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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
始章
3/51

花冠編2

 かくして出会った二人の少年。事の始まりはここからだった。


「俺、実は彩色一族なんだ。弦莱の生まれだよ」


 下山しながら青彩こと群青は言った。


「弦莱?」

「才華の中で一番小さい集落。隔離されたみたいに一族の人間しか住んでない、変な場所。俺の頭、今は灰色だけど、洗ったら群青色なんだ。一族の人間はみんな鮮やかな色のついた髪を持ってる」


 何ゆえ群青に付き合って下山しているのか、月旦は自分がわからなかった。何か知らないが、足が向いてしまう。群青の意になど従ってやる義理もないのだが、それでも月旦はこの少年についていかなければならない気がしていた。全く不本意なのだが、足が向くのだから仕方ない。


「本当の名前も群青って言うんだけど、黙って弦莱を出てきたもんだから、今は青彩で通してる。お前も人前で俺を呼ぶときは青彩って呼べよ」

「俺に命令するな」

「あー、ごめん、ごめん」


 謝っているらしいが、全く心がこもっていない。やはり腹の立つ人間だと、月旦は思った。


「あんたに来てもらいたいのも、俺の故郷の弦莱なんだ」

「何ゆえ」

「一族の、呪いを解くため」

 

 呪いという言葉に、月旦は眉根を寄せた。父といいこの少年といい、呪いだ何だとよく言うものだ。それらに根拠など、実際ありはしないのに。


「弦莱は変な場所でね。理由もわからずに才華から隔離されてる。それをおかしいとも思ってない。弦莱の人間も、弦莱の外の人間もどっちもそう。けれど俺は弦莱の中で一生過ごすのは嫌だった。だから彩色一族の起源を調べようと思って、弦莱を出てきた。起源を知れば、どうして彩色一族が弦莱に留まってるのか、理由がわかると思って」


 そうして群青は懐から巻物を取り出した。紐を解いて開き、月旦の目の前に広げてみせる。


「これは才華の廉派れんはでみつけた弦莱に関する文献だ」

「嘘くさい」

「そう言うなって。これ見つけるのに一年も才華を歩き回ったんだぞ」


 月旦は群青の苦労を知らない。人知れず弦莱を出た群青は、まず偽名に慣れるのに時間がかかった。物怖じしない性格だと自負していたのに、弦莱での常識が外では通じないことも多々あって、人付き合いや場の空気を読むのには苦労した。ついで群青色の髪を何日か毎に染め直すのも面倒で、一々髪の生え具合を確認するために鏡を持ち歩くのも面倒であった。女ではあるまいし、見た目に気を遣う人間だと思われるのも女々しい気がして嫌だった。自分は浅葱とは違うのだと言いたかったが、些細なことで顔を覚えられても困る。元来目立ちたがり屋だというのに、極力人目を惹かないように、自分を律するのも大変だった。さまざまな苦労を乗り越え、たった一つの巻物へたどり着くのにどれだけ時間がかかったことか。時に嘘の情報に惑わされ、無駄足を踏んだこともある。嘘くさいとは言われずとも思うが、一年間の苦労を水の泡にはしたくない。少なくとも「鸚鵡の羽に天帝の涙が…」よりは信憑性のある文献だ、と思いたい。


「これによると、弦莱はやはり隔離されて出来た地だった。はるか昔、一人の姫様を守れなかった罰として、彩色一族の家臣が弦莱へ追いやられた」


 弦莱へ追いやられた男はその以後一切弦莱から出て行くことを許されなかった。だが男は己の罰を真摯に受け止め、才華の定めた掟のとおり、生涯弦莱から出て行くことをしなかった。その上、子孫にまで掟を伝え、弦莱は才華から隔離された地となった。


「家臣が弦莱へ追いやられるまで、彩色一族の者も、弦莱の外で暮らしていたと書いてある。姫様の家臣だったその男が弦莱を出ず、弦莱で一族を繁栄させていったから、外に居た彩色一族はだんだんと廃れてきた。もしかしたら灰色の髪と混じっていつしか鮮やかな色を失ってしまったのかも知れない。その点弦莱の彩色一族は純血だ。変わらず鮮やかなまま今まで来れてしまった」

