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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
承章
37/51

要郭編4

「消される…?」


 群青は案外冷静に、浅葱へ聞き返した。


「花冠女皇は、自分に弟が居たことすら無かったことにしたいと思ってる。御子が消されるのは目に見えてるよ」


 浅葱は急いていた。遥か昔の過ちとは言え、咎人である自分たちが外の世界を出歩いていることに、恐怖を感じてならなかった。もし、自分たちの正体が外の人間に知られれば、俗氏大国に波風が立つ。穏やかに暮らしたいのならば、自分たちは弦莱を出てはならないのだ。


「なら、尚更、俺は弦莱へ帰れない」


 群青は浅葱に言い放つと、引かれた右手を振り払った。空いた群青の右手はそのまま剣の柄へと伸び、いつでも抜刀できるように、身構えられる。


「何を考えてるのさ…僕を斬るつもり?」


 浅葱は冗談はやめろと首を横に振る。


「何も無かったことになんて出来ない…あいつには帰る場所なんて無いんだよ」

「じゃあ、弦莱が御子の帰る場所なの?始めはよくても、弦莱と外の世界が繋がれば、いつ過去の過ちが俗氏に広がるかわからない。そのとき僕らは一体どうなる?避けられてまた孤立するだけ…最悪の場合、戦になるよ。封じられた過去を皆が知らない今なら、まだ戻れる。今までどおり、僕らは僕らで穏やかにやっていけるんだ。御子の為に穏やかな今を失くすなんて、僕は反対だ」


 群青は無言で静かに抜刀する。それを見た浅葱は、仕方がないというように、しぶしぶ背に手をやった。荷物と一緒に、浅葱の背には大剣が背負われている。護身用にしては物々しい大きな刀だ。浅葱は両手で大剣の柄を握り、身構える。


「俺は今の弦莱がいいとは思わない。戦なんて起こさせない。過去は所詮過去じゃないか。これからいくらでも挽回できる」

「いざこざの種は発芽する前に取り除くべきだ!」


 ガキィインッ


 浅葱は瞳に怒りを宿すと、一歩踏み込み一撃を繰り出した。群青は刃を刀で受けながら、浅葱に問う。


「取り除くことが、弦莱がお前に命じた使命か?」

「誰も…、誰も知らないよ!僕がここにいることも、過去に何があったのかも、弦莱のみんなは何も知らない…!」


 一撃を放つごとに、一言ずつ互いに言葉を交わしていく。冷静に問う群青に対し、浅葱は怒りに身を任せて、乱暴に剣を振るう。だが決して、群青も油断は出来なかった。浅葱の剣は重い。一撃がここまで重い相手は、群青にとって初めてだった。


「…お前は一体何がしたい?いざこざの種なら、今すぐここで消せばいい。それなのに、お前は俺を連れ帰ろうとする」


 浅葱はどうして、一人で群青を探しに弦莱を飛び出したのだろう。群青の中に浮かんだ疑問は、すぐに解決の糸口が見えてくる。弦莱での様子を思い出せば、浅葱の怒りが何に対してのものなのか、答えは簡単だった。

 群青は一旦間合いを取った。扉を背にした浅葱と、窓際に身を寄せる群青。日の光は、互いの剣を煌かせていた。


「満足だと思ってるなら、何で俺を探しに来た?どうして俺を探して連れ帰ろうとする?お前の言い分を汲むなら、俺は弦莱の安寧には邪魔者で、今すぐ消し去りたい存在だろう?それなのに、」


 ガキィイン!!


 刹那、無音の世界が周囲を包んだ。剣筋は見えない。空気の流れすら、あまりに一瞬の出来事で感じられない。素早く、鋭く、そして、重い。念の篭った一撃が浅葱の大剣から繰り出された。群青は辛うじて、浅葱の刃を己の刀で受け留めたが、柄を握った手から腕、肩や足にすら衝撃が走った。大剣を受け止められたのは、秀目のおかげだろう。普通の刀では、受け止められず攻撃に屈していたかもしれない。群青は苦笑を零しつつ、湯気が立ちそうなほど怒り、憤っている浅葱に問う。


「俺を殺さないのは、どうしてだ!?」

「うるさい!!」


 浅葱の怒りの裏には、悲しみがある。間合いを取るため、踏み込んだ群青は、同じ瞬間踏み込んだ浅葱の顔を間近で見た。怒りながらも、浅葱の目は揺らいでいた。

 人一人分ほど間合いを取った二人は、互いに大きく息を吸う。剣を構えなおし、群青は冷静に言った。


「お前が植物にばかり心を寄せるのは、他人と関わるのが怖いからだ」


 浅葱は弦莱に居たころ、植物にばかり関心を示した。本人は単純に、植物が好きだからと言ってはいたが、群青が思うに、浅葱は他人と関わることを恐れて、植物に逃げていたのだ。


