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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
承章
36/51

要郭編3

 体力面では成長し、身体つきもだんだんたくましくなったとは言え、中身は以前の我がまま皇子で、人付き合いもろくにこなせない月旦だ。一人で放っておけば、どうなるのかわからない。自分の心配より、月旦の心配が先に立つことに、群青は苦笑しながら辺りを見回す。連れて来られたのは要郭の官庁だ。下っ端の役人ではなく、官位の高い役人から咎めを受けるらしい。


「で、説教を受けて早く立ち去れって?」

「口を慎め。身元のわからない者は連れて来いと命を受けている。我々にわかるのはそれだけだ」


 群青は小さく舌打ちする。下級役人には何も知らされていない。上の人間の間でだけ通じる話があるようだ。

 官庁の廊下をひたすら進むと、役人はとある一室の前で歩みを止めた。


晴朝せいちょう殿、礫心れきしんです。南門の不逞者を連れて参りました」

「どうぞ」


 扉の前で用件を告げると、役人は顎をしゃくって群青を促す。中へ入れということらしい。

 中から返事を返した者は、意外にも声の若い役人だった。しかし、敬称をつけて呼ばれているところを見ると。晴朝という若者は、少なくともこの礫心という役人よりは官位の高い役人ということになる。若くして力のある者とは、一体何者だろう。


「お邪魔しまーすー…」


 群青は適当に挨拶しながら入室した。礫心は門番の仕事に戻るのか、群青が入室したことを確認すると、背を向けて来た道を引き返して行った。

 室内には机が一つ、入り口の扉に背を向けて置いてあった。晴朝は群青が入って来ても、窓際に置かれた机について、扉に背を向けたままだった。声同様、背筋のスッと伸びた小奇麗な若者だった。というよりも、小柄な為か少々幼ささえ感じられる。長い灰の髪を襟首で束ね、背に垂れ流している。書類を扱いながら、筆でさらさらと記していく様は、出来のよい役人なのだろうということを感じさせた。

 連れてこられたときは、乱雑に扱われたものの、官庁に連れられてからは、拘束されるでもなし、群青を捕らえたり、詰問しようという気概が感じられなかった。室内には案外穏やかな空気が流れ、群青は沈黙の中で、相手の目的を改めて考えてみた。身元が明らかでないものは、要郭に入らせない。それは何ゆえだろう。


「さて…」


 晴朝が仕事の手を止めて、群青を振り返った。しかし窓からの逆光に照らされて、群青の位置からは晴朝の顔が窺えない。晴朝は椅子から立ち上がると、ゆっくりと群青へ近づく。晴朝が一歩踏み出したところで、光の加減が変化し、ようやく晴朝の顔立ちがはっきりした。


「お前…!」


 群青は晴朝の顔を見てハッとなった。昔はあった幼さがすっかり取れて少年らしくなってはいるが、男の癖に少女のような艶と美しさは変わりがない。群青を睨みつけるように見ているのは、群青と同じく、故郷の弦莱を馬鹿だと言い切った唯一の友に、群青が別れの挨拶もなしで出て行ったことを恨めしく思っているからか。けれども違和感があった。顔の造作は同じであるのに、彼が誇っていた色がどこにも無い。髪だけならまだしも、瞳すら灰色に濁っているのだ。


「何か?」


 晴朝の顔を見て驚きの声を上げた群青に、晴朝は冷静に聞き返した。群青には全くの無関心、むしろ嫌悪すら感じられるような酷く冷静な声だった。

 その様を見て、群青は自分の考えに疑問を抱く。これが彼であるならば、おかしいところが多すぎる。臆病者で、弦莱の外へなど出て行く気はない、むしろ中に居たほうが住みよいとさえ言っていた彼が、どうして要郭の官庁で役人をやっているのか。自慢にしていた己の色を変えてまで、彼がここにいるはずが無い。


