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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
始章
4/51

花冠編3

 下山した一行は群青の提案でとある飯屋に赴いた。


『腹が減っては何とやらと言う話だ。弦莱はちょっと遠いからな。装備を整えて行こう。金はある』


 と言って、群青は懐から両の手のひらで持ってもあまりあるような、ひどく重い麻袋を取り出した。大きなつり目を見開き、麻袋を指差した月旦は平然とした様子の群青に尋ねる。


『これ…もしかして金貨?』

『ああそうだ。立派な大金だろ』

『一体どこから』

『ん?道中に一儲けしてな。手法は企業秘密だ』

『……………』


 この少年は戦闘の才だけでなく、金円の才にまで恵まれているのか。月旦は花冠の皇族だが、生まれてこのかた、このような大金を見たことがなかった。花冠は才華の中では五本の指には入る大都市だが、経済的には悲鳴を上げているのが実情だ。おいそれとこのような大金を出せるような状況にない。この額は単なる一儲けで手に入る額でないことは、月旦にもわかった。群青は末恐ろしい少年だ。

 ごくりと生唾を飲み込んだ月旦を、腹が減ったが故と勘違いしたらしい群青は、膨大な量の料理を注文し、飯屋を大いに混乱させた。餃子が何皿、桃饅頭がいくつ、豚の丸焼きが何頭で、米が何升…群青が注文を追加するたびに月旦の顔色は青ざめていく。一体この料理の山を誰が消費するのだと。無論、金の心配ではない。腹の具合を心配してだ。

 だが群青は注文の品が届いた側からどれも綺麗に平らげていく。とても巨漢には見えず、むしろ細身にも思える群青だが、胃の腑は馬鹿に大きいらしく、手品か妖術かと思えるほど気持ちの良いくらい次々に皿を空けた。


『早く食べないと、なくなるぞ』


 言われて、月旦もようやく箸を手に取った。牙城は食卓の下で群青が食べ終えた豚の骨を齧っている。骨にしても小山が出来るほどの量である。身があったときは、一体どれほどの豚であったのだろう。

 しばし無言で飯をがっつく二人であったが、飯屋の娘の悲鳴に箸を止めることになる。


「きゃあああ!!!!!」


 そうして、現在。


「!?」


 悲鳴を上げたのは飯屋の娘、料理人の玲泉れいせんだ。歳の頃は十七、八。小柄で小太りの、いかにも食うことが好きそうな娘である。

 桃饅頭を口に突っ込みながら席を立ったのは群青だ。口を蠢かせながら、月旦にも立つように促す。月旦は丁度、最後の餃子を自分の小皿に取り分けたときだった。銀の箸を持ったまま娘の下へ駆けつける。悲鳴は厨房から聞こえた。


「どうした!?」


 桃饅頭を飲み下した群青は娘に問うた。けれど娘は床へへたり込んで天井を見上げているばかり。


「何があった?」


 群青が娘の肩をゆすって尚も問う。娘の肉付きのよい肩は、掴んだ群青の指の間から肉をはみ出させている。娘は肩を掴まれたことで、ようやく覚醒し、群青の目を見た。


「ひ、人……」

「人?」

「天井に、人が…」


 高い天井を見上げると、確かにそこには人がいた形跡があった。柱にわずかだが鉤爪のあとが残っている。だが、人影はもはや無し。


「何奴だ…」


 怪我のなさそうな娘に安堵し、群青は月旦を振り返る。月旦の足元には牙城がへばりつき、鼻息も荒々しい。どうやら牙城は月旦を守っているつもりのようだ。その様子を微笑ましく思い、群青は牙城の頭を一撫でした。豚の骨で気をよくしたのか、牙城は群青の手のひらに鼻を擦りつける。虫のいい牙城に月旦はため息を吐いた。月旦は群青に敵わないと思いつつ、圧倒的に負けていることが悔しくてたまらないのだ。

 娘が大事無いことを確認して、一息ついた二人であったが月旦ははたと気付く。


「お前、あの金貨はどうした…」

「どうって、食卓の上に、」


 置きっぱなし、である。

 青ざめる月旦に群青は何食わぬ顔だ。


「まずいぞ!もしや金貨を狙って…!」


 駆け戻る月旦。牙城も早足で主人の後を追う。金のことなどどうでもよいのか、群青は悠々と歩いて、二人の後をついていく。

 金貨が奪われれば、あの大量の料理の支払いをいかがする。妙に庶民的な月旦だが、花冠の財政難は今に始まったことではない。月旦は幼少の頃より贅沢は敵と教えられて育った。花冠の繁栄は涙ぐましい努力によって培われたのである。

