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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
承章
29/51

番司編6

 花冠の刺客は長い朱色の布を頭から被ったままだ。視界はさぞ悪しかろうと思うのに、決して長い布を取ろうとはしない。刀を鞘から引き抜いた月旦は、抜刀ざまに刺客へ斬りかかったが、刺客は軽い身のこなしで座っていた椅子から飛び去り、攻撃をかわした。


ガシャアァンッ


 飛び去った衝撃に刺客が座っていた椅子が転げ、地面へ広げてあった小間物も方々へ飛んでいく。派手な音に気がついて顔を上げ、その拍子に視界へ入った抜き身の刀に怯えるのは他の店の客や主人たちだった。彼らはハッとしたように身をすくめると、叫び声をあげながら我先にと逃げていく。刺客は抜刀されても平然としたまま、己の武器を出そうともしない。獲物は所詮、花冠の箱入り皇子。武術の類は申し訳程度にしか身に付けていない。だから勝機を確信し、余裕綽々なのだろうか。そうだとすれば見くびられたものだ。今の月旦は昔とは違う。


「グォン!!」


 牙をむき出して、牙城が吼える。月旦も刀を構えたまま主人を睨んだが、主人は口元に笑みをたたえるばかりだ。


「何が、おもしろい」


 月旦はその笑みを見て、咄嗟に問うた。己が馬鹿にされているような心地すらする、いやらしい笑みだった。


「あなたはまるで月のようだ…、一人で暗い夜空をさまよっている月…」

「……月…?」


 月旦はさらに眉間に皺を寄せた。何が言いたいのかわからない。

 逃げていった客や主人たちは月旦の視界の端で怯えて固まっていた。この港は平和な港だったのだろう。武器など護身用にしか過ぎず、まともに扱ったことのない者が大半を占める。こうして間近で誰かが戦うことなど、彼らにとっては非日常的出来事で怯えの対象にしかならない。怯えて声が出ないのか、悲鳴やわめきは月旦の耳には届かなかった。人気の多い港で揉め事を起こせば、筋骨隆々の船乗りたちが、止めに入ってもよさそうなものだが、乱入する輩の声も音もしない。


「あなたはいつでも太陽を追いかけた。しかし今は追うべき太陽を見失った」


 なんの比喩だろう。月旦が月ならば、太陽とは一体何のことか。追うべきものなど、かつての自分にあっただろうか。

 気づけば月旦の脳内に刺客の言葉が反響している。周りの声が聞こえないのはそのせいだろうか。月旦は刀を構えていたが、その刃先は段々と地に向けて下がっていった。


「…さ、いみん……?」


 もしや、刺客は催眠術の類が扱える者なのか。月旦がそうと気づいた時には遅かった。体中の力がゆっくりと抜けていく。抗おうと、刀を持つ手に力を込め奮い立たせようとするのだが、刃は地面へ下がっていくばかり。


「彷徨う月は、暗い海へ身を投じる……」


 呟く刺客の口元がいっそういやらしく歪んだ。海風が吹き、刺客が被った長い布がはためく。風に煽られた布が、ちらと刺客の顔を露見させた。


「………!」


 月旦がその顔に、見覚えがあったのは当然だろう。今まさにその女の顔を思い浮かべながら露店を巡っていたのだから。


「鋒、琳」


 月旦が鋒琳の名を呼ぶと同時に、月旦の手からするりと刀が抜け落ちた。石の地面を滑った刀はカランと無機質な音を立てた。

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