異世界への入り口?登るか降りるか。
実体験です。
「天気良いね。散歩に行こうか」
私と18才になる娘は、春休み期間に九州の実家に帰省している。
実家は,ザ.田舎。
信号機がある交差点まで車で10分、1番近いコンビニまで車で20分とかなり不便。車が無いと生活しづらい地域だ。
歳を重ねている両親の家にゲーム機械などあるはずも無く、Wi-Fi接続も無く、パケ代が膨大になるので、スマホはできるだけ使わない生活を送って3日目。
やる事が無くなった。
幸い田舎だけに、自然が豊。
海も歩けばすぐだし、山も歩けばすぐだ。
今日は天気が良くて、涼しいので、父と娘と3人で近くの小さなダムの周りを歩く事にした。
この小さなダム、作られて10年ぐらいたつ。私が小さい頃には無かったダムだ。ダムの一部は、憩いの公園になっていて、今は桜が満開。
犬を散歩させているおじいちゃん、おばあちゃんをちらほら見かける。
「桜の綺麗かねー。おやつば、持って来たらよかったね」「そうだね。綺麗だね」
父と娘は、並んで桜の公園を歩いている。
私は一歩後ろで、その光景を微笑ましく眺めていた。
ダムの公園を歩き、まだ歩き足らなそうな、父と娘は
「このダム、山の中に入るばって、周囲を一周できっとぞ。歩くか」
「えー。どんくらいかかると、坂の急じゃなかとね」
私は、桜を見て満足していた。
「畑道やけん、草むらじゃなか、軽トラの通る車道たい。大体1周1時間ぐらいかかる」
「行ってみたい」娘は目を輝かせている。
「歩いた事あるばって、気持ちよかっぞ」
「わかった、歩こうかね。水ば持って来れば良かったね」
私達3人は、近所の公園に行くラフな格好のまま、車がすれ違えるギリギリの道幅の山の車道を歩き始めた。
ダムの端から、山への車道を歩き出してすぐ、車道を清掃する清掃員さん2人に出会った。
「こんにちは」
「こんにちは」
清掃員さん達は、強風が出る器械で落ち葉を集め、箒と塵取りで落ち葉を麻袋に入れていた。
私達は、歩きながら清掃員さん達の横を通り過ぎて行く。
「清掃員さん、ダム一周、道を綺麗にしてるのかな、大変だね」
私達が歩いている山の車道は、清掃員さん達のおかげで、積もった落ち葉や、滑りやすい苔がなく、歩きやすい道になっていた。
「そうだな。仕事だけど、掃除範囲が広いから腰痛くなるだろうね」
清掃された歩きやすい山の車道を歩いていると、右側にガードレールのある崖、左側はビワの木が植えてある、だんだん畑になっている場所に出た。
今は、ビワの袋掛け時期だか、放置されているビワの木が多い。
「ビワ、もう作って無いのかな」
ビワの木の下は雑草が生い茂っている。ビワの畑を囲んでいる、風邪よけの杉の木には、蔦の葉っぱが絡みついている。
ビワ小屋も、ずっと使われて無いのか、入り口周囲は雑草に覆われ、小屋のトタン屋根は剥がれ、壁は一部穴が空いていた。
「ビワ農家も年とったもんばっかりやっけん、ビワ作れんとやろう」
父が寂しそうに呟いた。
ビワ畑が続く山の車道を歩いて行くと、右手のガードレールの下に、南国て咲くような、大きくて真っ赤な花が一輪咲いている。
「花の綺麗かね。何の花かな。見た事なかね」
「何の花かな、以前秋に一人で散歩した時も咲いとったとね。根っこからほじって家の庭に植えようと思っとたけど、忘れとったね」
父が散歩した秋にも咲いていたらしい、今は春。一年に2回咲く花なのかな、綺麗だけど、木が生い茂り日当たりが悪いのによく咲くね。
私達3人は、たわいのない話しをしながら、山の車道を登って行った。
「はあ、はあ、やっぱりきついね、地味に坂道が膝にくる」
「はあ、はあ、そうやろ。よか運動やろ。もうすぐカーブを曲がれば、水のチョロチョロ流れとる広か場所に着くけん、そこで休もうかね」父も歩くのが辛くなってきた様だ。
山の車道の急カーブを曲がったが、父が言う、水がチョロチョロ流れている広い場所が無い。
「あれ、おかしかね。このガーブじゃ無かったとかな、次のカーブかな」
次のカーブを曲がった先は、落ち葉が車道に落ちており、苔もみられ滑りやすくなっていた。
「水、枯れてしまったとやろか、清掃されとらんね」
私達3人は、歩きにくくなった山の車道をひたすら、登って行く。
