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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
始章
9/51

炎艇編4

 対鶴長の船へ連れてこられた群青は、船の大きさに驚き、帆を仰いだ。


「でけー」


 大きな帆船は乗組員四十名ほどで、運ぶ荷物は各集落の皇族への献上品や、外国からの珍品ばかりというからまた驚きだ。しかも対鶴長はこの帆船の船長であるという。この若さで、どれだけの金と人を管理しているのかわからない。やはり対鶴長は使えると、群青は思った。


「おい、水もってこい」


 対鶴長は甲板に居た乗組員の一人にそう告げた。いくらも待たないうちに桶へ入った水が出てきて、一体何をするのかと思いきや、


「うぉわっ!」


 船の帆が上げられるのを興味津々に見つめていた群青へ、ためらいもなくぶっかけた。なみなみと入っていた水は空になり、群青の頭からは水が滴り落ちている。


「ふざけんな!お前、俺の正体に気付いてるんだろ!」


 慌てて頭を隠そうと腕を伸ばした群青に、対鶴長は飄々と言ってのけた。


「わめかずともよい。船の上は人目につかない。船員にも俺が口止めしてやる。噂に聞く鮮やかな色を見ずじまいとは勿体ないだろう。まさか仕置きが怖かったか?あれは冗談だ」

「誰が怖いか!俺で遊ぶなっ」


 染め粉は水に弱く、雨でも落ちてしまうことがある。今のように水をかけられるなど、非日常的で、何度もあることではないが、水に弱いことはつくづく困りものだと群青は思った。滴った水は灰色に濁り、染料が落ちた髪は斑に青く変化した。中途半端に色が落とされるくらいならいっそ元の青い髪に戻してしまいたかった。これでは長老の髪も笑えまい。


「涙由の見立ては間違っていないようだな」

「涙由?」

「例の友人の名だ。元は花冠の生まれだが、今は別の集落に居る」


 対鶴長は群青の髪の一筋を触りながら言った。風呂を貸してくれると言うので、群青は大人しく髪を触られていた。


「見事に真っ青だな。まことにこれが人の髪か。鸚鵡の羽のようではないか」

「鸚鵡って言うな。弦莱の者は皆色とりどりの髪をしているぞ。俺などまだ地味な色だ」


 風呂場への道すがら対鶴長は感嘆の声をもらした。群青でこの驚きようでは、浅葱などどうなるのだろう。群青が深い海の色なら、彼は青空のように青い色である。


「涙由ってのは何者だ?」


 風呂へ案内された群青は、脱衣所と廊下を隔てる扉越しに対鶴長と話を続けた。群青を見張るつもりなのだろうか、案内を終えた対鶴長はこの場から去ってもおかしくはないのだが、廊下に残って群青へ話を続けている。群青は濡れた衣服を脱ぎ捨てながら問うた。


「奴は花冠皇宮で皇子の世話を仰せつかっていたことがある。皇子とは旧知の仲だそうだが、花冠皇にとっては邪魔者だったのだろうな。今は遠くの地で、花冠の旧友から皇子の動向を聞かされているばかりだ。お前のことも、先日飯屋で暴れた件が花冠皇宮に知らされ、皇宮に残っていた涙由のかつての同僚が、涙由に知らせてくれたらしい」

「それで、あんたは、」

「俺は涙由に頼まれて、月旦皇子とお前を探していた。幸い皇子の居場所はうちの奴らが相功の船に連れ込まれるのを目撃していた。残りはお前の行方だったが、それも程なく見つかったな。お前はおそらく自覚していないだろうが、髪を染めたくらいでは正体はごまかせないぞ。お前の青い目は遠目にも目立つ。その上派手に暴れまわれば、勘の良い者にはお前が彩色一族であると勘付かれる。お前の力は普通の少年のそれではない。今までよくも弦莱へ連れ戻されなかったな」


 瞳が目立つとは思いもしなかった。さすがに目の色を変える技術は弦莱はおろか、俗氏にもありはしない。自分の力が強いのではなく相手が弱いのだと思っていたが、もしや、怪力というのが一族の特色でもあったのだろうか。彩色一族皆がそうであるなら、群青に気付けるはずもない。


