるわけではない。人間より長い寿命はあっても、他者に害されれば死ぬこともある。人智を超えた力などと言うが、実際は人間より自然の恩寵に多くあやかれる程度のものだ。
その魔女がよっぽど特殊でない限りは。
帝都へ到着したのは、町を出発してから5日目の夕方だった。馬車での長旅は慣れないルーチェには堪えたが、さすがに騎士は鍛え方が違うらしく、ジェイドもライルも平気な顔をしていた。
帝都に着いてすぐにライルは報告も兼ねて城へと上がり、ジェイドはルーチェの宿泊先に案内することになった。
「では予定通りルーチェ殿には当家に滞在してもらうということで」
「……わかった」
しぶしぶ頷くルーチェに、ジェイドはたいして気にした風でもなく話を進めた。
彼は帝都に別邸を持っており、ルーチェにはそこで生活してもらうつもりだと説明した。
「客間も余っているので好きなだけ使ってください。後は作業部屋ですが……何か希望は?」
「出来れば日の入らない室温がある程度一定の部屋が良い。湿度が高くなければなお良いのだが……」
作業部屋についての条件に、ジェイドは少し頭を悩ませたが、
「そうですね……では候補をいくつか挙げておくので、明日にでも確認してもらいましょう」
ということで落ち着いた。
ようやく着いたジェイドの別邸は騎士団長の名に相応しく、お屋敷と呼んで差し支えないものだった。
立派な門扉から玄関までのアプローチは馬車がすれ違えるほど広く、両脇には見事な花壇が広がっていた。手入れの行き届いた庭は、夕日の中でもはっきりと分るほど美しい。建物の趣も実に落ち着いたものではあったが、やはりその大きさには気後れしてしまう。
ジェイドの屋敷は城のある中心部からやや離れた所にあるため、ジェイドは普段からあまりこの屋敷には戻らず、城にある騎士団長専用の執務室と居室で生活しているという。
到着して早々、執事や使用人を紹介され、専属のメイドまで付けると言われてルーチェは慌てて断った。身の回りの世話を他人に任せるなんて考えられないルーチェは、改めてジェイドは貴族だったのだと思い知らされた。
ジェイドや使用人たちに促されるまま豪華な夕食をとり入浴を済ませて、やっと一息つく頃には時計の針は深夜を回っていた。
与えられた広すぎる客間に、居心地の悪さを覚えそっと窓に近づき、カーテンの隙間から夜空を仰いだ。
何処にいても、いつの世も、変わることのない星々はルーチェの長きにわたる孤独を慰める。不変なものはルーチェだけではない。人を導く星もまた彼女と同じように、いやそれ以前から変わらずにこの空を満たしている。
(これから始まる日々は、もしかしたら私を変えてしまうかもしれない)
言い知れぬ不安を胸に抱き、ルーチェは窓辺を離れベットに潜り込んだ。