カカカカカカカカカカカカカカ
遠くの方で、鳥の鳴き声が響いた。
「何?鳥?カラス?」
「金属がぶつかる音にも聞こえるね」
私と娘は、木が生い茂る崖を見たが、薄暗い崖と木の間には、生物は見えない。
カカカカカカカカカカカカカカ
「鳴き声の大きかね。山に声が響いとるから、遠くて鳴いてるやろうけど、大きか鳥なのかな」
カカカカカカカカカカカカカカ
規則正しく響く鳴き声は、その後も何度か続いたが、大きいカーブを曲がったら聞こえなくなった。
カーブの端に、石の家に入った、お地蔵様が祀られていた。お地蔵の周囲には落ち葉や,苔は無く綺麗にしてある。
「ここに通っている人がいるんだね」
「車で来れば、近かいけんね。今は何も持って来とらん。お供えできんけど、お祈りだけしようか」
私達3人は、お地蔵に手を合わせて、また山の車道を歩き出した。
歩き始めてから30分ほど登ってくると、両わきは、ビワ畑から竹林に変わり、薄暗い山の車道となった。
湿った空気と、カタカタカタと、竹と竹がぶつかり合う音が響いている。
カサ,カサ
「何か通ったね、猫かな、イタチかな」
私達の3メートル先を、小さい生き物が横切った。
「わからんね。動きの早かったけん、よく見えんかった」
私達は、小さな生き物が向かった先を凝視したが、薄暗い竹林しか見えない。
「逃げてったとやろ、隠れとって見えんばい。行こうか」
私達は、また歩き出した。
山の車道をずっと登り続けているので、疲れて会話がない。
「はあ、はあ、はあ」
私達の荒い息遣いだけが、周りに響いている。
「まだ、頂上には着かんかね。きつくなってきた」
「後ちょっとって思うばってん、前は、こんがん登って来たなあ」
父が秋に歩いた時は、1時間ぐらいでダムの周りを一周できたのに、歩き続けて1時間ぐらいになる。もう下り坂になっても良いんじゃなだろうが。
でも、道に迷っていない。横道の畑道は砂利。セメントの車道は一本道だからだ。ずっとセメントの車道を歩いて来た。
「何の臭い?なんか臭くない」
「本当だ、何か臭かね。家畜を飼ってるんだろうか」
「こんがんところで飼ってなかやろう、山ん中過ぎるし、だんだん畑で、急斜面ばい。家畜ば育てる広いスペースはなか」
「そしたら何の臭いやろう」
山の車道を登って行くと臭いが強くなる。
私達は少し緊張しながら、無言で足早に歩いた。
薄暗い竹林を抜け、太陽の日差しが差し込む広い場所に出た。山の車道の脇には、大木で作られたベンチが置かれている。
「ここが、頂上かな」
「そうやろうね。ベンチ前は無かったけどね。誰かが作ったとやろう」
私達3人は、緊張と疲れで、ベンチに腰掛けた。
いつの間にか、嫌な臭いも無くなっていて、ほっとひと休み。
「さあ、降ろうかね」
私達は、10分ほど休んで、山の車道を降り出した。
少し歩くと2つの分かれ道に差し掛かった。
どちらもセメントで作られた山の車道。
立て看板があり、登る方の立て看板は板でできていて年季が入っている。
「なんて書いてあるだろう。字の掠れて読めんね。漢字かな?カタカタかな?日本語じゃなかこど見える」
「〇〇教会って書いてない?」
「こがんとこに教会は無かったぞ。昔は違う山の中に教会のあってシスターもおったけど、もう40年前の話しばい。今、教会は取り壊されて跡形もなか」
「こっちに移ったとじゃなかと」
「んー。移ったって話しば聞いた事なかね」
「「「…」」」
「行ってみるね?」父は気になるようで登りたそう。
「どっちでも良いよ」娘は、まだまだ元気だ。
「登りやろ、もうきつかけん行かん」私は、正直バテバテ。これから降らないといけないのに、まだ登るなんて考えられない。
「仕方なかね、そしたら降りようかね」
私達3人は、降りの立て看板に書かれている『宮崎ダム』の方に向けて歩き出した。
降りの車道は、景色が良い。宮崎町を一望でき、海と山のコントラストが綺麗だ。
景色を見ながら降りて行ったら、いつの間にか山の車道に落ち葉や苔が無く歩きやすい道になっていた。
私達3人は、そのまま何事も無くダムに到着し、家路に着いた。
異世界に行く道があるならこんな感じだろうな。
読んで頂きありがとうございました。




