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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
承章
35/51

要郭編2

「よーし、じゃあ宮殿は決まりだな!実は要郭って旅を始めた頃に通り過ぎただけで、詳しく散策したことなかったんだよなー」


 群青は己の数歩先に居る月旦の元へ、伸びをしながらゆっくり歩いてくる。何を言っても群青の観光気分は変わらないのだと悟った月旦は、諦めて群青に付き合うことにした。しかし不思議なことに、そうして腹をくくってみると今まで気にしていた諸々の不安がいくらか軽くなるのだった。


「宮殿跡地は、東門の側か…」


 月旦は群青が片手に開いている書簡を覗き込んだ。書には要郭の地図が書いてある。浮島のようになった土地の中央に、石碑の位置が示してあった。


「堀を渡るのに船を使うらしいな。どれだけデカイ堀なんだか」


 要郭の南門は、人々で混雑していた。一行の他にも旅人姿の夫婦や若者、商人の姿も見える。要郭の中へは、荷を引く動物や人に飼われている動物は別にして、馬などの乗り物になる動物の類は入れない。移動には徒歩か、人間が担ぐ駕篭を使う。もっとも、駕篭を使うような人物は国の要人や貴族、身分の高い者や高齢の者だけだ。門の外には駕篭に乗った人物も居はするものの、ほとんどの人間が徒歩だった。


「それにしても、要郭の門は混雑するな…。今まで集落を越えるために時間を食うことはなかっただろう」


 そう言った月旦は人混みの中で牙城を護るようにしてしゃがみこむ。人間に足を踏まれないように牙城自身も気をつけてはいたが、あまりの人数ですでに何度か黒い毛皮を纏った足を旅人に踏まれていた。もしも、牙城が子狼であったなら、月旦は抱き上げて腕に抱えていたいところだ。

 月旦の疑問に、群青も首を傾げる。門は他の集落と同じように口を開けたままだ。けれども人の流れがほとんどない。


「何か問題でも起きてるのか…?それとも、何か催しでもやってるとか?」


 群青は人波の向こうへ目を凝らす。背伸びをしてしばらく門を眺めたかと思うと、慌てたように月旦の傍らへしゃがみこむ。体勢を低くした二人と一匹のおかげで、人混みの中に急に穴があいたようになった。傍らの月旦にだけ聞こえるよう、小声で群青は呟いた。


「…これは前者ってところかも」

「何か起きているのか?」


 様子のおかしい群青に、月旦も唾を飲み込む。


「役人が居た。旅人たちに何か尋ねては、紙に記してる」

「役人が何を尋ねるというのだ」

「わかんねーけど、何か嫌な予感だ」


 しゃがみこんだ二人を、他の旅人が邪魔そうに眺め、人によっては一行の背を蹴り飛ばす者さえいた。


「こら坊主ども!!内緒話なら向こうでやれ!ここは入門手続きをする人間の通り道なんだよ!」


 牛を引き連れた体格のよい商人が、一行に激を飛ばす。群青は社交的な笑みを見せ、怒鳴り声に顔を顰める月旦を背に隠した。


「悪い、悪い。俺たちも入門したい人間なんだ。あまりの人混みで疲れちまって」


 へらへらと微笑む群青の背で、月旦は鼻を鳴らした。が、商人の言い分もわからなくはない。通行の邪魔になっていたことは認めて、立ち上がる。


「ところでさ、手続きって何?」

「なんだ、要郭は初めてか?」

「ん、まぁ二年前くらいに一度来たきりだ」

「二年前じゃ、手続きは必要なかったからなぁ」


 商人は案外に気さくに群青の問いに答えた。僅かにある人の流れに乗りながら、一行と商人は門へ近づいていく。


「丁度、一年くらい前だ。入門手続きが始まったのは。何でも俗氏太祖に敬意を払って、外の人間は入門時に正式に挨拶をしろということらしい。俺は何度か門を行き来しているが、名を名乗るだけで入門は出来る。初めて来たときは名を紙に記すから、そのせいで門が混雑するようになったんだ」

「混雑して、不満が出たりはしないのか?」

「不満もあるさ。けど、ここは要郭、古代都市だ。史跡を守ろうって意識を高めることにもなるだろうって、要郭の人間は挨拶を交わすことには賛成している。反対しているのは商売人ばかりだ」


 そういって、商人は牛の頬を撫でる。名乗るだけでよいという商人の言葉に、群青は安堵した。


「じゃあ、あんたらにとって、俺たちみたいな旅人は邪魔って訳だな」


 群青は微笑みながら商人へ言う。商人は群青の皮肉に、方頬で微笑んだ。


「もう慣れたさ。人混みで立ち止まる人間には、いらつくけどな」


 群青と商人は共に笑いあう。月旦は、人付き合いなど馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに、二人から視線を逸らして人混みを眺めていた。すると、人混みの中に、不自然な空間が広くあいていることに気がつく。朱色の駕篭を取り囲んで、何人かの武人がその他の旅人や商人たちを遠ざけているのだ。

