第10話
白亜の建物の前で止まった馬車は、ルーチェとライルを降ろすと何かに急かされるように足早に去っていった。
流行り病の噂は街中に広まっているらしく、診療所の周りにはほとんど人影は見られなかった。
静かすぎる空気はどこか棘をはらみ、万人を受け入れるはずの診療所でさえ他を拒むかの様にその門を閉ざしている。
ライルに促されるまま押し開けられた扉をくぐり中に入る。詰め所に立ち寄り来訪の旨を告げ、患者のもとへ案内を頼む。
医師や看護師は度重なる騎士の来訪に慣れているのか、その表情を崩すことはなかった。
ルーチェはライルと共に敷地内にある離れへ通された。渡り廊下で繋がった離れの周辺には人の手が入らない所為か花壇の花までうなだれているように思えた。
(眠っている)
ルーチェが患者に対して抱いた感想はそれだけだ。
通された離れの病室には寝かされたまま寝台からピクリとも動かない患者たち。その表情は苦しむ様子もなく、ただ眠りの中にいる様だった。看護師の話を聞く限りでは、夢も見ずにただ眠っている様だということだった。
「この施設に一番最初に運ばれた患者に会わせてくれ」
「こちらの少年です。彼は牛乳配達の仕事をしていたのですが、ある日突然時間になっても起きてこないのを不審に思った家族によりこちらに運ばれました。
病にかかる数日前から体調が思わしくなかったという話も家族からうかがっています」
医師からの説明を聞きながら、ルーチェは少年の手に触れ脈をとる。顔色や体温、瞼の色などを確認しながらルーチェは矢継ぎ早に質問を浴びせかける。
「この患者は運び込まれてどれくらい経つ?」
「そろそろ3カ月になります」
「倒れてから容体の変化は?」
「ありません」
「体温については患者ごとに違いはあるのか?」
「個人差はありますが、皆通常より低めです」
「家族に二次感染した例はあるか?」
「今のところ確認されていません」
「患者の食事はどうしている?」
「一日2回、流動食を」
ルーチェは他の患者の様子も同様に確認していき、紙に書きつける。
その様子をライルは黙って見ていた。
細かに書き留めた紙の束の確認し、ルーチェは病室を後にしようとしたところで足を止めた。
「医師殿、最後に一つ聞かせてほしいのだが……」
「何かありましたか?」
振り向いて部屋を見回しながらルーチェが問う。
「この部屋の花瓶の花はいつ換えたのだろうか」
「今朝です。あら、換えたばかりなのにもう萎れてしまって……」
質問の意図が分らないといった風な医師のかわりに看護師が答えた。
「この病室は何故か花が長持ちしないんです。何でかしら?」
そう言って花瓶を以て部屋を出ていく看護師。
その後ろ姿を、ルーチェは険しい表情で見送っていた。