第9話
ルーチェが王立騎士団、つまり帝国の要請を受ける際に出した条件がいくつかある。
『ルーチェの行動を制限しないこと』
これはすなわち、ルーチェの治療法や薬に関して一切の口出しを禁ずることを意味する。
『作業場は騎士団で用意すること』
これはジェイドの屋敷の一室を借りうけるということで話はついている。
『全てにおいてルーチェは依頼人、及び患者とは対等である。相手が王族や貴族であっても態度を改める気はない』
これらの条件を提示した上で、最後にルーチェが放った言葉にジェイドは難色を示した。
「だからジェイド、私に敬語を使うな」
どうやら彼は女性への態度に厳しい家庭で育ったらしい。
結局、「使わない様心掛ける」ということで落ち着き、現在に至っている。
ルーチェの作業場はジェイドの屋敷にある、今は使われていない地下食糧庫を使わせてもらうことになった。地下室は小さな明かりとりの窓が一つあるだけで、昼間でも室内は薄暗い。
翌日、屋敷を訪れたライルには、「わざわざ辛気臭い部屋を選ばなくても……」と呆れられたが、ルーチェは、「条件がたまたま合致したんだ。問題はない」と一刀両断した。
(調合中に毒物が発生した場合でも簡単に隔離も出来るしな)という本音は隠したままだったが。
ルーチェ自身は魔女で薬師という身であるが故、体を毒に慣らしているため大した害はないが、周囲で死者がでるようなことがあれば、それこそ目も当てられない。ルーチェの密かな楽しみである毒の生成はしばらくお預けになりそうだ。
せっせと棚に持ってきた材料を納める。屋敷の使用人がルーチェらが屋敷に着いた翌日の午前中に掃除を済ませてくれていたため、ルーチェの仕事はそんなにあるわけではない。
束ねた薬草や貴重な鉱物、乾燥させた昆虫等、薬の材料となる物を点検しつつ数量を紙に書き出していく。作業台に並べられた秤や乳鉢、フラスコを物珍しげに眺めていたライルはルーチェに声をかけられるまで本来の目的を忘れていたようだ。ちなみにジェイドは騎士団の仕事で登城している。
「それで、副団長殿はどんな御用時で?」
「!……ゴホン!団長に薬師殿を患者のもとへお連れするよう申しつかった。ここから一番近い診療所に案内する。出かける準備が出来たら声をかけろ」
わざと恭しく声をかけるルーチェに、ハッと我に返り咳払いをしてごまかしたライルは、用件だけを簡潔に述べた。
「ああ、了承した。悪いがそこに掛けて待っていてくれ」
ライルとは第一印象が悪かった所為かルーチェに対しては特に敬意を払うわけでもなく淡々としている。いや、どちらかと言うと冷淡であると言える。
ルーチェとしてはジェイドの様に何の理由もなく優しくされるのには、若干辟易していたのでこの態度は逆に有り難かった。
てきぱきと荷物をまとめ、最後に空の壜を数個鞄に詰めた。
「準備は終わった。案内してくれ」
ライルが呼び寄せた馬車に乗り、ルーチェたちは診療所へ向かった。
昨日はあまり観察する余裕もなかった帝都の街並みを馬車の小さな窓から眺める。ルーチェが知っているノールドの町よりも遥かに大きく活気があるはずなのに、何処か暗い雰囲気をまとっている。
それが流行り病のせいなのか、また別の要因なのかルーチェには分らなかったが、ただ漠然と違和感を覚えた。