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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
承章
33/51

番司編10

 鋒琳を家まで送り届けた一行は、その足で番司を発った。街道を騎馬で駆けながら、群青は月旦へ問う。


「一人にしてよかったのか?」


 一人というのはもちろん鋒琳のことだ。鋒琳の言葉から、彼女は祖父や家族と一緒に暮らしているのだと思われたが、実際は異なっていた。月旦は鋒琳の家で交わした会話を順繰りに思い出す。

 家へたどり着いた鋒琳は無言で玄関口を上がると、一目散にとある部屋へ赴いた。


『ただいま、お祖父さん』


 鋒琳が向かったのは仏間だ。きちんと座して、手を合わせるのは老人の遺影だった。鋒琳の言う「お祖父さん」はすでにこの世の者ではなかったのだと、月旦はこのとき初めて気がついた。

 鋒琳の家は、一人で住むには十分すぎるくらいに大きな家だった。馬借と言っていたのに、馬屋はあれど馬も居ない。他に人気もないところを見ると、この家には鋒琳が一人で住んでいるのかもしれなかった。馬借というのも、過去の話なのだろうか。


『……あの花が…』


 老人の遺影の横には、まだ摘まれて新しい花が花瓶に生けてあった。鋒琳いわく、月旦が摘んできたという、例の花だ。月旦は祈る鋒琳の背後に立って、花瓶の花を見つめた。


『……どうした、月旦』

『……いや、』


 花に目を留め、険しい顔つきになった月旦を心配して、群青は声をかける。返事はすぐさま返ってきたが、その先が続かない。


『あの花に…見覚えがある……』


 長い間沈黙が続いた後、月旦は呟いた。その言葉を、群青が鸚鵡返しに聞き返そうとした瞬間、祈り終わった鋒琳が二人に向き直って礼を述べた。


『助けてくれてありがとう』


 群青はその言葉に苦い顔つきになったが、月旦は相変わらず生返事を返しながら花ばかり見ていた。鋒琳を傷つけたのは群青である。しかし、事の次第を憶えていない鋒琳は苦笑いをして目を泳がせる群青を見ても平然としたまま、むしろ黙り込んでしまった月旦に不安げな視線をくれていた。


『どうしたの、月旦』


 鋒琳が上の空の月旦に声をかけた。月旦は真剣なまなざしで鋒琳を見つめ返し、一言だけ忠告した。


『知らないものには手を出さない方がいい…あの花をもう一度見かけたら、今度は祖父さんの花瓶に生けてやるな』

『どうして?』


 鋒琳はすぐさま問い返す。群青も同じ思いなのか、思案顔で月旦を見つめた。


『あれは不吉な花だ。呪術に用いて、人に害をなす』


 有無を言わせない月旦の言葉に、鋒琳は尚首をかしげたが、月旦に念を押されて、わかったと返事をした。

 鋒琳が承知するや否や、月旦は早く発とうと群青を急かし、群青の返事も待たずに玄関口へ引き返した。月旦は何を考えているのだろうと疑問を抱えたまま、群青もまた鋒琳へ軽い挨拶を交わすと家を出た。

 宿で馬を連れ、番司の街道に来ても、月旦は思案したまま黙って一言も声を発さなかった。群青は無言の月旦に何度か声をかけたが、それらは尽く無視された。月旦がようやく口を利いたのは、一行が鎖草の森へ入って幾分か経ったあとだった。


「…あの花は」


 月旦は重い口を開け、呟いた。やっと貝の口が開いたかと、群青は馬を止めて月旦を見る。


「あの花が、どうした」


 鋒琳の手前、あまり深い話ができなかった。誰も居ない、鎖草の森まで来なければ、月旦の考えは明かせない。それと言うのも、第三者にむやみやたらに知らせていいような内容ではないと思えたからだ。人の噂話というのも馬鹿にはできない。月旦が軽はずみに発言することで、揉め事が起きる可能性が十分にあった。