 駕篭の側に人を近づけたくないということは、駕篭の中には身分の高い人間が居るに違いない。そして、次に月旦が目に留めたのは、駕篭の周りの異質な空間を作り出している武人だった。それというのも、武人の衣装や武器に、どこと無く見覚えがあったからだ。


「……まずい」


 月旦は小声で呟いた。取れ始めたように見えた眉間の皺が、また深く刻まれた。


「え?どうした月旦、お前も染め粉が欲しいのか?」


 おどける群青など月旦は見もせず、旅人の影に隠れて身を隠そうとする。


「向こうの駕篭、花冠の武人が護っているぞ」

「何ぃ!?」


 月旦は小声で群青に告げた。驚いて目を見開いた群青は、月旦が顎で示す先を見た。確かに駕篭を護っている武人は、花冠の紋章をつけている。


「花冠の要人って、まさかお前のおっかない姉ちゃん?」

「わからないが、可能性はある。人混みが幸いしたな。まだ、こちらの存在には気がついていないはずだ」


 額に汗を浮かべる二人だったが、程なくして入門手続きの順番が巡ってくる。牛の商人に軽い挨拶を交わして、二人はそそくさと役人の前に並んだ。


「早いとこ入っちまおう。入り組んだ小道に逃げ込めば駕篭は追って来れないし、西回りで行けば弦莱はそう遠くない」


 群青は月旦に告げる。


「…宮殿はどうするんだ?」


 東門の側にある宮殿跡地へ、あれほど行こうと言っていたのは群青だった。花冠の要人が側に居るからと言って、群青はこのまままっすぐ弦莱へ帰ってよいのだろうか。


「あー!そうじゃん!!せっかく要郭まで来たってのに!」

「次の者、」


 群青の叫び声と、役人の声が重なる。己の順番が廻ってきたことに気付き、群青は口を閉じた。


「太祖さまに挨拶をしろ。姓名を名乗り、一礼だ」


 役人は、涼しい顔で群青に告げる。いつものように、群青は偽名を口にしようとした。


「…姓?」


 が、聞きなれない単語に、群青は首を傾げた。


「姓名だ。俗氏の人間なら、誰にだって姓はあるだろう」


 役人は何をとぼけているのだとでも言いたげだった。群青の後ろにいる月旦も、適当でよいのだから、よくある名字を名乗れと思っていた。偽名でここまでやってきた群青だ、嘘をつくことには慣れているはずだった。


「…姓って何?」


 真面目に問う群青に、役人も月旦も不思議そうな顔をする。そして、様子のおかしい群青に役人は仲間の一人を手招いた。


「連れて行け。おそらく、例の者だ」

「はい」


 手続きをしていた役人よりも若いと思われる新米役人が、群青の襟首を鷲掴みにする。


「なにすんだよ!」


 吼える群青は、若い役人の手を振り払おうとするが、


「俗氏の人間と疑わしい者ははじくよう命を受けている。大人しくしろ」

「どういうことだ!何でそんなに、身元を気にするんだ!」

「そういう掟だ」

「ちょっと、待ってくれよ!連れが居るんだって!」


 後ろ足に引きずられていく群青を、追おうか追うまいか足が迷っていた月旦は、群青が自分のことを言い出したので、慌てて側に駆け寄った。


「お前の名は?」


 群青を追ってきた月旦に、新米役人は短的に尋ねた。不躾に問われて、月旦は眉を顰めたが、これ以上の揉め事は花冠要人の目に留まる可能性もある。先ほどの話では姓名を名乗れとあった。役人が聞きたいのは月旦の姓名なのだろうと思い、


しゅう月旦」


 こちらも短的に名乗った。


「お前は入門してよい。去れ」


 役人は月旦の肩を突き飛ばし、喚く群青を連れて行った。突き飛ばされた月旦は要郭へ入っていく人々の流れに飲まれた。人波に乗りながら月旦は、連れ去られていく群青を目で追う。が、門を越え、人波が完全に消え去った頃には、新米役人と群青の姿は月旦の視界に無かった。

 月旦は人気の多い大通りの一角で立ち尽くす。月旦の眼前を、荷車を引く老人と観光目的と思われる家族連れが通りすぎていった。牙城は呆然とする月旦を見上げて、その尾を月旦の足に絡ませる。


「どうなっている………」


 月旦は、訳がわからないと呟く。嘘に慣れているはずの群青が、姓を名乗らず、役人に引かれてどこかへ連れ去られた。どうして名乗らない、いや、名乗らないというより名乗れないのか。群青は姓を知らないようだった。まさか弦莱には、姓という概念がないのだろうか。思えば、弦莱は彩色一族のみが住んでいる集落だ。名さえあれば事足りたのかもしれない。

 何か妙だった。一年前から始まったという手続きも、方法も、理にかなっているように見えて誰かを探すために仕組まれたように見える。

 彩色一族の誰かが、群青を探すために仕組んだのではないのか。月旦はその考えに行き着いて、スッと背中が寒くなった気がした。

 やはり自分の願いや希望は、ことごとく天帝に却下されていくのだ…。

「酋 月旦」は中国読みだと「シウ ユエタン」というらしいです。なんだかかわいい、ゆえたん(笑)

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