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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
承章
30/51

番司編7

「────っ!」


 刹那、衝撃が月旦の左足を襲った。衝撃は時間が経過するとともに、痛みへと変貌した。


「グォン!!」


 牙城が吼える。無意識のうちに牙城の姿を捉えた月旦の両目は、己の左足に再度噛み付く牙城を映した。


「いい子だ…!」


 痛みで催眠が解けたのか、月旦の身体は自由を取り戻す。転がった刀を掴み取ると、長い布をはためかせている鋒琳へ斬りかかる。一歩の距離を置いて、月旦の攻撃をかわす鋒琳。振り下ろされた刀は鋒琳が被る布を巻き取った。露になった刺客の顔は、やはり鋒琳に違いなかった。長い黒髪は今朝と同じくところどころはねている。衣服も今朝と同じ異国風のものだ。違っているのは白い前掛けがないことと、どことなく瞳がおぼろげなところだった。


「海へ、沈むのだ」


 淡々と紡がれる言葉も、今朝の鋒琳とは印象が異なる。不自然な鋒琳の言葉に気を取られていると、鋒琳が跳ねるように月旦の側へ駆け、間合いを詰めて素手で攻撃を仕掛けてくる。身のこなしは体術の心得があるようにしか見えない。馬借の娘にしては奇妙だ。顔を狙った攻撃を、首を反らしてかわした月旦は、宙で身体を一捻りさせてその場から一歩後方へ着地した。花冠の刺客であることは明白だが、どこか不自然な鋒琳に鋭い一手は打てない。おろおろと刀を彷徨わせていると、鋒琳は細い足を蹴り上げ、再び月旦へ攻撃した。逃げてばかりではいけないとは思うのだが、どうすればいいのかわからない。


「お前、誰かに操られているのか!?」


 月旦の言葉は鋒琳の耳へ届かない。彷徨う刀が邪魔だとばかりに、鋒琳は白い手で刃を振り払った。月旦は横目で赤く変色した鋒琳の手を見たが、鋒琳に痛みを気にする様子は見受けられない。確かにあの少女ならば、多少のことは気にせずにいそうだが、それとは違うと月旦は思う。


「グォォ!」


 牙城が唸りながら鋒琳へ飛び掛った。大きな黒い獣に圧し掛かられた鋒琳は、体制を崩して仰向けに倒れそうになる。


「危ない!」


 月旦は石の地面へ頭を強打する鋒琳を想像して、思わず駆け寄っていた。受身を取って地面へ着地した牙城は、主人を振り返る。月旦は手をさし伸ばし、一寸のところで鋒琳の頭を支えていた。片膝を折った月旦と、倒れた鋒琳の視線がかち合う。間近で見た鋒琳の目は虚ろながらも鋭く見開かれている。

 操られているのか、正気であるのか、判断がつきかねた。戸惑った月旦の、一瞬の隙を逃さなかった鋒琳は両腕を突き出して月旦を突き飛ばす。咄嗟に後ろへ手をついた月旦だが、手を伸ばした場所に地面はなかった。いつの間にか海の方へ追いやられていたらしい。しまったと思ったときには、月旦の身体は海の中へ引きずり込まれていた。

 泡が弾ける音を聞きながら、夢中で海面へ上がろうとするのだが、水を含んだ衣服が月旦の邪魔をする。


「っ……!」


 突然のことに、飲み込んだ息と共に海水が気管に入ってきた。息をしたくとも海面は遠のくばかり、その上塩気にやられた気管が悲鳴を上げている。

 とにかく海面へ浮かばなければ。それだけを考え、月旦は身体の力を抜いた。

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