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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
承章
50/51

要郭編17

「じゃあ、ここで俺たちと鉢合わせしたのは、偶然だったってことなのか?」


 黙り込んでしまった月旦の代わりに、今度は群青が口を開いた。朔白は群青の顔をじっと見つめると、


「お前たちの動向は花冠の忍ぶ者たちに見張らせていた。お前たちが船を降りて輝麗や翁円、番司に立ち寄ったことは私の耳にも届いている」


 先ほどまでの楽しげな表情は薄れ、至極真面目な顔つきになってそう言った。


「要郭を訪れ、この目で見たいと思っていた矢先に、お前たちが要郭へ向かっているらしいと知らせを受けた。それならば今、何もかもやり遂げておきたいと思ったのじゃ」

「やり遂げたい?」


 群青は聞き返す。朔白は遠くを見つめるような目をした。


「一つはそなたを試すこと。番司で小娘に施した術は、そなたの忠誠心を見定めるために行ったのじゃ。そなたがどれくらいの本気で、我が弟を連れまわしているのか知るためじゃ」

「………俺を試して、どうするつもりなんだ。あんたらは月旦を憎んでいるはずじゃなかったのか?」


 群青は思った。朔白姫は本当に、月旦を大切に思っているのではないか、と。朔白の言い方は、まるで不貞な輩を大事な弟に近づけさせたくないとでも言いたげだった。


「月旦をこの世から消し去りたいのは、我らが父だけじゃ…。あの者は玉座に陶酔している。子を生し、跡継ぎが生まれても、子に玉座を譲る気などなかった。あの者は生涯皇でありたいのじゃ。だから月旦に難癖をつけて追い出した。私がなれるのは女皇だからな…皇の地位は生涯父のものだ」


 姉の口から自分の名が出たことで、月旦は再び顔を上げた。父や姉の本心など、月旦は知らなかった。父が玉座に執着していたことさえ、月旦は知りもしなかった。

 長年の疑問が解けつつあった。自分は嫌われて捨てられたのではなかった。憎まれていたわけでもなかった。姉の言葉を自分の中で反芻して、月旦は複雑な思いで居た。自分は長い間、どれだけのものを見過ごしてきたのだろう。


「情けない…あれが父かと思うと嫌気が差す。手にした地位を守れさえすれば民など省みないのじゃ。花冠の民に問うてみよ。皆あの父皇には辟易している」

「どうして、」


 姉の言葉を遮るように、月旦が呟いた。


「どうして俺には何も聞かせてくれなかった?俺は今の今まで、花冠は豊かな国だと思っていた…!民が不満を抱えるような国だなどと、」

「お前に何も知られぬよう、手を回すのは骨が折れたぞ」


 朔白は月旦を見つめた。月旦の瞳が一際大きく見開かれた。


「わざと…悟らせないように……?」


 朔白は無言で答えた。驚き狼狽する月旦に、随訓が告げる。


「お前は俺たちの希望だった。花冠皇は誰かが忠告してまともになるような人間ではない。花冠を立て直し、あの父皇に喝を入れるにはどうすればよいか、俺たちなりに考えた結果が今だ。作戦は順調に進んでいるぞ」


 随訓は声をあげて笑った。つられたように朔白もクスリと笑う。だが次の瞬間には、策略を練る女皇の真剣な目つきになっていた。

 形のよい朔白の唇が紡いだのは、


「父皇は皇子が生まれたときから、どうすれば皇子を追い出せるのか、そればかり考えていた。我らはそこで考えた。いっそ、皇子に外の世界を経験させ、花冠皇よりも立派な人間にさせられれば、あの腐った思考を正すことができるのではないか、と」


 月旦にとって思いも寄らない、そんな言葉だった。

 朔白が一区切りつけると、今度は随訓が語り手になった。月旦は顔の位置を変えずに、視線だけで姉と義兄を交互に見た。


「子供の頃お前に施した悪戯の数々は、俺たちなりに考えたお前への試練だった。いずれは父皇よりも立派な人間にと、それだけを考えていた」


 と、随訓は言う。すると次は、朔白が口を開く。


「お前が十二になったとき、父皇はとうとうお前を追い出すことに成功した。追い出すだけでは飽き足らず、命を狙い始めたときはさすがにいかがしようと思ったが、我らは幸運に恵まれていた。妙な小僧が言われも無しに月旦のそばをうろつき始めたのじゃ」


 自然と、朔白や随訓、茴香や浅葱、月旦の視線が群青に注がれた。群青は皆に見つめられて気恥ずかしいのか、らしくも無く咳払いを一つした。


「そなた、月旦の用心棒だと名乗ったそうじゃな?」


 朔白は卓の上に肘をついて身を乗り出す。喜んでいるのか怒っているのかわからない無の表情で、群青にそう言った。

 月旦の用心棒と名乗ったことは、確かに何度かあった。群青は短く「ああ」と答えた。


「概要は茴香から聞いている。そちらの浅葱色を見せられては、嘘とも言えぬ。そなたらの言う弦莱やら彩色一族とやらは実在するようじゃ。実際会うまで疑わしいことこの上なかったが………」


 朔白はそこで言葉を切った。その視線の先には群青が居る。群青は自然と身構え、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「番司の一件しかと見させてもらった。弦莱に我が弟、くれてやろう」


 朔白がそう言うと、随訓や茴香は朗らかな笑みをみせた。一方月旦は複雑な心境で喜ぶに喜べない。どちらかと言えば、今は困惑の方が強いのだろう。浅葱は我関せずを決め込んで俯いたまま、これから先の未来を思って憂いているのかもしれない。そして当の群青は、何を思ったか含み笑いを始めた。しばらく肩で笑っていたかと思うと、次第に声をあげて笑い始めた。

しばらくの後、群青は笑いを収めると、


「悪いな、やっぱり思った通りになったと思ってさ」


 と言った。


「俺はあんたらの言ってることが理解できる気がする。俺は弦莱を変えたい、あんたらは花冠皇を、そして花冠を変えたい。それには月旦が必要だ」

「そうじゃな。我らの考えはどこかで交差しているのかもしれない。我らはいずれ月旦を花冠皇よりも立派な皇にと考えていた。そなたらの弦莱で月旦が皇になれば、万事上手く納まる」


 群青と朔白は同士を見つけた喜びで、互いの手を取り合わんばかりだった。


「俺は、物ではないぞ」


 面白くないのは月旦だ。朔白や群青に物か何かのように形容され、思わずそう呟いた。それでもその顔には苦笑まじりの笑みが浮かんでいた。

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