 月旦が食堂へ一歩踏み出した、そのとき、


「月旦!!!」


 叫んだのは群青だ。月旦の頭上から人間が、


「!?」


 音も気配もなく降ってきた。

 悲鳴を上げる他の客たち、道行く人々も扉を開けて何事かと店の中を覗いている。店の窓から外へ出ようと、大胆に行動する者もいる。


「グヴォン!!!」


 大きく吼える牙城。降ってきたものが何であるかもわからず、月旦はとっさに腕で頭を庇った。が、庇った腕には何も触れない。空気の動きを感じただけだ。

 次いでいくつかある食卓の、どれかががしゃりと崩れる音がした。皿が割れ、誰かがうめき声を上げている。そこまで聞き届けてから、月旦は自分が目を瞑っていることに気がついた。驚きのあまり目を閉じてしまったようだ。

 目を開けると、食卓は無残なことになっていた。しかも見事に自分たちの居た食卓である。群青が空にした何十枚もの皿が床で粉々になり、自分が食べようとしていた餃子は吹っ飛ばされた人物の尻の下に敷かれている。手をつけていなかった茶器からは湯気の立つ茶がこぼれ、桃饅頭も埃にまみれて茶色になっている。なにより朱色の円卓が真っ二つだ。

 落ちてきた人物は、頭巾で顔を隠し、腰に刀を差した男だった。間違いなく戦闘するため格好だ。しかも顔を隠し、天井に潜んでいた様から、誰かを傷つけ、または殺す目的であるように思われる。男を吹っ飛ばしたのは月旦の背後に居た群青で、蹴り上げた右足は未だ月旦の頭上で高く上げられたままだった。頭の上の群青の足と、部屋の隅に吹っ飛ばされた男を交互に見やって、月旦はようやく状況を飲み込んだ。


「どうやら、狙いは金貨でなくお前みたいだな」


 足を下ろしながら群青が言う。そのとおりと言うように、真っ二つになった円卓の周りに金貨がいくつか転がっていた。男が吹っ飛んだ拍子に一緒になって吹っ飛んだのだろう。


「さしずめ、花冠の皇族のめいって所だろう。お前も、血族に殺されかけるなんて、かわいそうなやつだな」

「…父上が…?」


 何ゆえ、と月旦は思った。それほど自分が憎らしいか…。心のどこかで花冠を捨てられずに居た月旦は一瞬にして絶望した。もはや口先だけではない、本当に花冠には、自分の居場所は無くなったのだ。


「追い出されたお前が、皇族を恨んで悪さをすることを危惧したか…こんな箱入り皇子にそんな大それたことができるかよ」


 群青の嫌味も、月旦の耳には入らない。さすがにいじめすぎたかと、群青は月旦の顔色をうかがったが、その目は虚ろなままだった。


「とことん箱入りだな…」


 群青はため息を吐く。この少年が、本当に弦莱を救うのだろうか。自分が一年もかけて探した結果がこの少年…この気位だけは高いくせに、中身の伴わない我侭皇子なのか。

 虚ろな月旦の肩を引き、群青は前へ躍り出た。自分の背後で呆然としている月旦など放っておけ。とかく今はこの刺客を丁重に花冠皇宮へ送り返さなくては。


「貴様、何者だ…」


 問うたのは刺客の男。腹を押さえ、吐き気を飲み込みながらゆっくりと問う。群青の右足から繰り出された蹴りは、いかほどの破壊力だったのだろう。大の大人を吹っ飛ばし、内臓に打撃を与えるとは。


「俺は青彩。皇子様の用心棒だよ」


 いつの間にそんな話になったのか。けれど確かに、遥か昔は姫と従者の間柄。あながち間違いとも言い切れない。


「皇子に近づきたいなら俺を倒してからにしな」


 よろよろと立ち上がる刺客の男に勝ち目はなさそうではあったが、手負いで逃げ帰ったのでは花冠の皇に罵られ、或いは首を刎ねられるかもしれない。男にしても後には引けない。ここで散るか、皇宮で無様に首を刎ねられるか、二つに一つ。

 男は鉤爪で群青に襲い掛かった。

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