「あの花は、呪術に使われると言っただろう。呪術の世界では、あの花にはある意味合いが付けられているのだ」

「意味合い?」


 呪術の類を嫌っている月旦だが、花冠皇はそれらの類に心頭していた。皇宮では怪しげな道具や珍しい草花が至る所で見受けられる。花冠皇は月旦が生まれるそれ以前から、家族や使用人を巻き込んで呪術や占いに勤しんでいたのだ。月旦自身が嫌っているとは言え、否が応でも知識は頭に入ってくる。


「〝私はお前を見ている〟。呪術者が悪魔や悪霊の為に生ける花だ。悪さをすれば退治してやる、とでも言いたいのだろう」

「言いたいって、花冠皇か?」

「いや…。鋒琳が、花を摘んだのは俺だと言っていた。だから、もしかすると」


 群青は唾を飲み込む。やけに言葉を区切って言う月旦に、もどかしさを感じた。花冠皇以外の敵が、この言い方からすると、さらに恐ろしい強敵が現れたとでも言うのだろうか。


「俺の姉上、朔白さくはくが近くをうろついているのかもしれない」

「月旦の姉上…?」


 以前、月旦に姉がいることは聞かされていた。しかしそれがどうしたと言うのだろう。強敵出現を予想していただけに、群青は安堵のため息を吐く。安心した様子の群青に、顔をしかめたのは月旦だ。


「姉上と、その手の内の者がこの辺りに居るなら、この先は苦戦するかもしれない」

「…なんだよ、姉ちゃんが恐いって?」

「簡単に言えばそうだが、姉上は次期花冠女皇。夫の隋訓ずいくんは司馬将軍だ。姉上は馬鹿な父上よりも頭が切れる上に恐ろしいんだ…!」

「花冠女皇に司馬将軍?」


 司馬将軍は、皇、宰相に次いで第三位の高位だ。地方の政の中枢を担う一人で、武官の長と司馬の長を兼任する。司馬は集落の軍事を担い、争いや事件が起きた場合に実際に剣を振るう。司馬将軍は現場を仕切る指揮官で、司馬の中では一番強いということになっている。人によって指揮が上手い者、実践で光る者など差はあるが、月旦の姉・朔白の夫の随訓は武術に長けた豪腕として名が知れている。


「姉上と随訓は比翼の鳥…。姉上が命じれば、たとえ司馬将軍でも花冠から連れ出すことだって…」

「それじゃあ俺たちは、この先どこかで名策士と花冠司馬将軍を相手にするかもしれないんだな…?」


 二人は同時に眉根を寄せ、大きく肩を落とした。弦莱はもうまもなくだというのに、厄介な敵が現れたものだ。

 鋒琳に花を届けたのが朔白であるなら、話は至極わかりやすい。朔白は花冠皇同様に呪術の知識に詳しく、本人も呪術が扱える。月旦など幼い頃、何度彼女の催眠にかかったか知れない。今朝の鋒琳と月旦の様子を知った朔白は、鋒琳を使って月旦を唆そうと企てたのだろう。月旦がなんとなく鋒琳を気に入っていたことなど、朔白にはお見通しだ。彼女は常々「お前の心を読むことなど、簡単すぎてつまらない」と言っては月旦を小突いていた。その上朔白と月旦は気味が悪いほど瓜二つだ。背丈だけは少しばかり朔白の方が勝り、態度も月旦を二割り増し横柄にしたような感じだが、細かいことにこだわらない鋒琳なら、今朝会ったばかりの月旦と朔白を同じ人間だと見なすかもしれない。

 一つわからないのは、何ゆえ朔白が番司になど居るのかということだ。単なる気まぐれにしては遠出過ぎる。まさか自分を捕らえるために、わざわざ半島を渡ってきたというのか。花冠次期女皇がご来駕されたなどという噂は耳にしたことがない。噂が聞こえないということはお忍びでやってきたに違いない。軽々しく発言して、花冠皇族の足を引っ張るような失態はしたくない。自分はただでさえ花冠には嫌われているのだから。

 疑問と過去の忌々しい記憶は、いつまでも月旦の脳内に広がっていった。

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