第7話
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それはまさに奇病だった。
ある日突然、糸が切れたかのように眠りにつき意識が戻らなくなるのだ。
はたから見れば眠っているだけで特におかしな点も見られない。たまに目を開けたかと思えば、虚ろな瞳でただ天井を見上げているだけ。
「まるで眠っている間に魂を抜かれてしまったかのようだ」と診察した医者が言ったそうだ。
当然、眠っている間は食事も摂ることができないため、次第に衰弱していく。
原因の全く分からないこの奇病は、同様に治療法も全く分からなかった。
王が倒れたのは、王立騎士団を派遣し病の治療法を見つけるよう勅命を出した矢先のことだった。
「奇病は老人や子供を中心に発症している。地域ごとに調査を進めたが感染経路も不明で、貧民街・貴族街にかかわらず病に罹っている。地下水や河川も調べてみたが、特に異常は見られなかった。
市民にも動揺が広がっていて、中には魔女の呪いだと騒ぎだす者まで現れる始末……原因が分らぬゆえ、民の不安は増すばかりです」
「魔女は呪いなどかけれぬよ」
御者台から淡々と現状を報告してくれるライルや向かいに座るジェイドに聞こえぬ程度の声でつぶやき、何の進展もない現状にため息をつく。
ルーチェは今、帝都に向かう馬車の中でこの調査報告を聞いている。
臙脂色のビロード張りのソファーが設えられたこの馬車はジェイドの実家の物だそうだ。金や銀の装飾が施されたそれは、ルーチェから見れば十分に派手なものだったのだが、貴族の中では地味な方だとジェイドに苦笑された。
人目を気にする必要のないこの空間で、ルーチェはフードは被らずその長い黒髪を無造作に背に流していた。いつもの暗い色のローブを着こみ、特に何をするでもなくガラスがはめ込まれた窓から外の景色を眺め、時折御者台の方にある窓から聞こえてくるライルの報告に質問を返す。
そのやり取りを興味深そうに見ているジェイドは、一目でわかる上質な絹のシャツに銀糸で刺しゅうされた藍色の上着を着ていた。
ルーチェは領主邸にて正式に依頼を受けた後、薬の材料や器具を取りに自宅のある森に戻った。ジェイドは手伝いを申し出てくれたが、大した量もないからと断った。町で待ってくれるよう言い残し、ルーチェは一人家路についた。
途中、パン屋の夫婦の店に事情を説明しに寄ったところ、随分と心配をかけてしまっていたようで、出会い頭に奥さんに泣かれてしまった。
しばらくこの町では商売をしないこと、明日の朝この町を立つので売り物の薬を預かってほしいと伝えた。常連も少なくなかったルーチェの薬を求める人に無償で渡して欲しいと言うと、「今生の別れでもないのだから、無精せずにお代くらい取りに来なさい」と冗談半分で怒られた。
やさしく小突かれた頭に触れ、心の奥が温かく疼いた。
ようやくルーチェが家に着く頃には、日はすっかり傾き窓からは西日が差し込んでいた。茜色に染められた部屋に、師と暮らした日々がよみがえる。
薬草の見分け方から保存、調合、副作用に至るまで全ての知識を与えてくれた。魔女としての在り方や力の使い方、そしてその宿命までも。
段々と暗くなる思考を振り払い、明日の準備のために気持ちを切り替える。
(もしかしたら、もう二度とこの場所には戻れないかもしれない)
旅行用の大きなトランクに薬箱や必要になるであろう器具、衣類などを詰め込みつつルーチェは思う。
(いつ正体が露見し殺されるとも分らぬ身、いっそこのまま何処かに消えてしまおうか……)
そんな考えに浸っていた自分に笑いがこみ上げる。
もはや同胞すらいない自分に、これ以上生き延びる意味などない。どうせいつ死んでも惜しくはない命なら、最期まで私は自由を選んで生きる。誰にも理解されぬかもしれない、ただの自己満足であっても、それがルーチェの選んだ自由なのだ。
いつの間にか止まっていた手を動かし、作業を再開する。病の民を、王を助けるために帝都に行く。それが自らの寿命を縮める行為であろうと、ルーチェが再び手を止めることはなかった。
翌日、町まで迎えに来た馬車に荷を積み、長らく暮らしていた森とようやく馴染んできた町並みに別れを告げた。
見送りに来てくれたパン屋夫妻に礼を言うと、主人には「しっかりやれよ!」と背中を叩かれ、奥さんには「おなかが空いたら食べなさい」と大量のサンドイッチを渡された。
零れそうな涙を堪え、ルーチェは頭を下げた。
お気に入り登録が三ケタになったあたりからゲシュタルト崩壊してます。
そ、そんなに大盤振る舞いしてしまって大丈夫ですか、読者様方…!?