「目立たないように、俺だって気をつけていたつもりだ」

「それじゃあ変わらず目立たないように気を配るべきだ。月旦皇子を傘下へ入れた途端、気が緩んだか。お前の目的はなんだ。皇子を側においてどうするつもりだ」

「…涙由ってやつも、俺の目的までは気付けなかったようだな」


 群青は対鶴長に見張られながら湯につかり、事のしだいを話す羽目になった。対鶴長を味方につけるには己の正体と事情を説明する必要はあるが、風呂に入りつつ話をするというのは己が無防備であるがゆえに心地のよいものではなかった。対鶴長には大きな態度に出ても裏目が出てしまう気がする。牙を剥こうとけしかければ、逆に牙を剥かれて、喉元へ噛み付かれそうになる。


「おお、見事だな」


 風呂から上がった群青に対鶴長はそう言った。斑ではなくしっかりと青い髪へ戻った群青は、己でもその姿を目にするのは久方振りであった。確かに灰色の髪ばかり見ている外の人間にしてみれば群青色の髪は珍しく思えるかも知れない。群青は自分が灰色の髪に慣れ始めていることを少しだけ嬉しく思った。すっかり、外の世界に感化された気がする。この色を珍しいと思う自分がいるとは思わなかった。

群青は見事と言われたことには何も反応を示さず、無言で巻物を差し出した。


「これが例の巻物か」

「嘘かどうかは俺にもわからない。可能性があるうちは月旦を弦莱へつれて帰るつもりだ。何も、とって食うつもりも、傷つけるつもりもない」

「それを聞けば涙由も安心するだろう。奴は皇子の無事ばかり祈っていたからな」

「そういう過保護な家臣に育てられたから、月旦は世間知らずで無防備なんだな」


 巻物を眺め終わった対鶴長は、巻物を巻きなおしながら群青の言葉に苦笑した。


「確かに、奴は過保護すぎるが、それを本人に言えば烈火のごとく怒り出すだろうな」


 巻物を群青に放って返した対鶴長は、無言で廊下を進んでいく。群青もいつまでも風呂場の前の廊下に立っているわけにもいかないので、その後へついて歩いた。すれ違う船員が群青の髪を横目で眺めていく。その視線に居心地の悪さを感じつつどこへ行くのか、対鶴長へ尋ねた。


「お前にいいものをくれてやろうと思って。水にも落ちない染め粉だ」

「そんなもの、あるのか?」

「外国の品だ。少々髪を傷めるかもしれんが」


 対鶴長は船長室と書かれた部屋の扉を空けた。中には大きな机と、寝台が置いてあるばかり。調度品もなければ、金庫もない。金の臭いの全くしない、質素な部屋だった。連れ立って部屋へ入ると、対鶴長は円筒形の瓶を群青へ寄越した。


「ああ、ついでにこれもやろう。目の色までは変えられんが、悟られにくくは出来る。眼鏡というらしい」

「へぇ。珍妙な品だな。これも外国からか」

「まぁな」


 対鶴長は机から紙を取り出し、筆で書き物を始めた。涙由とやらへ報告でもするつもりだろうか。


「夜になったら皇子を迎えに行こう。弦莱の皇にと言うのなら、月旦皇子には丁度よいかもしれない。皇子の居場所はもはや花冠には無い。かわいそうだが国許を離れるにはよい機会だろう」

「俺の話を信用するのか」

「お前の言い分もわからなくも無い。何ゆえ彩色一族ばかり弦莱へ留まらねばならぬのか、よく考えればおかしなことだと思う。子供の癖に、よく行動を起こそうと思い立ったな。偉いぞ」


 あまり素直に褒められるとむず痒くもあった。照れ隠しに大きなため息を吐いて群青は船長室を後にした。が、部屋を出て数歩で、踵を返す。


「ついでに、俺たちを番司まで送ってくれないか」


 扉から顔だけを覗かせて群青は言った。書き物から顔を上げた対鶴長はまたも苦笑する。


「お前、世渡りが上手いと言われるだろう」

「まぁな」

「仕事を手伝うなら乗せてやらないこともない。番司には遠回りになるけどな」

「いい。一刻も早く弦莱へ帰るつもりだったけれど、気が変わった」

「なんだ、船乗りにでもあこがれたか」

「船乗りじゃなくてあんたにだよ。その剣技はどこで覚えたんだ?俺は体術しか知らないから、あんたの剣に興味が湧いた」

「…教えを乞いたいならまずあんたと言うのはやめろ。俺は対鶴船長、大抵は対鶴長と呼ぶ」

「対鶴ってのが本当の名なのか。道理でおかしな名だと思った」


 対鶴長は笑みを零す。それに違和感を感じつつも、何ゆえ笑ったのか群青には察することが出来なかった。

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