第11話
その後もライルと共に診療所を数か所回り、医師や看護師に詳しい経過を尋ねたが皆一様に快方に向かうという報せは無かった。ルーチェは患者の多い地区の土や水などを小さな壜に入れ、持ってきた鞄に大事に仕舞った。
それらを携えて屋敷へ戻る頃には、すっかり日も落ち辺りは暗くなっていた。
集めた土や水で重量の増した鞄を軽々と持ち上げたライルは、自分で持てると主張するルーチェに「貴女の手伝いをするよう団長に言付かっている」と押し切られた。
「では地下室まで頼もうか」
余計な手間が省けるのは正直助かるので、有り難くその言葉に甘えることにする。
夜の地下室は昼のそれより幾分か不気味さを増しす。両手の塞がったライルの代わりに、ルーチェが月明かりを頼りに備え付けの燭台にマッチで火を灯す。
「ところで、貴女が持ち帰った物だが何か気になることでもあったのか?」
「確証は無い、だが無視して良い物でもない。と言った所だ」
その台詞にライルは鞄を取り落としそうになった。
「原因が分ったというのか!?今までどんな名医を呼ぼうとも分からなかった原因が!!?」
久しぶりに効く彼の大声がさほど広くない地下室に響く。自身も今しがた灯した燭台で手が塞がっていたルーチェは、耳を覆う事も出来ず眉を潜めた。
「確証は無いと言ったはずだが?それと色々と用意してもらいたい物があるのだが。ライル、貴方に頼めば良いのだろうか?」
些か力強く燭台を卓に置き、ルーチェはライルに鞄を机に置くよう指示する。
「あ?……ああ、紙にでも書いて渡してもらえれば手配はしておくが……」
「そうか、では頼む」
さらさらと手近にあった紙に何かを書き付け、それをライルに差し出す。
手渡された紙に目を通すと、数種類の薬草と思われる植物の名前と鉱物の名前が書いてあった。
「明日までに用立てておいてくれ」
鞄を開き、中の壜を丁寧に取り出しながら何でもない事のようにルーチェは言う。
「はぁ!?」
「人の命が懸かっているんだ、当然だろう?」
「しかし、これだけの種類を一晩では……」
「まぁ、冗談だが」
「は……?」
「少なくとも今日明日で急激に悪化する様な病ではない。しばらくは手持ちの材料で何とか試作品は作れるが、それにも限度があるからな」
「貴様!俺をからかっているのか!?」
ルーチェは壜を確認する手を止め、意地悪く微笑んでから答えた。
「何せ私は魔女らしいからな。魔女は人を騙し、陥れ、その不幸を嘲笑う者なのだろう?」
王立騎士団副団長はその笑みを見て一瞬体を震わせた。
ライルの無駄に頭に響く大声に、密かに腹を立てていたルーチェは彼の動きを止めることに成功し、より笑みを深めた。