第3話
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今日もまた、いつもと同じ市が立つ。
前回、一番早く売り切れてしまった商品を今日は多めに並べ、他にも余った材料で作ったポプリを広げる。パンに香りが移らないよう、布をかぶせて準備完了だ。
パン屋の奥さんが、時折心配そうにこちらを窺っている。
先週、買い物から帰ってきた時に、ルーチェの様子がおかしかったことを気にしているのだろう。
(もう一週間も経ったのに……)
小さく息をつき、パンを並べる手伝いをするルーチェのいつもの様子に安心したのか、奥さんは一体どこで仕入れてくるのか噂話を聞かせてくれた。
曰く、この町で騎士団を見た人がいるらしい。
曰く、どうも来ているのは王立騎士団らしい。
曰く、その騎士団の目的は珍しい薬らしい。
そしてここから更に噂は枝分かれして、王族の誰かが不治の病を患ったとか、陛下が不老不死の妙薬を探しているとか、隣国の王女に恋をした王子殿下が惚れ薬の研究を始めた、などなどどれも真実味に欠けるものだった。
(火のない処に煙は立たず。とは言うが、まぁ私には関係のない話だな。たいした珍しい薬を扱っているわけでもないし……)
ルーチェは知らない。彼女が扱う薬は、古の魔女たちが残した現代には無いものであるということを。
「おい、そこの女!貴様が魔女というのは本当か!?」
突然市場に響いた声に静まり返る中、ルーチェだけは何の反応もせず注文を受けた薬の調合をしていた。パン屋が店を出している市場の一角に、隊長格らしい騎士とその部下数名が敷物に腰をおろしているルーチェを見下ろしている。
ごりごりと薬草をすり潰す音が周囲に満ちる。
「おい、聞こえているのか!?」
更なる大声にようやく手を止めて顔を上げたが、目深に被ったフードが邪魔をして表情までは見ることが出来ない。
「騎士様が私に何かご用でしょうか?」
何の抑揚もなく、感情のこもらない声で返事をするルーチェに苛立った声で問う。
「貴様は魔女かと聞いている!!」
「いいえ、私はただの薬売り。魔女ではありません」
言葉遣いこそ丁寧ではあるが、手は既に作業に戻っていて明らかに片手間に相手をしているようにしか見えない。
固唾を飲んで見守っていたパン屋夫婦も、次第におろおろし始めた。
「人が話しかけているのになんだその態度は!!私が騎士と知っての狼藉か!!」
「私のこの態度は平民でも貴族でも騎士様が相手でも同じです。お人違いで残念だったのはわかりますが、ご用がお済みならお引き取り下さい。今すぐ」
取り付く島もない言い方に騎士の肩が怒りで震える。フードに阻まれて、パン屋夫婦が顔色を無くしていく様子にルーチェは気がつかない。
そんなことよりもルーチェは野次馬ばかり集まって、ちっとも商売にならない現状を嘆いていた。
「貴っ様!黙って聞いておれば何たる無礼!!もう許せん、この小娘を捕らえよ!!」
怒り心頭したらしい騎士の大声に、一瞬耳が聞こえなくなった。
後ろに控えていた部下らしい騎士たちに両腕を拘束され、作業途中だったすり鉢が倒される。こぼれた薬草が踏みつけられるのを無感動に眺めながら、彼女の永い永い逃亡生活が終わりを告げたことを悟った。