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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
始章
5/51

花冠編4

 余裕綽々の群青だが、実は丸腰である。鉤爪に素手で対抗するのは無謀にも思える。野次馬も同じくそう思ったのか、鉤爪が群青に触れる寸前で、悲鳴や助けを呼ぶ声が聞こえた。


 ガキィィン!!


 鈍い金属音。群青は鋼の刃を己の腕にはめた手甲で受け止めた。この手甲は牙城の牙でも傷一つつかず、鋼の刃をもはじくのだった。はじかれた鉤爪もただではすまない、すばやく切り返して、手甲に守られていない生身の肌を狙ってくる。群青は獣のようなしなやかさで次々と攻撃をかわしていく。だが、逃げてばかりでは駄目だ。案の定壁際へ追い込まれてしまい、もはやここまでと思われた。やはり丸腰では武器に敵うはずもないのだ。


「バーカ。気の緩んだ時がお前の負けだ」


 確かに、群青を追い詰めたと思った男は、そこで一息ついてしまった。ここまでくれば勝ち目はないと決め付け、気を緩めたのは紛れもない事実。刃へ込められた力がわずかに減る、このときを群青は待っていた。からかうように男を挑発する群青。怒りに目を見開いた男、だが時すでに遅し。

 男の手の甲にはめられた鉤爪は、群青の手甲に押し返され、勢いづいてはね跳んだ。制御の利かない腕は力のままに暴れ周り、鋼の刃はもはやただのおもりと化した。はね跳んだ腕は明後日の方向へ捻じ曲がる。群青ははじいた時に腕へ回転をかけ、遠心力も加えて強大な圧力で押しやり、男の腕をへし折った。


「ぎゃああ!!」


 男が悲鳴を上げて腕を押さえた。その場に蹲るところへ、群青は追い討ちをかけた。何の躊躇いもなく、蹲った男の頭を蹴り上げ、反対の壁際まで吹っ飛ばす。これだけ見ればどちらが悪人かわからない。蹴り上げた群青は笑みさえこぼしているのだから。別の円卓を巻き込んで、男は壁板をその背でへし折りながら突っ込んだ。息を呑んだのは野次馬。群青は鼻を鳴らして腕を組んだ。野次馬が心配するのはもはや群青ではなく、男の方だった。


「おら、どうした。もう終わりか」


 群青はまたも挑発する。だが、男の耳には、その声が聞こえていなかった。すでに気を失っていたのだ。


「花冠の野郎はやわだなぁ」


 手ごたえの無さに眉根を寄せた群青に、野次馬は冷ややかな視線を向ける。あれではどちらが悪人かわかったものではない。先に襲ってきたのは向こうとはいえ、月旦も無傷である。未遂に終わった上、群青に痛めつけられただけのようにも見える。皆、刺客を憐れと思った。


「すまないな。店の修理代は払うから、このことは内緒にしてくれ」


 群青はくるりと踵を返し、事の発端ともいえる飯屋の娘に、床へ転がった金貨のいくつかを拾って寄越した。娘はまるまるとした指のついた手で金貨を受け取り、呆然とした様子で群青を見つめ返す。内緒も何も、これだけ派手に暴れ、その上野次馬もごまんと居たのだ。内緒になど出来るはずもない。娘は外にふれまわったりしなかったが、後に花冠の街に噂が広がったのは言うまでも無かった。それが皇の耳に入ることなど無論である。


「ほら、月旦。いい加減に正気になれ」


 群青は立ち尽くす月旦の頬を裏手で軽く叩いた。まだぼんやりとはしていたが、とりあえず人形から人間に戻った月旦は、頬を叩く群青の手を払いのけた。けれど群青のことなど目に入らないのか、足元に絡みつく牙城の頭を撫で、屈んで牙城を抱きすくめた。まるで子供が気に入りの人形を抱いているように見えた。


「お前は赤子か。花冠などどうでもいい、帰らないと啖呵たんかをきったのはどこのどいつだ」

「…うるさい」

「いいから立て。出立するぞ」

「俺に…!」


 命令するな、そう言いかけた口が反射的に閉じる。群青を怒らせたら恐ろしいことになると、月旦は肌で感じていたのだ。


「…………」


 月旦は無言で立ち上がった。悔しいので群青とは目を合わせない。そのしぐさすら群青には子供のように見える。失笑を抑えて、月旦に背を向けて歩き出す。背で月旦の気配を感じ取りながら、ゆったりとした足取りで飯屋を後にした。野次馬たちが潮の引く波のように群青と月旦の行く手から遠のいたのは言うまでも無い。

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