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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
承章
34/51

要郭編1

 強敵の気配を感じつつも、一行は順調に鎖草の森を抜け、要郭の南門の前までたどり着いた。要郭への入口は東西南北に四ヶ所ある。要郭は巨大な街であり、伝統や古代の文化を色濃く残している。俗氏大国が建国されて間もない頃は、現在の要郭を中心に宮殿と城下町が広がっていたと言われている。昔の面影は、現在の要郭にも見ることが出来る。かつての宮殿跡地には未だに堀が残されており、要郭の東には浮島のように見える土地があった。宮殿の跡地は、建物の基礎すら残されてはいないが、宮殿があった証として石碑が立てられ、史跡めぐりの定番とされている。


「やっぱ、宮殿跡地は外せないよなぁ」


 番司の宿での話し合い通り、鎖草で馬を売り払った一行は、再び徒歩で旅路を進んでいた。のんきな群青は要郭入りを心待ちにしていた。馬と別れを告げた辺りから、目に見えてそわそわし始め、要郭の南門が見えてきた頃には、いつの間に手に入れたのか、観光案内の書簡を片手に「ここは外せない」だの「これは食ってみるべきだ」だの、ぶつぶつと独り言を呟いていた。強敵が現れるかもしれない、彩色一族が自分たちを待ち構えているかもしれない、しかし「かもしれない」ものは「かもしれない」。焦っても、何をしても、起きる事件は起きるのだから今を楽しんだ方が得である、というのが群青の考えだ。根っからの楽天家とは、群青のような者を言うのだろう。一方小心者の月旦は、おちおち観光の計画など立てていられない。姉の朔白に出くわした場合、どう対処すべきか、弦莱にたどり着く前に何か起きた場合どうしたらよいのか、頭の中で策を練る方が先決だ。

 群青は、考え込んで眉間の皺が取れなくなっている月旦を、観光案内の看板の前で立ち止まらせた。月旦の鼻先に己の右手をかざして、月旦の進路を邪魔したのだ。思案に暮れていた月旦は、現実にかえって立ち止まり、群青の手のひらを凝視する。しばらく待っても、手は退けられず、月旦はため息を吐きながら、群青の右手を裏手で跳ね除けた。


「邪魔だ」

「邪魔してんだよ。いい加減諦めろって。なるようにしかならないだろ。強敵でも何でも、俺が居れば大丈夫だって」

「……その自信はどこから来るんだ」


 月旦は再び呆れたようにため息を吐き、傍らの牙城も月旦に同意するように、小さく鳴いた。


「今までだって、こうしたいとか、こうなって欲しいとか思いながら旅した結果、大体その通りになってきたぜ?」

「俺の願いはことごとく天帝に却下されてきた。お前のような強運は俺には無い」


 月旦は群青を置いて先を急ごうとする。看板の前に立ち尽くしたまま、群青は、月旦の背に向けて言った。


「そうやって、後ろ向きになるから、後ろ向きの答えしか出ないんだよ。天帝の邪魔なんて、跳ね飛ばしてやればいいんだ」

「…………」


 跳ね飛ばしてやってきた結果が、群青という生き物なのだということは、共に旅した約一年で月旦にもわかってきた。どこから跳ね飛ばすだけの力が湧いてくるのか始めは疑問だったが、それはおそらく、弦莱という狭い土地に押し込められてきたがゆえに、外の世界のあらゆることに幸せや楽しみを感じ、それらをばねに力を出しているのではないかと思う。一方月旦は故郷を追い出され、帰る家もなく、居場所を見つけたかと思えば、常に目の上の痰瘤のように、自分の一歩も二歩も先を行く強運の持ち主が側にいる状況だ。何一つとして、好転しない人生と言っても過言ではない。楽しみが全くないわけではないのだが、比較対象との差は大きい。


「宮殿跡地ってことは、姫様も家臣も昔はそこに立ってたってことだよな。丁度いい、しっかり拝んでおこうぜ。俺たちだって、いずれは政をして人を先導するんだし、ご利益にあやかれるかもしれない」

「……お前が言うと、本当にそうなりそうで、俺は頭が痛い」


 月旦は今、無事に弦莱へたどり着くことで頭がいっぱいだ。それなのに、群青ははるか未来のことさえ見据えて、大きな夢を描いている。

 しかし、月旦の頭の中が不安や心配だらけでも、それでも立ち止まらずにここまで来れたのは、群青が前向きであるおかげだろう。群青がめったに弱い面を見せないことで、月旦はどうにか前へ進むことが出来る。口では憎まれ口を叩いてはいるが、心の奥底では、月旦は群青に感謝していた。


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