「いや…、知り合いに似てたもんだから、驚いただけ。あんたが、あいつのわけないよな。人違いだ。話を進めてくれ。で、俺は一体、どうなるんだ?」

「……」


 晴朝はしばらく群青の顔を眺めた後、おもむろに語り始めた。


「要郭は今日日中に客人を迎え入れる。あちらの目的は、簡単に言えば要郭への挨拶と新婚旅行といったところだ」

「……誰の話だ?」


 語り始めた晴朝は、群青の質問を黙殺する。晴朝が冷徹な瞳を吊り上げて群青を睨む様は、ますます彼に似ていると思う群青だが、やはり瞳は灰色だ。瞳の色を変える技術は俗氏にはないはずだった。人違いに違いない、違いないと思うのだが、どこかで可能性を諦めきれない。晴朝は浅葱あさぎに似すぎている。


「花冠女皇・朔白様。正式な即位はこの要郭滞在を終え、花冠に帰ってからだそうだが、こちらは彼女を花冠皇として迎えるつもりだ。花冠司馬には要郭出身の武人・隋訓様が少年の時分から在籍している。この度彼と花冠皇族第一子・朔白姫との婚礼が決まった。だから新婚旅行も兼ねて、朔白様が挨拶に要郭を訪れるのだ」

「それが俺に何の関係があるってんだ」


 群青は顔をしかめる。どうして晴朝が花冠女皇の話を持ち出すのか、それも疑問に思うのだが、朔白が要郭へ滞在すると要郭の役人に告げられてしまったのだ。月旦が懸念していた最悪の事態がすぐそこまで迫っていると言わざるを得ない。予想していなかったわけではないが、事実を突きつけられると、楽天家の群青でも頭が痛くなりそうだった。その上、強気に晴朝へ言ってはみたものの、晴朝が花冠女皇と群青を関係付けようと思っているように見え、群青の知らないどこかで負の歯車は廻り始めていたのかも知れないと、のんきだった過去の自分を叱咤したくもなった。


「役人なんてものをやっていると、知らなくてもよかった秘密を耳にすることもある。花冠には、御子みこが二人居た。一人は花冠に害をなす者として、皇族を除されたそうだ」


 害をなすなどと、ありもしない事実を冷淡に述べる晴朝に、言い返したい気持ちがふつふつと群青の中に湧き起こった。晴朝は尚も淡々と語り続ける。


「聞くところによると、除された御子は供とともに旅をしているとか。炎艇で目撃されて以来、消息知れずだった御子だが、先日番司で目撃された。しかし捕らえるまでは出来なかったという」


 鋒琳を呪術にかけたのは、要郭を目指していた朔白の仕業なのだろう。月旦の予想通りだ。


「……何が言いたいんだ。この様子じゃ、俺と月旦があんたらの言う供と御子ってわかってるんだろう?」


 晴朝は群青を上目に睨んだ。何を言われるのだろうと、群青も顔をしかめるが、


「要郭に潜り込んで正解だった。大きな街だからきっと何かあるんじゃないかって、初めはそんな希望しかなかったけれど、終いには目的までたどり着けた。その上君たちは花冠に狙われている。僕の采配一つで要郭の武人を動かす事だって、今では可能だ。今が君を捕らえる時なんだよ、群青!」


 途端に晴朝の口調が砕けたものへと変わった。そうして話すとますます浅葱のようだと思う群青だったが、


「ちょっと待てよ…お前、本当に浅葱か!?」

「本っ当、君は馬鹿だよね…!あんな網に引っかかるなんて。弦莱に姓の習慣がないって知らなかった?二年も外を歩き回ったくせに一体何をしてたのさ?」


 晴朝は群青の問いに是とも否とも答えなかったが、話し方も内容も、何もかもが浅葱であることを肯定していた。堰を切ったように畳み掛ける浅葱に、群青は口を挟む隙も無い。


「僕が半年で知りえたことより、君の情報量は劣ってるに決まってるんだ。じゃ無きゃとっくに弦莱は、才華も…俗氏すら敵に回してるはずだよ。でもさ、君がのんびりしてたおかげで、僕の目的は果たせそうだ。それだけはお礼を言いたいくらい」


 浅葱が群青を睨みつけながら言う。冷静に見えたが、内心ではずっと群青に怒りを感じていたのだろう。何もかもが群青のせいだとでも言いたげに、心の内をぶちまける。群青は肩で息をついた浅葱を見て、ようやく口を挟む。二人とも、周りの環境や自分の立場をすっかり忘れていた。