「…だから何だというのだ」

「まぁ聞けって」


 群青は月旦をなだめた。退屈なのか、牙城はのっそりと歩きながら大きなあくびをしている。


「家臣の男を姫様が許し、弦莱から解き放てば、彩色一族は自由になれる。これには家臣の魂がこの世に健在で、霊魂が彩色一族を未だあの地へ引き止めていると書いてある」

「…ますます嘘くさい。霊魂など見えぬ。見えぬ者は居やしない」

「それがな、見えるやつには見えるんだよ。夢の世界でなら、霊魂は見える」


 夢。その言葉に月旦の歩みは止まった。不審に思った群青は、同じく歩みを止めた。牙城が心配そうに小さく鳴きながら、月旦の顔を見上げている。


「……お前は、家臣の霊魂を、夢で見たのか?」


 月旦は嫌な予感がした。睨むように群青を見つめ、問うと、群青はすぐさま答えを返してきた。再び勝ち誇った笑みを浮かべ、余裕たっぷりに言う。


「お前も見てるんだろう。姫様の霊魂を」


 群青が、なぜ月旦を追っていたのか、やっとわかった。月旦は大きく首を振り、群青を押しのけるようにして先を急いだ。


「姫様の霊魂が見えるってことは、お前は姫様の霊魂の寄り代なんだよ。姫様に家臣を許してもらわないと、家臣の霊魂はいつまでも弦莱の地へ彩色一族を縛り付ける」

「霊魂など知らん」

「嘘をつけ。まずいって顔をしたじゃないか」

「貴様の見間違いだろう」

「あんたに弦莱へ来てもらわないと困るんだ。家臣の霊魂は俺には宿っていない」


 群青の足は速かった。駆け出した月旦にすぐに追いつく。月旦とて野山を駆けて早十五年、足には自信があったが、群青も一年間才華をうろつきまわっただけはあった。

 群青は月旦の長い髪を一筋握った。痛みに顔をしかめ、立ち止まるしかなくなった月旦は、お返しとばかりに群青へ殴りかかる。


「こら、じゃじゃ馬姫!」

「誰が姫だ!」


 飄々と月旦の攻撃をかわし、逆に殴りかかった右腕を取って、月旦の背に回す。身動きの取れなくなった月旦に牙城が加勢する。群青の足に噛み付こうと大きく口を開いた。が、群青はひらりと身を翻して牙城の牙から逃れ、月旦の腕を離した。


「彩色の家臣は弦莱から出られない。彼の魂は弦莱の湖の中心に居る」

「……」


 あの氷は、神々しい女が踊る舞台は、弦莱の湖なのだろう。ここまで来るとしらを切り通せなくなってくる。かといってあっさり認めるのは嫌だ。群青の笑みに腹が立って仕方がない。


「あんたが皇族からはずされたのも、姫様の呪いかも知れない。弦莱の呪いをとけば功績が認められ、お前の父上もお前を見直すかもしれないぞ」

「だまれ!もとよりあんな一族へ帰るつもりはない!」

「だったらなんで花冠になんて留まってる。三ヶ月もあれば他の集落になんて楽勝に行けるじゃないか。未練がましく引きずってるくせに、認めないなんて子供だな」

「貴様…それ以上無礼な口を利いてみろ、牙城の餌にしてやる!」

「図星さされて逆上?それこそガキのすることだろ」


 月旦は右足を高く上げ、群青の顔を狙って蹴りつけた。が、群青はかわさずに月旦の右足を片手で受け止めた。足首を痛いほど掴み、有無を言わせぬ力で月旦の右足を拘束する。握力のほどはいくらだろう。とても自分と同じ年齢の少年が出せるような力には思えない。群青はどれだけ戦い慣れているのだろう。噛み付こうとする牙城も、左腕の手甲で受け止める。牙城の牙でも傷一つつかない群青の手甲。二者とも、なす術が無くなった。


「冷静になれ、月旦。花冠へ帰らずともいい。花冠の皇族連中の鼻を明かしてやろうじゃないか」

「離せ!」

「俺たちで弦莱を変えてやるんだ。彩色一族を解き放って、これからの弦莱を俺たちがつくるんだよ。弦莱でお前は、父親よりも立派な名君になればいい。花冠を抜いて、才華で一番の集落に出来れば、お前を捨てたことをやつらは後悔するに違いない」


 群青は何を思ったか、月旦と牙城の攻撃を防いだ格好のまま歩きだした。右足をとられたままの月旦は、足を引かれて転びそうになる。片足で跳ねるように数歩歩くが、やはり体勢を崩して、群青を巻き込んで山の斜面に倒れこんだ。


「馬鹿野郎!転ぶに決まってるだろ!」

「捕まえた」


 わめく月旦の喉元へ、群青の右手が巻きついている。先ほど握られた足首のように、群青が手のひらへ力を込めれば、月旦の細い首は折れてしまうかもしれない。


「動くな、狼。主人が殺されたくなかったら、おとなしくそこへ座るんだ」


 語気を強めた群青は、牙城へ向かってそう言った。利口な牙城は状況を察したのか、群青の足元で伏せった。

 声も出せない月旦は、抗うことも出来なかった。力では群青に適わない。気ままに野山を駆けていた月旦と違って、群青は戦いを心得ていると思えた。しかも人間を殺す手段さえ知っているに違いないと思う。

 始めの能天気な顔はどこへ行ってしまったのだろう。群青は意地の悪い笑みを見せ、仔兎を狩る狐のようだった。


「弦莱を変えるために、お前が必要だ」


群青の冷たい手のひらが、月旦の首を締め上げた。


「っ……!」

「約束しろ。弦莱へ来ると」


 空気、空気が足りない。月旦は陸地へ上がった魚のように口をぱくぱくと何度も開いた。空気のとおり道だけを上手く締め付けているのか、首への痛みはそれほど無いというのに、息だけが苦しかった。あまりの息苦しさに無我夢中で首を縦に振った。


「っはぁ、はぁ…!」


 群青は静かに手を離した。途端に牙城が主人へ近寄り、心配そうに擦り寄った。


「約束な」


 月旦は地面へ両手をつき、整わない息をどうにか整えようと何度も深呼吸する。群青は太陽を背に月旦を見下ろし、爽やかな笑みを見せた。

 気性の荒さでは月旦よりも群青のほうが数段上なのだろう。第一印象は温和にも見えるというのに、群青は子猫の顔をした虎だと月旦は思った。

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