要郭編11
花冠御史の茴香と対峙した群青は、事の次第を始めから語った。言わなければ背の怪我は見捨てると茴香に脅されたことも一連の事情を話した理由の一つだが、落ち着いて話し合う機会が得られるのならむしろ好都合だと、群青は今の状況を好転的に捉えた。いっそここで茴香を味方につけ、花冠と月旦のいざこざを無くせれば万歳だ。と言っても、そう上手くいくと群青は思っていない。花冠と月旦の事情は、月旦伝いに聞いたに過ぎず、よそ者の自分が口を挟んで解決できることならば、とっくの昔に解決していたに違いないと思ったからだ。
「つまりはあなたに、花冠を脅かす意図はないと、そう申されるのですね?」
茴香と群青は庚家の庭に腰を下ろしていた。月明かりで互いの顔は十分に見えた。茴香は群青が語っている間、睨みつけるように上目遣いに群青を見ていた。自分はまだ群青に心を許してはいない、隣に腰を下ろしているからと言って、気を緩めるなと言われているような気がした。
「脅かす気なんて、さらさらない。あんたの朔白様に危害を加えるつもりもないし、俺はただ月旦に、弦莱へ来てもらいたいだけだ。あいつを役立てられる場所が弦莱にはある…殺す必要なんてないと思わないか?国を追われ、帰る家を失った、皇族の証だって今はもうないんだ。そろそろあいつを自由にしてやってくれよ」
群青の言葉は説明ではなく訴えに近い。月旦は十分つらい目にあってきた、そろそろ解放してやってくれと懇願する群青を、茴香は冷ややかな目つきで見つめ返した。
「朔白様の真意は、朔白様にしかわからない……私には何もできません」
茴香はふいに天を見上げた。二人の頭上には満月が昇っていた。風もない穏やかな夜だ。腹の内を探り合っていた時は、緊迫した空気が二人を包んでいたが、互いの正体を明かしあった今、妙に落ち着いた雰囲気が辺りには満ちていた。敵同士と知った今だからこそ、緊迫してもよいはずなのだが。
月明かりが照らした茴香の顔が、一瞬だけ悲しそうに見えた。それは月旦に対して何もできないことを嘆いているわけではない。朔白が茴香へ何も知らせなかったことを悔しく思っているのだろう。
しばらくすると、茴香は再び群青を見つめ、はっきりとこう言った。
「あなたの言う彩色一族や弦莱という土地は、聞いたことがありません。あなたの言葉は、今の時点では信用に値しない。立場はどうあれ、あなたが連れまわしているのは朔白様にとっては血のつながった実弟です。得体の知れない輩を朔白様の血族に近づけるわけには参りません」
「…消したい相手を心配するのか?矛盾してるじゃないか」
「私には朔白様の真意はわかりません。念のためです。証拠はありますか。あなたの言葉を裏付ける確固たる証拠は」
茴香は身を乗り出して群青へ詰め寄った。ふと家臣と姫君の伝説について書かれた巻物のことが群青の頭を過ぎったが、今の茴香の様子では捏造だと言って信用してもらえない気がした。他に確固たる証拠といえば、
「俺自身が証拠。月明かりじゃ判りづらいけど、俺の目は色を持ってる。俗氏の人間は灰か黒、だけど俺は名の通り群青だ」
互いの距離が近づいた。身を乗り出した茴香に、群青は顔を近づける。
「あんたの目は黒に近いんだな…」
群青がそう呟くと、茴香はハッとして身を引いた。
「…わかりました。確かに、見たことのない瞳です。暗闇が広がる前の、深い群青の空のような」
「空か……」
茴香の感想に、群青は笑みをこぼす。笑みと言っても、苦笑に近かった。空と聞いて群青が咄嗟に思い浮かべたのは、夕暮れの空ではなく晴天の、雲ひとつない真昼の青空だったからだ。
「……ここで諦めるわけにはいかない。早いとこ動けるようにならないといけないんだ」
群青は茴香の両肩を掴んだ。身体を動かすと背に走る痛み。天帝が、ここで諦めろと言っているのかもしれない。
「敵味方は忘れてくれとは言えないけど、あんたしか頼れないんだ」
茴香は真剣な様子の群青に戸惑った。常は飄々としているくせに、時々ふと真剣な眼差しを見せる群青に、なぜだか「ずるい」という言葉が浮かんできた。この少年はずるい。無意識に人の心を左右する術を身につけている。
茴香は視線を左右に揺らしていたが、しばらくして、コクリと頷いた。
「…朔白様に害が及ぶとなれば、刹那も躊躇わずにあなた斬る方の元へお連れします。私の指示に従って、何があっても逆らわないと約束してくださるのであれば、悪いようにはいたしません」
「それで構わない。約束する」
群青は即答する。青と黒の瞳がかち合った。どちらも揺れ動くことなく、時が止まったようにじっと互いの色を見つめ続けていた。
たまには群青サイドにも艶っぽい話をと思ったんですがッ
月旦サイドは鋒琳とのあれそれが艶を帯びてたし…(あれは帯びてると言えるのか、果たして)