「どういうことだよ!?なんでお前、要郭で役人なんてやってるんだ!」

「僕も自分がどうしてこんな目にあってるのか、疑問を感じてならないよ。なんで僕が君のために色まで消して動かなきゃならないのさ…!全部、君が黙って出て行ったのが悪いんだよ。僕ら彩色一族は、弦莱を出て行くなんて、考えちゃいけなかったんだから!」

「だから、一体何がどうなってる!?」

「教えてあげるさ!君が出て行ってから、何もかも動き始めたんだ!君が知りたいと願っていた事実は、僕にとって知りたくなかったことばかりだったよ!」


 喚く群青と浅葱は、ふと我に返る。ここは要郭官庁だ。弦莱やら彩色一族やら、むやみやたらに口に出していい場所ではない。意識して小声になった群青は、晴朝こと浅葱に問う。


「お前、何を知ったんだ?才華も俗氏も敵に回すような事実…俺が捜し歩いても見つからなかった」

「僕が事実を知ったのは弦莱だよ。君が外を捜し歩いている時に、僕は弦莱で過去の事実を知ったんだ」

「どうやって?何を知ったって言うんだ?」

「君が護ってる姫様と同じだ」

「え…?」


 姫様と同じ、つまりは、月旦と同じだということだ。


柑子かんしが、弦莱の祖が、僕に教えてくれたんだ。定鼎姫ていていひめに何が起きて、どうして弦莱ができたのか」

「…霊魂の夢を、お前も見たのか?」


 群青には宿らなかった家臣の霊魂は、浅葱に宿ったのだろうか。新たな疑問が浮かびあがる。そもそもこの状況はどうなっているのだろう。何から疑問を片付けていけばいいのか、群青はわからなかった。何を優先して考えるべきなのか、思考が鈍って考えつかない。


「まるで、現実だったよ。夢の中の僕は僕じゃなくて柑子そのものだった。けれど、今はそれを君に話している場合じゃない。早く弦莱へ帰らなきゃ。君を連れて帰らないと…。この屈辱的姿をいつまでも晒していたくないしね」


 そう言って、浅葱は身支度を整え始める。今すぐにでも官邸から離れて、弦莱へ帰る勢いだ。


「ちょっと待てよ!月旦はどうなるんだよ!」

「残念だけど、御子は花冠女皇に任せる。君たちは出会わない方がよかったんだ。昔のことを掘り返したら、僕らの居場所はなくなる」

「そんなわけにはいかない…!俺は月旦に約束したんだよ!あいつを弦莱に連れ帰って、皇にしてやるって」


 必死に訴える群青を、浅葱は冷ややかな目つきで見つめ、ため息を吐いた。そして、首を左右に振りながら、幼子に言い聞かせるように浅葱は告げる。


「……また君は…、無責任なこと言わないでよ…!いい?一つだけ、過去の事実を教えるよ。弦莱はね、咎人の集まりなんだよ。彩色一族が定鼎姫を殺したんだ…!」


 浅葱は、部屋の隅に置いてある戸棚の扉を叩きつけるように閉じ、勢いのまま部屋を出て行こうとした。困惑している群青の腕を、有無を言わせず掴むと、ずんずんと入り口まで歩いていく。


「僕らは追放されたんだ。歴史をぶり返さないためにも、御子には二度と会うべきじゃない。それにさ、いずれ御子は花冠の手で消されるじゃない。君は弦莱へ帰って大人しくしてればいい。僕らは何も知らなかった、それでいいんだよ」


 断定的な浅葱の言葉が、群青の頭の中を巡っていた。群青は月旦に出会うべきではなかった。なぜなら前世の群青と月旦は敵対関係にあり、群青の一族・彩色一族の祖たちが月旦の前世である定鼎姫を殺したからだ。浅葱の言葉に証拠はない。信じるか否かは己次第だ。けれども浅葱は群青の親族で、親しい間柄だ。浅葱が群青に嘘をついてどうなるだろう。まして臆病者で自尊心が高いはずの浅葱が本当に弦莱を飛び出し、群青の行方を追っていたのだ。これがただの嘘であるわけがない。

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