「…君に何がわかるんだ……!」

「俺が弦莱から消えて、お前は焦ったんだろう?だからわざわざ弦莱を出てきた」

「違う!!」


 浅葱の剣が途端にぶれ始めた。群青はそれを見て、己の考えを肯定する。それは群青にとって嬉しくもあったが、同時に浅葱が憐れにも見えた。また、浅葱の心理をどこかで感じながらも、弦莱を飛び出した過去の自分も叱咤したくなってくる。浅葱が唯一自分に繋がりを感じていたなら、弦莱に留まってやるべきだったのではないか。だが、一瞬そう思って、群青は苦笑する。自尊心の強い浅葱にそんなことを言い出せば、反発する様が想像に易いからだ。


「違わないさ…ならどうして、邪魔者の俺を殺さない!?そんなに波風を立てるのが嫌なら、早く俺を殺せばいい!それをしないのは、俺に死なれると自分が困るからだ!」

「自惚れないでよね…!僕はそこまで君に依存してなんかいない!」


 浅葱の剣に再び力が宿る。重くなった一撃に、群青は顔をしかめた。そして、自分の力を最大限に出すならばどうすればよいか、考えをめぐらせる。


ガキィィンッ


 互いの刃を受け止めあって、鼻先が触れそうな距離で二人は動きを止めた。刃がギリギリと音を立て、腕や肩の筋肉が震える。どちらが先に間合いを取るかと思われたが、


「…浅葱、剣を捨てろ」


 群青が、急にそんなことを言い出した。


「はぁ?この状況で、どうしてそんなこと」

「本気でやる。弦莱に居た頃は、体術しか知らなかっただろう?」


 自分の力を一番発揮できるのは、武器を使用した戦いではなく、慣れ親しんだ体術しかない。群青は浅葱を睨みつつ、答えを待った。


「……いいよ。そっちの方が、僕も君も本気を出しやすいしね」


 浅葱は微笑を浮かべ、群青の意見に同意する。二人は身体から力を抜き、剣を鞘に納めた。向かい合った二人は、同時に同じ構えをする。弦莱に伝わる体術の構えだ。

 静寂があたりを包む。開始の合図は無かったが、二人はほぼ同時に動いた。常人の目では追いきれない速さで、群青は右腕、浅葱は左足で攻撃を仕掛ける。一瞬早かったのは浅葱の攻撃で、群青はあっさりと浅葱の蹴りに身体を吹っ飛ばされる。丁度、窓の方へ向かって飛んでいく群青の身体。怪力はやはり彩色一族の特色なのだろう。


 ガシャァァンッ!!


 一撃で大きく吹っ飛んだ群青は、そのまま窓を突き破り、官庁の外へ投げ出された。


「まさか…!」


 窓の外へ投げ出される群青を見ながら、浅葱はとある考えをはじき出す。本気で戦おうと言い出した割りには、今の群青は手ごたえが無さ過ぎた。


「ここを何階だと思ってるんだよ、馬鹿…!!」


 宙へ投げ出された群青が、一瞬だけ微笑んだように見えた。浅葱は焦って割れた窓の外へ身を乗り出す。階下へ視線を落とすと、獣のように受身を取った群青が、ちらとこちらを振り返った。


「………!」


 余裕の笑みが見えた。わざわざ攻撃を受け、窓を突き破りさえしても、官庁の外へ出てしまえば群青の勝ちだ。挑発されて言いなりになって、何もかも群青の思う壺だったのだ。

 浅葱は怒りに目を見開く。次いで舌打ちをしながら、自室の扉を乱暴に開け放った。窓の割れる音に、何事かと駆けつけた他の官僚が、顔をしかめる浅葱に何があったと目で問う。浅葱は頷いてから、口早に命令を出す。


「司馬全隊に指令だ!南門の不逞者が要郭市街に逃げ出した!見つけ次第…、」


 浅葱は一瞬躊躇った。群青の言う通り、邪魔ならばここで群青を殺すべきなのに、自分は群青を殺すのではなく、群青を捕らえて弦莱へ連れ帰るつもりだった。認めたくはないが、群青の言ったことは間違いではない。他人と関わることを恐れて植物に陶酔したわけでは決してないが、群青の言ったことは全く見当違いでもない。自分は群青以外に、本心をぶつけられる者が居なかった。群青が黙って居なくなったとき、どうにかして群青を連れ戻さなければ、自分は弦莱で孤立するのではないかと恐怖に駆られた。


「…捕らえろ!」


 全く、群青の言うとおりだ。群青には見たくないものばかり見せられる。何もかもお見通しだった。二年経っても昔のまま、野心家でわからず屋で、頑固で、自分の意思は曲げず、浅葱のことなど群青は何でもお見通しだ。

 武官になど殺させない。群青を生きて捕らえて、自分がこの手で消すのだと、浅葱は自分自身に誓うのだった。

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