第15話
「では、我々はただこの地と共に滅ぶしかないというのか?」
重い沈黙の後、ライルは絞り出すような声で言った。
「それは君の早とちりだライル。私が何故君にこれだけの品を頼んだと思っているんだ?」
「!!それでは!?」
うなだれていたライルは弾かれたように顔を上げた。
「私は薬師だ。病める者に薬を施す事こそが生業。世界とてその例外ではないよ。」
不敵に微笑む薬師を呆然と眺めるライルとは裏腹に、ジェイドは何処か眩しそうにその笑顔を見つめていた。
翌日、三人は再び場所を地下室にいた。ルーチェは一昨日調合しておいたという薬の入った小瓶を、作業台の上に並べはじめた。
「これらは試薬のために手持ちの材料で作った物だ。これから簡単な実験を行う。あなた方にはこの実験の証人になってもらいたい。」
「証人?」
訝しむ騎士たちにルーチェは、
「そうだ。私を見込んでここまで連れてきたのはジェイド、貴方だ。実験の結果も確認せずに患者に薬の投与を認めるのは、あまりに無責任ではないか?」
並べられた5つの薬はどれも液体で、それぞれ薄く青や黄色などの色がついていた。次に黒い布で覆われた木箱を作業台の上に置く。
「それはなんだ?」
「君に運んでもらった帝都の土に白詰草の種を蒔いた。採取場所ごとに分けてある。ここの温室のおかげで思ったより早く芽が出てくれたので助かった。」
布をめくり、芽の出ている小さな素焼の鉢を並べていく。鉢には一つ一つ札がついており、土を採取した場所が印されていた。
並べられた鉢には芽吹いたばかりだというのに、どれも少し色が悪く萎れた芽が顔をのぞかせていた。
「出来るだけ同じ条件で薬を試したいので、同じ場所の土から出た芽を薬の数だけ用意した。つまり、一つの芽に対して試す薬は1種ということだ。何か質問があれば聞くが、なければ始める。」
そう言うなり、ルーチェは一番色の薄い壜の薬を一滴だけ白詰草の芽に落とした。
結果は、どの薬もそれなりの効果を発揮した。
しかし、それはあくまで「それなり」であって、著しく状態が改善されたというわけではない。萎れていた芽にすこし張りが出てきたといった程度だ。
不満げなライルに対し、ルーチェは「強すぎる薬は患者にとっては毒と変わらない。徐々に改善していくことが最善だろう。」とライルにしてみれば楽観的だと思われるようなことを言っていた。
ただ、実験の中でどの薬を使っても何の変化も現れない芽があった。それは、一番初めに倒れた子供の住んでいた地区から採取した土のもので、芽の状態も他のものより悪く見えた。
ルーチェはしばらく考え込む仕草をすると、どこからか黒っぽい液体の入った小さな瓶を取り出し、それを芽に一滴垂らした。
するとどうだろう。今まで萎れていた芽が、見る間に鮮やかな緑色を取り戻し、うなだれるようだった葉を天に向かって広げたのだ。
「団長!?これは……!!」
「すごいな、ここまで効果があるのか……」
感嘆の声を上げる二人をよそに、その変化を見るルーチェの紫の双眸は何故かとても険しかった。