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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
承章
31/51

番司編8

「…っはぁ…っ!」


 ひとしきり咳き込み、呼吸を整えた後に塩が沁みる目をなんとかこじ開けると、


「邪魔するな、牙城…!」


 暗い声が聞こえた。空気を裂くような、酷く威圧的で傲慢な声。声に呼応するように、黒き獣の身体が宙を舞った。うめき声を上げる牙城は、露店の簡易な日よけに身体を打ちつけ、ぐったりと地面へ身体を横たえた。

 何が起きているのか、理解ができない。ただでさえ大きめの瞳を更に見開いた月旦は、刀を振り上げる群青の姿を捉えた。時折出現する獣のように獰猛な群青が、そこに居た。


「……!」


 新たな敵ではない。行き過ぎた忠誠心が彼に力の加減を忘れさせているだけだ。

 月旦は自分の身体が震えているのに気づいた。驚きや怒りもあるが、何より大きいのは恐怖だ。怒らせたらいけないと肌でわかってはいたが、予想以上だ。

 振り上げられた群青の刀が下ろされる。太陽に照らされた白銀の刃が、鋒琳の白い腕を傷つけた。


「きゃあああ!」


 腕を押さえ、悲鳴を上げる鋒琳に表情ひとつ変えず、群青は刃を構える。群青の頭に巻かれた黒い布が風にはためいた。冷徹な横顔には暑苦しさがかけらもない。邪魔なほど伸びていた髪は消え去っていた。だからだろうか、青い瞳が横顔からもよくわかる。

 血に塗れた刃に視線を戻した月旦は、それが振り下ろされないうちに、叫んだ。


「…やめろ!」


 しかし、叫んだはずの声は呟き程度に小さく掠れていた。己に舌打ちをしながら、月旦はもう一度叫んだ。


「やめろ!やめてくれ群青!」


 今度の声は群青の耳にも届いた。真名を呼ばれた群青は、弾かれたように月旦を見た。振りかぶった刃が迷う。


「痛い…!痛い……!」


 鋒琳の痛がる声が響く中、月旦と群青は固まったように互いを見つめた。


「お祖父さん…!」


 鋒琳が泣き声交じりに祖父を呼ぶ。その声につられたのか、群青の顔が段々と歪んでいった。敵を助けた月旦に失望しているのか。情けをかける余地などありはしないだろう、お前の命は俺のものでもあるのだから。そう責められているような心地がして、月旦は視線を背けた。

 背けたがゆえに、群青の顔が苦痛にゆがむ瞬間を、月旦は見逃した。叱られた子供のような顔になった群青は、刀を鞘に納めるとゆっくり海へ歩いていく。


「……俺は、間違っているか?」


 港から海へ浮かぶ月旦を見下ろし、群青は問う。腰を屈め、月旦に手を差し出しながら、無言で月旦の言葉を待った。


「………」


 間違っていはしない。むしろ、群青の方が正しいとさえ思う。けれど、鋒琳は操られているようにも見えた。そうだとすれば、群青の仕打ちはやりすぎているとも思う。自分は海へ突き落とされたが、決定打は受けていない。かと言って、受けてからでは事は遅いのだが。

 思案する月旦は俯いて黙ったままだった。焦れた群青は小さく呟いた。


「お前の意思が俺の意思だ。俺が間違っている時は、遠慮なく止めてくれ…」


 小声で呟くなど、常の群青ではめったにないことだ。群青の自信がなさそうな素振りを見たのは、輝麗を発って以来だった。

 月旦はようやく群青の顔を見上げた。群青は月旦を責めたのではない。群青のしたことに異を唱えた月旦の言葉で、ようやく己がしたことに気がついたのだ。月旦が止めるなら、それがそのときの自分にとっては正しいことでも、間違ったことになりうる。

 群青が月旦を絶対と思うのは、姫君の呪いなのだろうか。それとも群青が月旦の判断に信頼を置いているからだろうか。長い旅路の道中で、群青は月旦に己に足りない部分を見出していたのかもしれない。群青にとって月旦は、手間のかかる弟のようであり、また対等な立場の親友でもあり、叱咤しあえる仲間でもある。群青の弱さを払うのが月旦なら、周りの見えなくなった群青を止めるのも月旦だ。己では静止の利かない部分を、互いに引き止めあうのが仲間だから。


「……大儀だな」


 群青の弱さを目にして、月旦は苦笑しながらそう答えた。頬を赤らめながら「悪かったな」と呟く群青の手を、月旦はしかと握った。

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