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君臣のドグマ  作者: 回天 要人
承章
26/51

番司編3

 月旦が鶏の声に目覚めたころ、同じように群青も起きようか起きまいか寝台の上でぼんやりと考えていた。このまま眠っていたい気もするのだが、寝過ごしてはいけないと心のどこかでそう思う。何かに急かされるように、結局群青は目を開けることにした。

 昨夜の宿は大部屋の相部屋だ。一人旅、もしくは二人旅程度の少数人数で旅をしている者たちが、寄り集まって部屋を使っていた。群青一行の他は旅一座や商人で、むさくるしい大男たちばかりだった。隣人を起こさないように気をつけながら上体を起こして辺りを見回す。眠い目を擦り、荷物と武器の有無を確認してから相棒の姿を探すが、部屋の中に彼の姿は見受けられない。昨夜別れたきり部屋に戻っていないのだろうということは、一人分空いた寝台が宿の女将によって綺麗に整えられたままなのですぐに合点がいった。


「そんなに野宿が好きなのかよ、あの皇子さまは……」


 しばらくの間寝台の上でぼんやりしていた群青だが、腹の虫が一鳴きしたことを機に、刀だけ鷲摑みにすると、頭を掻きながら寝台を下りた。大部屋の扉を慎重に開け、廊下へ出る。確か宿の外にも水桶があった。顔を洗うなら外でもことは足りる。おそらくは厩か、もしくは牙城のところで寝転んでいるだろう月旦を探すことも兼ねて、群青は玄関へ向かって廊下を歩いていった。宿の主人もまだ起きてはいないのか、部屋の外は人の気配がしない。シンとした廊下だ。けれど空気は太陽の熱で温まり、うっとうしいくらいに暑い。

 玄関扉に手をかけると、その外から女の声が聞こえた。宿の女将にしては声が若い。村の娘が誰かと会話しているのだろうか。隠れる必要はないのだが、なんとなく外へ出づらい気がして、群青は扉へ手をかけたまましばらく声に耳を澄ませた。気配を殺して、扉に耳をつけると、先ほどより幾分か聞き取りやすくなった声が、群青の耳へ届いた。


「……に芋の泥も落としたいのだけど、いいかしら」


 声と一緒に水音がする。外の水桶で、女が芋を洗い始めたのかもしれない。しばらく水音が聞こえたのち、相手が答えた。


「…手伝う」


 どこの皇子がどんな顔で言っているのやら。扉の外に想像をめぐらせて、面白いところに出くわした、天帝はこの為に自分を早起きさせたのかと、群青はほくそ笑む。声の主は間違いなく月旦だ。女の方は誰か知らないが、芋を洗うと言うのだから農民の娘なのだろう。もっとも田舎では芋を初め、各種野菜は自給自足で賄うと聞くから、農民の娘とも言い切れないかもしれないが。

 会話のない二人はしばらく芋を洗い続けていた。粋な言葉の一つもかけてやらなくては、女はつまらないだろうと思うのに、月旦が会話を始める様子はない。群青にとっては他人事だが、彼らの様子がじれったくてたまらない。何か一つでも会話の糸口を見つければ、進展もありえるというのに。


「………ちっ」


 もどかしいついでに、この玄関には窓の一つもなかった。群青は舌打ちをして、来た道を駆け戻った。玄関の真上は食堂で、そこへ行けば階下の様子が窓から見られるはずだからだ。

 勢いよく階段を上がり、食堂の入り口である両開きの扉を押し開けると、部屋の上座の窓を開け放った。顔を突き出して階下を見ると、丁度女と月旦が水桶から数歩歩を進めたところだった。芋の入ったかごを月旦が抱え、女は鍬を担いでその背を小走りに追ってくる。会話まで聞こえないが、女の姿形がわかった。長い黒髪は櫛を通していないのか無造作にはねている。白い前掛けは泥で汚れ、衣服は全体的に水浸し。鍬を持った腕は白く細い。小柄な体格と先ほどの声から、年齢は自分と同じが少し下くらいの少女に見えた。また、面白いのは少女の衣服で、足や腕を晒した格好はこのような田舎では珍しいのではないだろうか。腰から下にふんわりと広がる布の下から白く細い脚が見える。外国風の衣服だろう。この辺りは番司の港が近いから異国の品でも手に入れたのだろうか。


「…へぇ。なかなかだな」


 全くおせっかいなことだが、少女と月旦はなかなかに似合っている。大きなつり目にへの字の口の月旦だ。造作も気性も弱々しい女ではつりあわないと思えるが、あの少女は目鼻の整った美人だ。気の強そうな印象すら与える顔立ちで、小柄なため体格も月旦と丁度よい。似合う似合わないで色恋はどうなるものではないが、出会ってすぐに月旦が突っぱねないところを見ると、少しなりとも月旦は少女を気に入っているのではなかろうか。

 群青は再びほくそ笑む。覗き見をしていたことは、月旦には秘密にしておこう。未来の弦莱女皇候補に心の内で宜しくと挨拶すると、静かに窓を閉めた。

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