第4話
この国には自国を守る軍の他に、秩序を守る騎士が存在する。
軍は志願すればどんな人間でも入ることが出来るが、騎士は採用試験に合格しなければならず、また役職に就くためには貴族であること、もしくは貴族の後ろ盾を必要とする。
さらに騎士の中でも取り立てて有名なのが「王立騎士団」だ。
彼らは王の勅命によってのみ動く特殊な部隊で、王や王族の身辺警護を主な任務としている。
体の前できつく縛られた手首の縄を眺めながら、ルーチェは一つため息をついた。
一応自分は魔女ではないと主張はしてみたが、それを騎士が鵜呑みにしてくれているかははなはだ疑問だ。(まぁ嘘なのだが)
(それにしても、騎士とはあんなに短気なものだったのか……昔はその名を耳にするのも嫌で、少しでも噂が聞こえてきたら即逃げていたからな)
彼女の周囲では、彼女の捕縛を命じた騎士が部下たちに何やら指示を出していた。その慌ただしさの所為か、ルーチェを見張り役の騎士も一人しか付いておらず、しかも彼女を適当な馬に繋いで何処かに行ってしまった。
(私は魔女として捕まったはずなのだが、ここまで警備がザルだと不安になるな)
魔女の絶滅が公布された今でも、ごく稀に魔女として騎士に捕まる者があらわれる。しかしそれは大概が誤解であったり、自称であったりと本物が捕まったことはほぼ皆無だ。(国側にしても絶滅を宣言してしまっている以上、生き残りを認めるわけにはいかないであろうから、秘密裏に処理されている可能性もある。)
それでも人々が魔女の存在を忘れないのは、かつての皇帝が民衆に植え付けた魔女への畏怖にあるのだろう。
権力者に政治的な利用価値を見出されてしまった魔女。その最たる例が、魔女狩りを行ったかの皇帝アウレリウスだ。
彼は、国が荒れ民が苦しい生活を強いられているのも、全ての原因は魔女にあるとしてその殲滅に尽力した。しかし、それは皇帝への治世に対する国民の不満のはけ口として魔女という悪の象徴を作り上げたというものだった。
魔女に関するありもしない噂をでっち上げ、人を呪い殺すと民衆に信じ込ませた。当時の民衆はそれを疑うことなく、人智の及ばぬ力を使う魔女を恐れた。
だというのに、この現状は何だろう。
悪の象徴として名を馳せた魔女も、年月を経てただの怖い言い伝えにでもなったのかというずさんな警備。
逃げるには願ってもない状況だが、今ここで魔女が姿を消したとなればお世話になったパン屋夫婦に迷惑がかかる。
(やはり人間と関わるべきではなかった)
後悔ばかりが去来する。
思考の海に沈んでいたルーチェは、すっかり連行の準備が完了していたことに気付くのが遅れた。
彼女を繋いでいた馬が急に動き出し均衡を崩す。縛られた手では受け身も取れない。
近くなる地面に思わず目をつぶる。
(そう言えば最近も同じような事が)
ぶつかる!と思った時、頭上から聞き覚えのある声がした。
「あなたはよく転ぶ人のようだ」
一週間前と同じ感触に驚いて目を開けると、見覚えのある金髪が日の光を反射して輝いていた。